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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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 大きな声で笑うジェイクに頭を下げて、リロイは正面の校門を通り抜けた。黄丹おうに色のレンガで敷きつめられた道は、家が立ちならぶ向こうまで一直線にのびている。


「ジェイクのやつ、色々知ってやがったな」


 街路樹のわきを歩きながら、サムソンが顔をほころばせる。左側を歩くプリシラが、前屈みになってサムソンの顔をのぞいた。


「ジェイクって剣術を担当してたんだもんね。剣聖のこと、知っててあたり前だよねえ」

「そうだな。でも、さぶい親父ギャグしか言わねえジェイクが、あんなに役に立つとは思わなかったなー。今日だけはジェイクの顔が神様に見えたぜ」

「そうだねえ。でもプリシラはあ、鼻の頭があんなにてかてかしてる神様は嫌だなあ」


 微笑むプリシラのひと言に、サムソンが腹を抱えて笑う。


「あんな脂ギッシュな神様、おれだって嫌だっての。筋トレばっかしてないで、顔の脂を先にとり除けっての」

「もうサムってば、やめてよお」


 プリシラも声を出して笑った。


 爆笑するサムソンとプリシラの間で、リロイは静かに腕を組む。


「でも、ジェイクのお陰で道が開けたわ。剣聖さんの居場所もわかったし、次の目的地に向けて作戦会議よ」


 意気ごむリロイに、サムソンとプリシラも力強くうなずいた。


 市街に入って、リロイは近くの喫茶店の扉を開けた。丸いテーブルがならべられた店内は、木目の模様が入った壁に囲まれている。


「わあ。この店に来るの久しぶりだね」


 黒のベストを着た店員に案内されて、リロイたちは窓に近い客席に腰かけた。あたりの席には、一般客に混じって生徒たちの姿がちらほら見える。


 店員にいくつか注文して、リロイはテーブルに肘をつく。


「剣聖レオンハルトは極度の人間嫌いだったのね。だから、騎士になれたのに王宮を去っていったんだ」

「でもって今はファールス山に篭って、だれも寄せつけずにひっそり暮らしてるってわけか」


 サムソンが言葉をつなげる。リロイは頬杖をついた。


「みんなに認められて騎士になったのに、勿体ない人だよね。山に篭るのってそんなに面白いのかしら」

「でも、賢者とか大魔道って言われてるやつは、だいたい山に篭って隠匿いんとくするもんだぜ。じいさんにとっちゃ、派手な王宮生活よりも、山の中に住んでた方が楽しいんじゃねえの?」

「ええっ、そうなの? じじ臭っ」


 リロイが嫌な顔をしているとなりから、店員がサンドイッチを運んできた。リロイは皿に盛られたサンドイッチをとって、口にはさんだ。


 対面に座るサムソンはごそごそと手を動かして、かばんから地図をとり出した。白いクロスの上に地図を広げて、右下のあたりを指差した。


「ファールス山はここだな。レイリアの南東。距離は、カジャールから歩いてざっと十日ってとこか」

「レイリアの山なんて、ファールス山しかないもんね。その気になれば、明日にでも剣聖さんに会えそうね」

「でもよ、ロイ。ファールス山ってかなりでかいぞ。山ん中からどうやってレオンハルトを探すんだ?」

「それは……まあ、何とかなるわよ」


 リロイが言葉を濁すと、サムソンは地図を折りたたんで鞄にしまった。椅子の背もたれに寄りかかって、「まだ先はなげえなあ」とぼやいた。


 黙ってサンドイッチを口にはさむリロイのとなりで、プリシラが目をしばたいた。


「でもお、剣聖さんってどんな人なんだろうねえ」

「さあねえ。山篭りが趣味なんだから、よぼよぼのおじいさんなんじゃないの?」

「そうかなあ。レオンハルトさんって、ちょっとかっこいい名前だよね。何かさ、金色の髪にウェーブがかかってて、さわやかな人って感じ」


 言いながら、プリシラが頬を赤くする。サムソンが食べかけのサンドイッチを置いて、こめかみのあたりを両手でおさえた。


「そうかあ? おれはどっちかっていうと、こうやって髪を固めて、角刈り! ってやってそうな気がするけどなあ」

「ええっ。そんなことないよお」


 なつかしい喫茶店での昼食を終えて、リロイはまた学校に向かった。学校のわきの時計台を見あげると、大きな浮遊石が行ったり来たりしている。


 校門に続くレンガの道は人であふれている。お昼がすぎて、学校に出入りする人が多くなっているのだろうか。


「ロイちゃん」

「あたしの手につかまって」


 人ごみにあたふたするプリシラの手を、リロイが強引に引く。となりを歩くサムソンも、人の多さに辟易へきえきした。


「お昼がすぎたから、人通りが多くなってきたな。早くしねえと、浮遊石の乗り場で待たされちまうぜ」

「そうねえ。じゃあ、ひとっ走りで乗り場の先頭を確保してきて」

「そうだなあ。乗り場の先頭を確保しとけば、お前らもすぐに乗れ――て何でおれが!?」

「こういうとき、男はレディを優しくエスコートするものよ」

「いや、そうじゃなくて、何でおれがお前にそこまでしなきゃいけないんだ?」

「何でって、あんたはあたしの奴れ――」


 リロイが口を開くとなりで、不意に何かがよぎった。一瞬に流れた金色のきれいな髪が、リロイの目に焼きつく。通りすぎた後には、花の甘い香りがほのかに残っている。


 はっとして、リロイが後ろをふり返る。学校前の大きな通りは、暑苦しいまでに人があふれている。その人ごみの中で、真紅のマントをはおる男の後ろ姿が、少しずつ遠ざかっていく。


「ロイ。どうしたんだよ」


 かしの杖をついて、サムソンが息をはく。その力ない声は、リロイの耳には届かない。赤いマントは、瞬く間に人ごみの中に隠れてしまった。


 ――エメラウス様? だったような気がしたけど。





 案の定、浮遊石の乗り場でかなり待たされてしまった。時計台の乗り場に急いで向かったリロイたちだったが、乗り場はすでに長蛇の列ができていた。


 だいぶ待たされて、リロイは帰りの浮遊石で木星の内門に到着した。門の上の望楼ぼうろうはたくさんの騒ぎ声であふれている。


「ちょっと騒がしくない?」


 きょろきょろと首を動かすリロイのとなりで、サムソンが腕を組む。


「事件でも起きたんじゃねーの」

「事件って、どんな?」

「そうだなあ。自意識過剰女がついに発狂したとか、しないとか」

「何よそれ。意味わからないじゃない」


 緑色の帽子をかぶる男性がリロイの前を横切る。リロイは「あのお」と声をかけた。


「何かあったんですか」

「何かじゃないよ。街の結界が消えちゃったんだよ」

「き、消えたあ……?」


 リロイは後ろのプリシラにふり返る。プリシラは丸い目を大きく開いている。


「それってやばくないですか」

「やばいどころじゃないよ。魔物が街に押し寄せて、大変なことになるんだぞ」

「どうして街の結界が消えちゃったの?」

「それが、木星の外門の上に置かれている結界石が、だれかに破壊されちゃったみたいなんだ。結界石は結界の要だからな。ひとつでも破壊されると、結界は力がなくなってしまう」

「でも結界石が置かれてる場所って、いつもは封鎖されてるんでしょ。だれがそんなことをするのよ」

「そんなの、おれに聞かれたってわからねえよ。信じられねえってんなら、お嬢ちゃんも外門を見てきなよ」


 おじさんの言葉を頼りに、リロイは木星の外門に向かった。浮遊石で望楼の上にあがると、スピアを持つ守衛たちが怒鳴り声をあげていた。


 部屋の奥の扉が開け放たれている。いつもは固く閉められている上に、鉄の鎖で頑丈に封鎖されている。その鎖がばらばらにくだかれて、リロイの足もとに落ちていた。


 近くの守衛に許可を得て、リロイは扉の奥の螺旋らせん階段を駆けあがった。円形のフロアの中央には、金色の円柱が立っている。金色の細いさくが集まってできている柱は、階段に向いている部分がねじ曲げられている。


 円柱から金色の長い台座がはみ出ている。足もとには、たくさんのガラスと緑色の石の破片が転がっている。


「何よこれ」


 顔を引きつらせるリロイに、守衛のひとりがふり返った。


「君たち。ガラスの破片が落ちてて危ないぞ。こっちに来ちゃだめだ」

「守衛さん。ここで何があったんですか?」

「見たまんまだよ。望楼で騒ぎがあったから、何かと思って来てみたら結界石が破壊されていたんだ」


 上唇うわくちびるに髭をはやした守衛が額に手をあてる。他の守衛たちも腕を組んで、「うーん」と唸り声をあげている。


 後ろのサムソンも首をかしげて、リロイの背中を引っ張った。


「だれがこんなことをしたんですか」

「さあな。扉の鎖を両断するくらいだから、ロングソードでも携帯しなければできないんだろうけど」

「ロングソード――」


 リロイはあごに手をあてて考えてみる。結界と二重の城壁に守られたカジャールで、帯剣している人間が何人いるのだろうか。


「私が見張りをしてから、結界石が破壊されたことなんて一度もなかった。よからぬことでも起きなければいいんだが」


 守衛のおじさんは悲痛な面持ちで、床に転がるガラスの破片を拾った。

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