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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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 野原の中央にのびる道は、大きな荷物を背負った人や馬の手づなを引く人であふれている。彼らは顔に汗をかきながら、「今日もたくさん売ってやるぜ」とか「いや、おれの方がたくさん売るぜ」と笑顔で話していた。


 街道の終点には、灰色の城壁がそびえている。直方体の石を積みあげられたそれは、リロイの前で悠然とたたずんでいる。頑強そうなつくりだが、全体的に少し色あせていた。


「やっと着いたわね」


 リロイは疲れた足を止めて、門をそっと見あげてみる。門はリロイの背の三倍ぐらいあって、天井はゆるやかなアーチを描いている。天井の上には、大きな文字で『木星』と書かれていた。


 リロイはぐったりした。


「カームから歩くこと十日。カジャールがこんなに遠いなんて思わなかったわ。だれよ。こんなとこに行こうって言ったやつは」

「お前だろ」


 後ろからサムソンがかしの杖でリロイの頭をたたいた。


「いったいわねー! 何すンのよ」

「いや、突っこみの前ふりだろ? さっきの」

「なわけないでしょ。もう、ずっと歩いて疲れてるんだから、余計に疲れさせるようなことしないでよ」

「だったら門の前でぼけぼけすんなよなー。ど天然のスーパー見習い女が」

「あ、あんたねえ! 人が下手に出てればいい気に……」

「あそこの守衛さん。お前のことじろじろ見てるぜ」


 リロイがはっとふり返ると、門の前に立っている守衛がこちらをにらんでいる。気がつくと、まわりにいる旅人や行商たちも、いぶかしい表情で少し距離を置いていた。


「街に入る前から問題おこさないでくれよなー」

「ぐぬぬ……」


 職務質問する守衛に頭を下げて、リロイは木星の門に入った。門の中は短い洞窟のようで、空気が少しひんやりしている。


 ぶ厚い城壁をくぐると、赤や灰色の建物が目に飛びこんできた。カジャールの街は色とりどりの建物をならべて、三角形の屋根をつけている。


 屋台が立ちならぶ大通りは、たくさんの人でごった返している。細長いパンをかじっているおじさんや、ローブを着てはしゃぐ男の子がいて、とてもうるさい。楽団の人間なのか、顔を白く塗りたくっている男もいた。


「カジャールって、いつ来てもうるさい街だなあ」


 サムソンが呆れた様子でながめる。大通りの向こうには、背の高い城壁が横にのびている。


 リロイは後ろの城壁にもたれかかった。


「ほんと。いつも人がいっぱいいて、毎日お祭りしてるみたいね」

「カジャールは商人たちが治める自治都市だからなあ。貴族が治める国と違って規制も少ないし、物も安いし。平民にとっちゃ楽園みたいな場所なんだろうな」

「おまけに城壁に囲まれてるから、魔物や盗賊に襲われる心配もないしね。でも、二重の城壁って、いつ見ても違和感あるよねえ」


 サムソンは杖を壁にかけて、腕を組んだ。


「そうだな。城壁にゃ魔術の結界まで張られてるし。防備万ぜんん! て感じだよな。でよ、ロイ。知ってっか? カジャールの門って五つあるんだぜ」

「そうなの?」

「カジャールの門は正五角形の位置につくられていて、門につながる道が五芒星を描いてるんだよ。道と城壁がでっかい魔法円になってるんだってよ」

「へえ。ザ・魔術都市って感じね」

「しかもよ。五つの門は北から時計まわりに木星、土星、水星、火星、金星の門っていうんだ。この木・土・水・火・金は五行といって、エレメントの原型だと言われてるんだぜ」

「ふうん。魔術師見習いのあんたにしちゃ、ずいぶんくわしいわね。またあれ。ボア様の提供情報?」

「いいえ、サムソン閣下の情報でございますよ。リロイ様」

「……それ、だれの真似よ」


 少し休んでから、リロイはにぎやかな大通りを歩く。足は棒のようにかたまって、膝がうまく曲がらない。リロイは足を引きずるようにしながら人ごみを掻きわけた。


 サムソンも杖を両手でつきながら、這うように歩いている。


「このまま学校に行くのか?」

「そうしたいけど、今日はやめましょ。こんなにへとへとじゃ、学校に着く前に死んじゃうわ」

「そうだなあ。じゃ、どっかでホテルでも探すか」

「ばっかねー。ホテルなんて探す必要ないでしょ」


 鼻を鳴らすリロイを見て、サムソンがさらにげんなりした。


「お前、まさか」

「そうよ! まさかのハイタワーホテルに泊まるのよ」


 サムソンがあわててリロイの肩をつかんだ。


「あほかお前! 今のおれらに、ハイタワーホテルに泊まれる金なんてあるわけねえだろ」

「あら。お金ならバルバロッサのおじ様からたんまりいただいてるじゃない」


 リロイは「むふふ」と笑いながら、右手の財布をちらつかせる。そのままサムソンの手をふり解いて、リロイは目を輝かせた。


「壁からソファまで金で塗りつくされたお部屋に、エイセル湖の幸をふんだんに使ったお夕食。しかもしかも、最上階の八階に泊まると、素敵な出会いにめぐりあうって言われてるのよ」

「そこで剣聖に会えりゃ苦労しねえけどな」

「ばかねえ。剣聖なんか後で探しゃいいのよ。あたしが会いたいのは剣聖じゃなくて、エメラウス様。……ああ、一度でいいから、夜景をバックにエメラウス様とあんなことや、こんなこと……」

「あほがいた。ここに正真正銘のあほがいた」


 頬を朱に染めるリロイの後ろで、サムソンが「あほだあほだ」と散々に罵った。





 内側の城壁を抜けて、リロイは意気揚々と大通りを歩く。目的のハイタワーホテルは街の中央に建っている。


 後ろでとぼとぼと歩くサムソンが、不意に足を止めた。


「ロイ。ちょっと見てみろよ」


 リロイがふり向くと、サムソンは店の前で品物をうれしそうにながめている。そこにはテーブルが置かれていて、上に底の浅い箱が三つならべられていた。


 リロイも箱の中をのぞきこむ。まっ黒な箱の底には、五芒星や六芒星のアミュレットがたくさんならべられている。アミュレットは銀でできていて、リロイの手のひらに収まる大きさだった。


「何これ。かわいいじゃない」

「これは、おれたち魔術師がつけるアミュレットだよ。うわ、このヘキサグラム(六芒星)かっけーな」


 サムソンはアミュレットを手にとって、目を輝かせている。リロイもどきどきしながら、手前のアミュレットをとってみた。銀の円で囲まれた星はかわいいけれど、少し神秘的なイメージがあった。


 ――お金はたくさんあるんだから、ちょっとくらい買い物してもいいよね。


 リロイは財布のふくらみを確かめて、軽い足どりで店内に入った。狭い店の奥から「いらっしゃい」としゃがれた声が聞こえてきた。


 うす暗い店内には、魔術師のペンダントがずらりとならべられている。五芒星と六芒星のペンダントばかりだったが、十字を形どったものや、三角形の中に円が描かれているものもちらほら見える。


 五芒星と十字の間に、三日月の形をしたペンダントが置かれていた。金色の小さな月のまわりを銀の円が囲んでいて、なかなかかわいい。リロイの視線はそこですぐに止まった。


 ――うわ、これ超かわいい! あたし、これに決めた。


「おばさん、これ」

「これくださいー」


 リロイの声が、となりからかかった声と重なった。タイミングもほとんど同じ。勢いあまって差したひとさし指も、となりの細い指と同じ方向を向いている。


 何かしらと思ってリロイが顔をあげると、となりの女性もきょとんとしていた。ブロンドのストレートヘアに肩が開いた白のガウンを着ている彼女。かわいらしいドレスに身を包んでいて、身分の高い女性だというのがすぐにわかった。


 その人は足を隠すロングスカートをはいていた。ベージュと赤紫のダブルスカートで、上にはいている赤紫のスカートにはドレープが入っている。うまく着こなしているのに、顔の眼鏡は今日も少しずれている。


「プ、プリシラ……?」

「ロイちゃん?」


 プリシラはゆっくりと首をかしげた。

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