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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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「ほんとびっくりしたあ。まさか、カジャールでロイちゃんと会えるだなんて、思ってなかったもん」


 リロイはアミュレットの店を出て、近くの公園に向かった。茶色のベンチに腰かけるプリシラの手には、月のペンダントがにぎられている。


 プリシラが頬をぷくっとふくらませる。


「ロイちゃんが急にいなくなっちゃったから、みんなで探しまわったんだよ。プリシラだって、ずっと心配してたんだからあ」

「あはは。ごめんー。おいしいご飯でもおごるから、許して。ね?」

「そういう問題じゃないー!」


 プリシラは小さな拳をにぎって、小刻みにふるわせる。かわいい顔を赤くして、すごく怒っているのは何となく伝わってくる。


「ロイちゃんのお父さんなんか、わんわん泣いちゃって、あやすの大変だったんだからあ」

「げっ」


 リロイは父ブレオベリスの姿を思い浮かべてみる。ブレオベリスは広いロビーのまん中で大声を出して泣いている。その後ろから母マリーとプリシラにあやされている構図は、想像以上に情けない。


 リロイがふり向くと、後ろのサムソンがすぐに視線をずらした。


 プリシラが恨めしい目で見つめる。


「サムがついててくれたから、だいじょうぶだと思ってたけど。魔物に襲われたりしたら、どうするの?」

「おれが見つけたときにゃ、すでに魔物に襲われてたけどなー」

「ええぇ!」


 サムソンのひと言に、プリシラの顔がまたまっ赤に染まる。


「ロイちゃん!」

「わ、わかった。わかったから、ゆるしてって! ……ちょっと、サム。余計なこと言わ――」

「ロイちゃんってば! プリシラの方を見て」


 リロイとサムソンはプリシラに怒られて、ベンチに座りながらげんなりした。興奮するプリシラを何とか説得して、三十分経ったぐらいに、やっと噴水の音が聞こえてきた。


 剣聖について切り出すとプリシラは肩を落として、「まだお家に帰らないんだ」とつぶやいた。彼女なりに心配してくれているのがわかって、リロイは心が締めつけられる思いだった。


「で、プリシラはこんなとこで何してんだ?」

「えっ……? プ、プリシラはあ、あの、ええと……」


 サムソンの反問に、プリシラは急にどぎまぎし出した。言葉が出なくなったプリシラは、にこやかに笑った。


「えへへ。内緒お」

「内緒おじゃねえよ。お前だっていつもは王宮に出仕してンだろ。こんなとこで油売ってていいのかよ」

「油なんて売ってないよお。プリシラだって頼まれてお使いに来てるんだから」

「頼まれてお使いに来てるぅ?」


 言いながら、サムソンは眉根を寄せる。プリシラははっと口もとをおさえた。


「お前、だれに何を頼まれてンだ?」

「サムってば、怖い顔しないでよお」

「するわ。お前、おれらには散々説教たれといて、自分のことは話してくれねえのかよ」

「だって、ある人から、今日のことは話しちゃだめだって言われてるんだもん」

「だから、ある人ってだれだよ」

「あわわ!」


 プリシラは首をきょろきょろさせて、言葉をさらにつまらせる。


「あ! そういえばロイちゃん。お父さんから手紙あずかってたんだ」

「手紙?」

「もしロイちゃんに会うことがあればわたしてくれって、頼まれてたの」


 言いながら、プリシラは手もとのかばんから封筒を出した。封筒は丁寧に封がしてある。リロイが受けとると、プリシラはすぐに立ち上がった。


「それじゃ、プリシラはこの辺でー」

「ま、待って」


 リロイもあわてて立ち上がり、プリシラの細腕をつかんだ。つかんだ拍子に、プリシラの眼鏡が少しずれ落ちる。


 不安がるプリシラに、リロイはにこっと微笑んだ。


「久しぶりに会えたんだもん。あわてて行かないで。お話したいこともたくさんあるし」

「でもお」

「学生のころは、二人でよく遊んだじゃん。いろんなお店に入って洋服買ったり、紅茶飲みながらまったりしたよね。せっかくカジャールに来たんだし、昔みたいにお買い物しようよ」

「……うん!」


 プリシラも満面の笑みでうなずいた。





 リロイはプリシラをつれて、アミュレットがならぶ店に戻った。うす暗い店の奥でしゃがれた声のおばあさんが、「お嬢ちゃんたち、また来たのかい」と言ってくれた。


 店にはアミュレットがずらりとならべられている。


「プリシラ、見て見て! これ超かわいいよ」

「あ、ほんとだ。こっちもかわいいよお」


 プリシラが手にしているのは、蟹座のシジル(印形)が入ったペンダント。左手には、リロイの星座にあたる天秤座のペンダントを持っていた。


「ロイ。これ見てみろよ」


 店の入り口から、サムソンがにこにこしながら歩いてきた。右手に七芒星のペンダントを持って、「これ、かっこよくね?」とうれしそうに言った。


 ペンダントをたくさん買って、リロイは街の大通りを歩いた。中央部に進むたび、つらねる軒が大きくなっていく。リロイが足を止めて見あげると、看板に『魔術堂』と大きな文字が書かれていた。


 広い店内はたくさんの人でにぎわっている。客のほとんどは黒や白のローブを羽織り、サムソンが持っているような杖をにぎっている。彼らはアミュレットや漆黒のアサメイ(儀式用の短剣)を手にとって、わいわいと騒いでいた。


 店の奥に進むと、本棚に本がずらっとならべられていた。リロイがまん中の一冊を指で引き抜くと、黒のハードカバーが出てきた。表紙には長い蛇が円を描いていて、かなり気持ち悪い。


「うわ、何この本」

「それはあ、グリモワ(魔術書)だよ」


 となりのプリシラがにこにこしながら教えてくれた。リロイはすぐに本を戻して、後ろのテーブルに置かれたかばんを手にとってみた。肩かけのついた鞄には、銀色の五芒星が大きく描かれている。


 ――魔術都市というだけあって、魔術がらみのものばっかりね。


 なめし革の鞄を買って、リロイは次に洋服の店に入った。昔から何度も訪れている店には、つやつやしたスカートがたくさんかけられている。「おれは外で待ってるわ」と言うサムソンを尻目に、リロイはプリシラと何時間もはしゃいだ。


 日が暮れはじめたころに、もう一軒の洋服屋をはしごした。白い壁にかこまれた高級感ただよう店には、赤や青のドレスがずらりとならべられている。どれにしようかと迷いながら、リロイは肩の開いた赤いドレスを手にとって――


「て、しまったああぁ!」


 リロイの奇声に、左右にならぶサムソンとプリシラが同時にのけ反る。


「いきなり変な声出すなよ」

「だって、お金が……」

「はあ?」


 夕暮れの下で、サムソンはさらに顔を険しくする。


「金って、ゲント伯にたくさんいただいただろ」

「そ、そりが、いろいろ買い物して、すでにもう三分の一しか……」

「さ、三分のいちぃ!?」


 サムソンがリロイから財布を引ったくる。おそるおそる中を開いて、サムソンは顔を青くした。


「あんなにたくさんあったのに、もうこんなになくなってる。お前、何買ったらこんなになくなんだよ」


 リロイとプリシラが両手にかかえている荷物を見て、サムソンは「はあ」とため息をついた。


「財布をにぎってるのお前なんだから、しっかりしてくれよお」

「そんなこと言ったって、買い物楽しかったんだもん。あんただって、使いもしない剣とか買ってたじゃないの! あんたなんか、後ろの方で杖でもふってればいいのよ」

「はあ? これは精霊を召喚するときに使う、大事なだいーじな剣なんだよ。穿きもしないスカートなんかより、ずっとずっと実用的だっつーの」

「な、何ですってえ!」


 リロイがサムソンのえりをつかむと、サムソンもいきり立ってリロイの肩をつかんできた。往来のまん中で取っ組み合いを始める二人の横で、プリシラが「二人ともやめてよお」と、か細い声を出した。





 今後の旅費を考えて無駄使いはできないと言うサムソンに、リロイは反論できなかった。全てのお金が入った財布をサムソンにとられて、リロイは口をとがらせながら宿に入った。


 広いフロアを衝立ついたてで仕切る宿の端っこで、リロイはごろんと横になる。見あげた先には四角い窓がついていて、遠くのハイタワーホテルがきれいな光を放っていた。


 視線を落とすと、壁際に置いた鞄が目についた。たくさんの紙の袋のとなりに置かれたそれは、銀色の五芒星がとても目立っている。鞄の中に手をのばすと、水色の細長い瓶に入った聖水が出てきた。


 ――こんなのどこで使うのよ。あたしって確かにあほだわ。


 聖水を鞄に戻していると、となりで壁にもたれていたサムソンが「なあ」と声をかけてきた。


「何よ」

「結局、プリシラは何しに来てたんだ?」

「知らないわよ。王宮の暮らしは神経使うから、羽根をのばしに来ただけじゃないの?」


 サムソンとけんかした後、プリシラは「ロイちゃんのことを話してくるから、今日はここでー」と遅口で言って、夜の街に消えていった。サムソンは後をつけようと何度も言ってきたが、友達を疑っているようで嫌だった。


 サムソンも身体を倒して、うつ伏せになった。


「プリシラはまあ、昔っからわけわからねえこと言うやつだからなあ。思わせぶりなこと言ってたけど、案外お前の言う通りなのかもしれねえな」

「……プリシラは不思議っ子だからね。気持ちは優しい子なんだけどね」

「そうだなあ。……あいつが何してるのか気にはなるけど、友達の後をつけたりしちゃだめだよなー」


 サムソンは力なくつぶやくと、ごろんと寝返りを打つ。両手を枕にして、リロイに顔を向けた。


「そういや、親父さんから手紙もらったんだろ。見なくていいのか」

「あ、うん」


 リロイは身体を起こして、鞄の底に入れられている封筒をとりだした。封を開けると四つ折りにされている紙が中に入っていた。


 リロイはゆっくりと手紙を開いた。





 ◆ ◇ ◆





  ちゃお。

  リロイ元気か? お父さんはすこぶる元気だぞ。

  リロイがいなくて枕をぬらす日もあるが、だいたいは元気だ。


  リロイは今どこにいるのかな? お父さんはもう気になって気になって仕方がないぞ。

  リロイは強くなりたいと言っていたが、辛くなったらいつでも帰ってきていいんだよ。

  お父さんはいつでもリロイと稽古できるように、剣をみがいて待っているからね。


  そうそう。手紙は第二弾まで書き終わっているから、楽しみに待っててくれ。



    リロイのお父さんより





 リロイは床に頭をぶつけた。

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