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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
19/81

19

 リロイたちはかつて主任だったソフィアに招かれて、一階の職員室に入った。教員用の机がたくさんならべられた部屋は、教科書と書類が山積している。


 広い職員室には、教員たちがそれぞれの机に向かっている。その中には、うわさのトーマス先生の姿もあった。


「リロイさん。久しぶりねえ。あなたが卒業して、もう五年くらい経つのかしら」


 黒の修道服をまとったソフィアは、椅子いすに座って微笑む。ほっかむりに包まれた顔は、昔と変わらず白い。


 リロイもならべられた椅子に腰かけて、笑みを返した。


「まだ三年しか経ってませんよ。先生」

「まだそれだけしか経ってないの? ずいぶん昔のことだと思ってたけど」

「先生のちょっとぼけてるところ、昔から変わってないですね」

「あら、リロイさんったら失礼ね。こう見えても私、記憶力はいいのよ」


 ソフィアは可愛く口をとがらせる。リロイはつられて苦笑した。


「それで、リロイさんはどうして急に学校に来たの? 同級生で集まって同窓会?」

「いや、その、先生にちょっと聞きたいことがあって」


 そう言うとソフィアが、「聞きたいこと?」と首をかしげた。リロイが言葉をつまらせると、となりのサムソンが身を乗り出した。


「先生さ。あの、剣聖について何か知ってる?」

「剣聖……?」

「そ。レイリアには昔、剣士の頂点に立つ剣聖がいたらしいんだ。そいつは前に宮廷に仕えてたらしいんだけど、今はもういないみたいでさ。おれたち、そいつを捜してるんだ」

「剣聖に弟子入りしたいの?」

「はい」


 サムソンがゆっくりとうなずく。ソフィアは小さなあごに手をあてて考える。


「ごめんなさい。私はまったく聞いたことがないわ。剣のことは疎いから」

「その、道を歩いてて小耳に挟んだりとかしなかったですか? カジャールは人もたくさん出入りするし」

「さあ、どうかしら。そういうこともあったかもしれないけど、私は剣のことは全然わからないから、となりで話されても聞き流しちゃうと思うわ。男の先生だったら、くわしい人もいるかもしれないけど」


 ソフィアが後ろをふり返る。視線の先には、帽子をかぶったトーマスの後頭部があった。プリシラが「聞く?」とたずねると、リロイとサムソンはすごい速さで首を横にふった。


 ソフィアの「図書室に行けば何かわかるかも」という言葉を頼りに、リロイはまた廊下を歩く。お昼前の授業が始まったのか、うるさかった廊下は人ひとりいない。


「図書室に剣聖の情報なんてあるかよ」


 静かな廊下にサムソンの毒づきがひびく。


「ソフィア先生って、何かある度に図書室に行けって言うよな。何でも本に書かれてたら苦労しねえっつうのに」

「でも、行かないよりはましでしょ。嫌だったら、あんただけ算術のテストを受けに行ってもいいのよ」

「けっ。死んでもお断りですー」


 サムソンは顎を突き出して悪態をついた。


 大理石の柱が立ち並ぶ廊下は、白く輝いている。窓から差しこむ光が明るくて、柱の彫刻を美しく照らしている。天井を見上げると、四枚の羽根を広げた天使たちがたくさん描かれていた。


 リロイのとなりでふてくされているサムソンは、廊下の窓を見つめた。その先には、赤いレンガでつくられた井戸がたたずんでいる。


「そういえば、学校の七不思議で『呪われた古井戸』ってのがあったよな」

「な、七不思議ぃ?」


 プリシラが顔を引きつらせて、リロイの左腕にしがみつく。サムソンはにやにやしながら、意地悪い目でプリシラを見つめた。


「月が出る夜に古井戸からゾンビがあらわれて、居残りさせられてる女生徒を井戸の中に引きずりこむんだよなー」

「サムってばあ、七不思議の話なんてしないでよお」

「古井戸の前には、決まって女生徒の眼鏡が落ちてたって言うし。この中で襲われるとしたら、間違いなくプリシラだよな」

「もう! やめてってばあ」


 プリシラがあわてて両耳をおさえる。サムソンは白い歯を出して笑った。


「プリシラはほんと、怖いの苦手だよなあ。からかいがいがあるって言うか、何ていうか」


 けらけらと笑うサムソンを見て、リロイはげんなりした。


「あんたとロディとキニスンのあほ三人組は、昔っからそういう下らないことばっか好きだったよね」

「へへん。アクティブかつ勇敢な三人組だったと言ってほしいね。怖くてだれも調べようとしなかった学園七不思議を、初めて解明しようとしたんだからよ」

「でも、七不思議って全部知っちゃうと、死神に連れてかれちゃうんでしょ。地獄に連れてかれても知らないわよ」

「けっ。死神なんて、本当にいるわけねえだろ。こんなん、ただのつくり話だって」

「そう? その割にはみんな信じてたけど」


 リロイが眉根を寄せると、サムソンは腕を組んだ。


「七不思議って言ったって、夜な夜なピアノの音がする『恐怖の音楽室』とか、悪霊が封じこめられている『悪魔の地下室』とか、うそくせえのばっかじゃん。まさかとは思うけど、お前もこんなん信じてンのか?」

「信じてないけど、わざわざ首を突っこまなくてもいいでしょ。変なことばっかやってると、そのうちばちがあたるわよ」

「はいはい。気をつけますよー」


 リロイが階段の手すりに手を置くと、鎖で幾重にも塞がれた降り階段がとなりに見あたった。サムソンが「悪魔の地下室だぜ」と指差すと、プリシラが「やめてよお」と泣きそうな顔をした。





 リロイたちは階段をあがって、二階奥の図書室の扉を開けた。古本が棚に敷きつめられた部屋は、紙のにおいがぷんぷんする。


 その独特なにおいを嗅いで、リロイは学生だったころを想い出す。


「図書室に来るのなんて久しぶりだね。うわ、机の配置とか昔と全然変わってないし」


 入り口のとなりには貸し出しを行うカウンターがある。カウンターの前には読書するための長いテーブルがならべられていて、そのまわりを本棚がとり囲んでいる。学生時代と変わらない、図書室の風景。


「……て、なつかしんでる場合じゃねえぜ。さっさと剣聖の情報を探そうぜ」

「うん」


 サムソンに促されて、リロイは本棚の間に入る。授業中の図書室はだれもいなくてとても静かだった。授業をさぼっているような感覚がして、リロイは何となく悪い気がした。


 ――剣聖の情報だから、剣術や馬術のカテゴリーの中にあるかしら。


 リロイはつま先を立てて、本棚の一番上の段を見上げる。古めかしい背表紙には『レイリア白帝剣の体系』とか『剣の進化と歴史』と書かれている。難しめなタイトルが、リロイの心を萎えさせる。


 二段目の端っこの、『レイリアの偉人たち』という背表紙がリロイの目についた。厚めの背を指で引いて、リロイは本を広げてみる。黄色い紙面の左上には、髭面ひげづらの肖像画の下に『カール・アウグスティヌス』と書かれている。そのさらに下には『1135-1177』と続く。


 ――1177年って、もう200年ぐらい前の人じゃん。こんな人からどうやって剣術を教われっていうのよ~


 黄ばんだ偉人たちをながめているうちに、リロイはだんだんとばかばかしくなってきた。こんな調子で、本当に剣聖なんて捜し出せるのだろうか。


「ロイ。いい本はあったか?」

「ううん。全然」


 気を落とすリロイに、サムソンは本棚にもたれて息を吐く。リロイが「あんたは?」と聞くと、サムソンは首を横にふった。


 肩を落とすサムソンとプリシラを尻目に、リロイは本棚を物色する。上を見上げて、下にしゃがんで、本棚の上から下までリロイはくまなく調べてみた。が、古めかしい本ばかりの本棚に、それらしい本はひとつも見あたらない。


 リロイがかにのように横向きに歩いていると、となりの壁にぶつかった。


「きゃっ!」


 リロイが尻もちをつくと、壁らしきものがこちらにふり向いた。見上げた先にあったのは、脂っこい男性の顔。


「あ、すみま――」

「えっ、いや、こちらこそ――って、お前、リロイか?」


 鼻をてかてかさせている男の先生が、大きな手を差し出してくれる。強い力で腕を引っ張られるとなりで、サムソンとプリシラもあわてて走ってきた。


 肌に焼けた男の顔を見て、サムソンが大きく仰け反る。


「げっ。お前は剣術担当のジェイク」

「んん? そういうお前は、くそ生意気なサムソンか!? 何でお前たちがこんなところにいるんだ」


 リロイのとなりでジェイクがあごをさする。タンクトップから出ている肩は、ごつごつとしている。


 リロイはジェイクの顎を見上げた。


「ジェイク先生。お久しぶりです」

「えっ。あ、ああ。久しぶり」

「脅かしちゃったりして、ごめんなさい。ちょっと捜しものをしてたので」

「おれのことは別にかまわんが、卒業生に無断で校内をうろうろされると困るんだよなー」

「す、すみません」


 ジェイクは茶色の頭をぽりぽりと掻いている。肩をしぼませるリロイのとなりで、サムソンがひょっこりと前に出た。


「なあ、ジェイク」

「ジェイク先生と言え」

「……ジェイクはさ、剣聖について聞いたことある?」

「剣聖? 剣聖レオンハルトのことか」


 ジェイクが目を丸くする。サムソンがこちらにふり向くと、リロイはゆっくりとうなずいた。


「レ、レオンハルトってどんなやつ?」

「どんなやつって、レオンハルトが話題になったのは、もう十年も前の話だぞ。お前たちはずいぶん渋い趣味を持ってるんだなー」

「でしょ。たまにはアンティークな趣味を持つのもいいかなーって」

「……レオンハルトは平民の出で、剣一本で騎士に上りつめた剣豪さ。諸国をわたり歩いて強敵たちをなぎ倒し、その実力を王国内外に知らしめた、剣の達人だ。おれらの世代でレオンハルトを知らないやつはいない。剣士たちの憧れの存在さ」

「へえ。で、そのレオンハルトは王宮に仕えてたんだろ?」

「おお。成績が悪かったお前にしちゃ、ずいぶんくわしいな。だが、レオンハルトは極度の人間嫌いで、仕えてすぐに王宮を去っちまったんだよな。追っかけやってたおれとしちゃ、涙が出てくる話だぜ」

「剣聖の追っかけをやってたの? ジェイクが?」


 サムソンは涙を流して、床をがんがん叩く。ジェイクはそっぽ向いた。


「うるせえな。態度悪いと、もう教えてやんねえぞ」

「ごめん。ごめんってば、ジェイク先生。剣聖を追っかけてたんだったら、今どこにいるか知ってるんだろ」

「それがなー。レオンハルトがファールス山に行くところまでは追っかけてたんだけど、そこから行方をくらまされちゃってなあ。山のどこかにいるんだろうけどなあ」

「ファールス山にいるんだ」

「野に下るんだったら、山の中がいいんだってよ。せっかく騎士になれたのに、地位も名誉も捨てて山篭りするなんて、天才の考えることはわかんねえよな」


 筋肉質の腕を組むジェイクを尻目に、サムソンはまたリロイとプリシラに視線を送った。

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