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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
18/81

18

 次の日、リロイとサムソンは十時を過ぎたころに宿を後にした。近くの屋台で朝ご飯を食べて、噴水があった昨日の公園に向かう。


「プリシラは来るかな」

「さあなー。もうじき来るんじゃねーの?」


 サムソンはベンチにもたれて、大きなあくびをもらしている。良く晴れた日の光は暖かくて、じっとしていると眠くなってしまう。中央の噴水も今は止まっていた。


 だいぶうとうとしてきたころに、「ロイちゃーん」と遠くから声が聞こえてきた。リロイがはっと顔をあげると、プリシラが右手をふりながら駆けてきた。


「ごめん。待ったあ?」

「ううん。それより、プリシラの用事は平気なの?」

「うん。ロイちゃんのことは話してあるから、プリシラの方は全然平気だよお」


 プリシラは屈託のない表情で笑う。サムソンがあごに手をあてながら「ある人に聞いたのか」と言うと、プリシラは「違うよお」とかぶりをふった。





 リロイはサムソンとプリシラを連れて、木星の内門に向かった。大きな内門の左右には小さな入り口が開いている。そこに手をつないでいる男女と、子供を連れた母親が中に入っていった。


 リロイたちも門のとなりの部屋に入った。


 ひと部屋くらいの狭い空間に、明るい光が差しこんでいる。部屋は塔のような細長いつくりで、要所に開けられた小さな窓から青空をのぞかせる。


「浮遊石に乗るのは五年ぶりだなあ」

「あんたいくつよ」


 リロイがサムソンに白い目を向ける。プリシラが口に手をあてて笑った。


 床の中央が四角く区切られている。暗い紫色をした床には、人々がたくさん集まっている。リロイは駆け寄って、紫色の床の端っこに立った。


 床の四方から白い線がのびて、リロイたちをさくが取り囲む。石がこすれるような重い音が聞こえて、足もとの床が浮き始めた。床はゆっくりと浮遊して、上の望楼ぼうろうで止まった。


 木星の内門の上の望楼は、たくさんの人でにぎわっていた。近くのカウンターではあめを売っている人がいて、二人の子供が嬉しそうに手をのばしている。


「あら、おいしそうな飴――」

「あと三分の一」


 サムソンのひと言がぐさりと突き刺さる。リロイはのばした手をしぶしぶ引っこめて、部屋中央に渦を巻く行列の後ろにならんだ。


 しばらく待って、前の人が少し進んで――を繰り返し、リロイはぽっかりと口を開けた大きな窓の前に立った。窓の下にはカジャールの大通りが前にのびている。そして青空の向こうから、紫色の大きな浮遊石がゆっくりとこちらに流れてきた。


 リロイたちと後ろの数人を乗せると、浮遊石が前に動き始めた。浮遊石は宙を浮いて、リロイたちを都市中央の聖学校まで運んでくれる。白い手すりに手をあてると、ゆるやかな風がリロイの髪をなびかせた。


 ――浮遊石の上ってやっぱり気持ちいいわ。こんな便利なもの、だれが発明したのかしら。


 眼下に広がるカジャールを見下ろしながら、リロイは漠然と思ったりしてみた。


 浮遊石は、カジャールの大きな時計台の前で止まった。浮遊石の搭乗口のとなりでは、大きな時計が秒針をまわしている。搭乗口はたくさんの人であふれている。


 リロイは浮遊石から飛び降りて、時計台の長い階段を降りる。埃っぽい手すりのとなりでは、大きな歯車がぎしぎしと音を立てていた。


 天井のついた渡り廊下を歩くと、木製の大きな扉が向こうから近づいてくる。その扉を開くと、リロイたちが通っていた学校――聖セシリア修道院学園の廊下に続く。


「うわあ。ロイちゃん、学校に来るの久しぶりだねえ」


 となりでプリシラが、にこにこしながら首を左右に動かす。白い石の柱はアーチを描いて、美術品さながらの美しい装飾がほどこされている。


「この古臭い感じ。昔っから変わってねえなあ」


 サムソンは頭をぽりぽりと掻きながら、透明な石の廊下を歩く。向こうから、黒の修道服に身を包んだ女の子たちが歩いてくる。女の子たちは右手に本を抱えながら、きゃっきゃと談笑している。


 初々しい女生徒たちが通り過ぎるのを、サムソンは目で追う。


「ここの制服はいつ見てもたまんねえなあ。細い腰から尻までのセクシーなラインが、男心をくすぐるんだよなあ」

「あんた、そんな目であたしたちを見てたの? 気持ち悪っ」


 リロイが少し離れると、サムソンはかしの杖で石の床を突いた。


「はっ! だれもお前のことなんて言ってませんー。自意識過剰女が、どあつかましっ」

「う、うるさいわね。あんたがまぎらわしいこと言うから悪いんでしょ。下心丸だしの変態男!」

「へん。男はだれだって変態なんじゃい。お前も筋肉ばっかつけてないで、少しは男の目を引いてみせろよなー」

「ちょ! この細くてきれいな腕のどこに筋肉がついてるのよ」


 リロイは袖をまくって、サムソンに右腕を見せつける。その必死な姿を、さっきの女生徒たちが好奇の目で見つめていた。





 校舎の廊下には、たくさんの生徒たちであふれている。壁にもたれて冗談を言う男子生徒や、男の先生に話しかけている女生徒がいて、とてもにぎやかだった。休み時間になったばかりなのだろうか。


 プリシラは両手をお尻の上にのせながら、生徒たちを羨ましそうに見つめる。


「みんな若々しいね。こうやって見てると、また学校に通いたくなっちゃうね」

「そうだね。放課後にサラやケイトといつも集まってたよね。でも、政治学の授業はもう受けたくないなー」

「ロイちゃんは政治学を専攻してたんだ。他には何を専攻してたのお?」

「あたしは政治学と兵法学よ。騎士を目指すんだったらこれを選べって、お父様がうるさかったんだもん」

「ロイちゃんのお父さんは真面目だもんね。でもお、ヘンリーの授業なんて受けたくないよねえ」

「そうそう! あいつの授業って、黒板に書いてばっかですっごくつまんないのよー。プリシラは何を専攻してたんだっけ」

「プリシラはあ、魔道と幾何学きかがく


 校舎の階段を降りながら、プリシラはにこにこしている。サムソンは杖をつきながら、となりを過ぎる女生徒を見つめた。


「うちらの代で魔道を専攻してるやつは多かったよなー。ロディとキニスンも魔道を選んでたしな」

「サムってば、授業中にトーマスの禿げ頭に火つけて、廊下に立たされてたよね」


 遅口で言いながら、プリシラがくすくすと笑う。サムソンは腰に手をあてた。


「だってあいつ、『こんな簡単な魔術もできんのか』ってばかにしてくるんだぜ。むかつくじゃん」

「そうだよねえ。ケイトだって、苦手な土の魔術ができなくて、いつも怒られてたもん。あいつ、ほんとむかつくよねー」

「そうそう。だからロディとキニスンと三人でよ、だれが一番先にトーマスの頭に火ぃつけられるか、競争したんだよ。でもあいつら、おれが本当に火ぃつけると思ってなかったから、かなりびびってたけどな」

「そりゃあ、びびるでしょお。サムの手くせの悪さは、昔から変わってないよね」


 呆れるプリシラに、サムソンは「もち」とVサインを出した。リロイは横目でサムソンを見ながら、ため息をもらした。


「あんたねえ。そんなことばっかやってるから、いくつになっても風の魔術が使えないのよ」

「はあ? そんなん関係ねえだろ。てか、万年落ちこぼれのお前に言われたくないね」

「だ、だれが落ちこぼれなのよ。あんただって、テストの成績は悪かったじゃない」

「でもおれ、テストで赤点なんてとったことねえし。政治学で赤点とってただれかさんと違って」


 頭の後ろに手をまわして勝ち誇るサムソンを、リロイは鼻で笑った。


「うそばっかし。算術のテストの後で、いつも裏のたき火に通ってたのはだれかしら」

「うっ」


 サムソンは急にどぎまぎしだした。


「な、何でお前がそれを知ってんだよ」

「さあて、どうしてかしらねえ。計算が苦手な子にはわからないかもねえ」

「こ、この野郎……」


 サムソンは額に汗しながら、肩を小きざみにふるわせる。リロイはしてやったりという顔で、大またで前を歩いた。


 すると、目の前にひとりの女性の姿がうつった。その人は黒のローブに同じく黒のほっかむりをかぶっている。胸と額の部分は白くて、とても清楚なイメージに包まれている。


「リ、リロイさん? それに、プリシラさんとサムソン君……?」

「ソフィア先生……?」


 シスターのような女性は、教室の扉の前できょとんとしていた。

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