17
「ほんとびっくりしたあ。まさか、カジャールでロイちゃんと会えるだなんて、思ってなかったもん」
リロイはアミュレットの店を出て、近くの公園に向かった。茶色のベンチに腰かけるプリシラの手には、月のペンダントがにぎられている。
プリシラが頬をぷくっとふくらませる。
「ロイちゃんが急にいなくなっちゃったから、みんなで探しまわったんだよ。プリシラだって、ずっと心配してたんだからあ」
「あはは。ごめんー。おいしいご飯でもおごるから、許して。ね?」
「そういう問題じゃないー!」
プリシラは小さな拳をにぎって、小刻みにふるわせる。かわいい顔を赤くして、すごく怒っているのは何となく伝わってくる。
「ロイちゃんのお父さんなんか、わんわん泣いちゃって、あやすの大変だったんだからあ」
「げっ」
リロイは父ブレオベリスの姿を思い浮かべてみる。ブレオベリスは広いロビーのまん中で大声を出して泣いている。その後ろから母マリーとプリシラにあやされている構図は、想像以上に情けない。
リロイがふり向くと、後ろのサムソンがすぐに視線をずらした。
プリシラが恨めしい目で見つめる。
「サムがついててくれたから、だいじょうぶだと思ってたけど。魔物に襲われたりしたら、どうするの?」
「おれが見つけたときにゃ、すでに魔物に襲われてたけどなー」
「ええぇ!」
サムソンのひと言に、プリシラの顔がまたまっ赤に染まる。
「ロイちゃん!」
「わ、わかった。わかったから、ゆるしてって! ……ちょっと、サム。余計なこと言わ――」
「ロイちゃんってば! プリシラの方を見て」
リロイとサムソンはプリシラに怒られて、ベンチに座りながらげんなりした。興奮するプリシラを何とか説得して、三十分経ったぐらいに、やっと噴水の音が聞こえてきた。
剣聖について切り出すとプリシラは肩を落として、「まだお家に帰らないんだ」とつぶやいた。彼女なりに心配してくれているのがわかって、リロイは心が締めつけられる思いだった。
「で、プリシラはこんなとこで何してんだ?」
「えっ……? プ、プリシラはあ、あの、ええと……」
サムソンの反問に、プリシラは急にどぎまぎし出した。言葉が出なくなったプリシラは、にこやかに笑った。
「えへへ。内緒お」
「内緒おじゃねえよ。お前だっていつもは王宮に出仕してンだろ。こんなとこで油売ってていいのかよ」
「油なんて売ってないよお。プリシラだって頼まれてお使いに来てるんだから」
「頼まれてお使いに来てるぅ?」
言いながら、サムソンは眉根を寄せる。プリシラははっと口もとをおさえた。
「お前、だれに何を頼まれてンだ?」
「サムってば、怖い顔しないでよお」
「するわ。お前、おれらには散々説教たれといて、自分のことは話してくれねえのかよ」
「だって、ある人から、今日のことは話しちゃだめだって言われてるんだもん」
「だから、ある人ってだれだよ」
「あわわ!」
プリシラは首をきょろきょろさせて、言葉をさらにつまらせる。
「あ! そういえばロイちゃん。お父さんから手紙あずかってたんだ」
「手紙?」
「もしロイちゃんに会うことがあればわたしてくれって、頼まれてたの」
言いながら、プリシラは手もとの鞄から封筒を出した。封筒は丁寧に封がしてある。リロイが受けとると、プリシラはすぐに立ち上がった。
「それじゃ、プリシラはこの辺でー」
「ま、待って」
リロイもあわてて立ち上がり、プリシラの細腕をつかんだ。つかんだ拍子に、プリシラの眼鏡が少しずれ落ちる。
不安がるプリシラに、リロイはにこっと微笑んだ。
「久しぶりに会えたんだもん。あわてて行かないで。お話したいこともたくさんあるし」
「でもお」
「学生のころは、二人でよく遊んだじゃん。いろんなお店に入って洋服買ったり、紅茶飲みながらまったりしたよね。せっかくカジャールに来たんだし、昔みたいにお買い物しようよ」
「……うん!」
プリシラも満面の笑みでうなずいた。
リロイはプリシラをつれて、アミュレットがならぶ店に戻った。うす暗い店の奥でしゃがれた声のおばあさんが、「お嬢ちゃんたち、また来たのかい」と言ってくれた。
店にはアミュレットがずらりとならべられている。
「プリシラ、見て見て! これ超かわいいよ」
「あ、ほんとだ。こっちもかわいいよお」
プリシラが手にしているのは、蟹座のシジル(印形)が入ったペンダント。左手には、リロイの星座にあたる天秤座のペンダントを持っていた。
「ロイ。これ見てみろよ」
店の入り口から、サムソンがにこにこしながら歩いてきた。右手に七芒星のペンダントを持って、「これ、かっこよくね?」とうれしそうに言った。
ペンダントをたくさん買って、リロイは街の大通りを歩いた。中央部に進むたび、つらねる軒が大きくなっていく。リロイが足を止めて見あげると、看板に『魔術堂』と大きな文字が書かれていた。
広い店内はたくさんの人でにぎわっている。客のほとんどは黒や白のローブを羽織り、サムソンが持っているような杖をにぎっている。彼らはアミュレットや漆黒のアサメイ(儀式用の短剣)を手にとって、わいわいと騒いでいた。
店の奥に進むと、本棚に本がずらっとならべられていた。リロイがまん中の一冊を指で引き抜くと、黒のハードカバーが出てきた。表紙には長い蛇が円を描いていて、かなり気持ち悪い。
「うわ、何この本」
「それはあ、グリモワ(魔術書)だよ」
となりのプリシラがにこにこしながら教えてくれた。リロイはすぐに本を戻して、後ろのテーブルに置かれた鞄を手にとってみた。肩かけのついた鞄には、銀色の五芒星が大きく描かれている。
――魔術都市というだけあって、魔術がらみのものばっかりね。
なめし革の鞄を買って、リロイは次に洋服の店に入った。昔から何度も訪れている店には、つやつやしたスカートがたくさんかけられている。「おれは外で待ってるわ」と言うサムソンを尻目に、リロイはプリシラと何時間もはしゃいだ。
日が暮れはじめたころに、もう一軒の洋服屋をはしごした。白い壁にかこまれた高級感ただよう店には、赤や青のドレスがずらりとならべられている。どれにしようかと迷いながら、リロイは肩の開いた赤いドレスを手にとって――
「て、しまったああぁ!」
リロイの奇声に、左右にならぶサムソンとプリシラが同時にのけ反る。
「いきなり変な声出すなよ」
「だって、お金が……」
「はあ?」
夕暮れの下で、サムソンはさらに顔を険しくする。
「金って、ゲント伯にたくさんいただいただろ」
「そ、そりが、いろいろ買い物して、すでにもう三分の一しか……」
「さ、三分のいちぃ!?」
サムソンがリロイから財布を引ったくる。おそるおそる中を開いて、サムソンは顔を青くした。
「あんなにたくさんあったのに、もうこんなになくなってる。お前、何買ったらこんなになくなんだよ」
リロイとプリシラが両手にかかえている荷物を見て、サムソンは「はあ」とため息をついた。
「財布をにぎってるのお前なんだから、しっかりしてくれよお」
「そんなこと言ったって、買い物楽しかったんだもん。あんただって、使いもしない剣とか買ってたじゃないの! あんたなんか、後ろの方で杖でもふってればいいのよ」
「はあ? これは精霊を召喚するときに使う、大事なだいーじな剣なんだよ。穿きもしないスカートなんかより、ずっとずっと実用的だっつーの」
「な、何ですってえ!」
リロイがサムソンの襟をつかむと、サムソンもいきり立ってリロイの肩をつかんできた。往来のまん中で取っ組み合いを始める二人の横で、プリシラが「二人ともやめてよお」と、か細い声を出した。
今後の旅費を考えて無駄使いはできないと言うサムソンに、リロイは反論できなかった。全てのお金が入った財布をサムソンにとられて、リロイは口をとがらせながら宿に入った。
広いフロアを衝立で仕切る宿の端っこで、リロイはごろんと横になる。見あげた先には四角い窓がついていて、遠くのハイタワーホテルがきれいな光を放っていた。
視線を落とすと、壁際に置いた鞄が目についた。たくさんの紙の袋のとなりに置かれたそれは、銀色の五芒星がとても目立っている。鞄の中に手をのばすと、水色の細長い瓶に入った聖水が出てきた。
――こんなのどこで使うのよ。あたしって確かにあほだわ。
聖水を鞄に戻していると、となりで壁にもたれていたサムソンが「なあ」と声をかけてきた。
「何よ」
「結局、プリシラは何しに来てたんだ?」
「知らないわよ。王宮の暮らしは神経使うから、羽根をのばしに来ただけじゃないの?」
サムソンとけんかした後、プリシラは「ロイちゃんのことを話してくるから、今日はここでー」と遅口で言って、夜の街に消えていった。サムソンは後をつけようと何度も言ってきたが、友達を疑っているようで嫌だった。
サムソンも身体を倒して、うつ伏せになった。
「プリシラはまあ、昔っからわけわからねえこと言うやつだからなあ。思わせぶりなこと言ってたけど、案外お前の言う通りなのかもしれねえな」
「……プリシラは不思議っ子だからね。気持ちは優しい子なんだけどね」
「そうだなあ。……あいつが何してるのか気にはなるけど、友達の後をつけたりしちゃだめだよなー」
サムソンは力なくつぶやくと、ごろんと寝返りを打つ。両手を枕にして、リロイに顔を向けた。
「そういや、親父さんから手紙もらったんだろ。見なくていいのか」
「あ、うん」
リロイは身体を起こして、鞄の底に入れられている封筒をとりだした。封を開けると四つ折りにされている紙が中に入っていた。
リロイはゆっくりと手紙を開いた。
◆ ◇ ◆
ちゃお。
リロイ元気か? お父さんはすこぶる元気だぞ。
リロイがいなくて枕をぬらす日もあるが、だいたいは元気だ。
リロイは今どこにいるのかな? お父さんはもう気になって気になって仕方がないぞ。
リロイは強くなりたいと言っていたが、辛くなったらいつでも帰ってきていいんだよ。
お父さんはいつでもリロイと稽古できるように、剣をみがいて待っているからね。
そうそう。手紙は第二弾まで書き終わっているから、楽しみに待っててくれ。
リロイのお父さんより
リロイは床に頭をぶつけた。