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「カドールとバロワは街道の北側を。アンドレイとウェザレフは南側を封鎖だ」

「は!」


 カームの夜空にバルバロッサの声がひびく。従騎士たちは紅いマントをなびかせて、前と後ろにそれぞれ駆けていく。


 リロイはネグリジェを着たまま、バルバロッサの背中を追う。スキアヴォーナだけは忘れずに、左手にしっかりとにぎりながら。


「リロイ君! 君は来ちゃだめだ」

「どうしてですか。あたしだって戦えます」

「敵は野盗だぞ。君が泣き叫んだって、やつらは容赦してくれないんだぞ」

「あ、あたしだって騎士のはしくれ。後ろで指をくわえてるのなんて嫌よ」


 そう言うと、バルバロッサは険しい顔を前に戻して街道を駆ける。足が地面につく度にブーツが音を立てる。


 バルバロッサの右手には、クレイモアの鋼の刀身がのびている。刃は月の光に映えて、淡黄色のあやしい光を放っている。リロイの身長ほどもある、鉄槌と言うべき両手剣。


 ――あれがバルバロッサ様のクレイモア。……すごい。なんて大きな剣なの。


 後ろを駆けながら、リロイは左手のスキアヴォーナを見つめる。その刀身はクレイモアの半分の長さしかない。クレイモアには銅色のつばがあって、四つ葉のクローバーのような飾りが二方の先端についていた。


 バルバロッサは従騎士の報告を頼りに、街道を右に曲がる。民家が密集する裏道に入り、野盗にねらわれた家の前に止まった。家の扉は開いていて、中から慌てふためく声が聞こえてきた。


 中に入ろうかとリロイが足踏みしていると、細い道の左から物音が聞こえた。ふり向くと、深緑のシャツを着た男たちが走り去っていくのが見えた。


「おじ様。あれ……!」

「よし、追うぞ」


 バルバロッサは腰を落として、裏道を一気に駆ける。疾風のような速さで、あっという間に三人組の野盗の背後をとらえる。リロイの細い足ではとても追いつけない。


「な、何だこいつ」

「殺せ!」


 野盗はあわててふり返り、右手をちらつかせる。先の尖った鋭利なダガーをにぎって、身がまえるバルバロッサに突進してきた。


 バルバロッサは厳しい表情のまま首を曲げ、上体をわずかにそらす。少ない動きで野盗たちのダガーをかわし、傷ひとつ負わない。神経をとぎすましているのが、リロイの肌からびんびんと伝わってくる。


「くそ! 何なんだ、こいつは」

「木の葉みてえにひらひらと逃げやがって」


 野盗たちは奇声を発しながら、ダガーをむちゃくちゃにふるう。バルバロッサは一歩ずつ下がりながら、野盗のダガーをかわした。


 バルバロッサは後ろに飛んで、正眼のかまえをとった。クレイモアの長い刃が光る。


「はっ!」


 バルバロッサは大きくふりかぶり、野盗のひとりに一歩を踏み出す。雷のような速さでクレイモアをふり下ろし、野盗の肩を剣の腹で叩きつぶした。


「ぐえぇ!」


 昏睡する野盗を蹴飛ばして、バルバロッサは上段に剣をかまえる。豪腕をふるって野盗たちの頭を、腹部を剣の腹で殴打していった。


 ――すごい。


 リロイはスキアヴォーナをさやに納めたまま、唖然とその場に立ち尽くす。月下の戦場はバルバロッサがひとり悠然と立ち尽くしている。これが、赤ひげと畏敬される英雄の姿なのか。


 リロイが茫然としている後ろで、昏睡していた野盗がもぞもぞと動きだした。左肩をおさえながら、右手のダガーをぷるぷるとふるわせる。


「リロイ君。後ろだ」

「えっ……!?」


 あわててふり返るリロイの眼前に、ダガーの切っ先が迫る――!


「死ね!」


 ダガーを間一髪でかわし、リロイはスキアヴォーナの柄をにぎった。野盗はリロイにかまわず、ダガーをぶんぶんふり回してくる。間合いが近すぎて、スキアヴォーナを抜くことができない。


「ちょ、ちょっと! 離れてよ」


 叫んでみても、野盗は離れてくれない。彼の目は血走り、顔に大量のあぶら汗をかいている。リロイは左右に逃げたが、野盗がしつこくつきまとってきた。


 剣を抜けずにいらいらしていると、リロイの右足がすべった。


「きゃっ!」


 尻もちをつくリロイを野盗が冷然と見下ろす。右手のダガーをふり上げて、左手をゆっくりとそえた。


「お、おじさん。落ち着いてよ。ね?」

「……死ね」


 野盗がダガーを突き刺す。――と思われたが、彼はいきなり右に吹き飛ばされて、ダガーを地面に落とした。そのまま向こうの地面に倒れて、手足をぴくぴくとふるわせた。


「リロイ君。だいじょうぶか」


 クレイモアを水平に払ったバルバロッサに、リロイは涙を流しながら何度もうなずいた。





 野盗の三人組を後ろ手に縛って、バルバロッサは街外れまで歩いていく。リロイもその後ろに付き添った。ふり返ると、バルバロッサの従騎士たちも野盗を引っ張っている。数えてみると、野盗は十人にものぼった。


 カームの街から少し離れた荒野で、バルバロッサは足を止めた。野盗たちを前に放って、彼らを一列にならばせた。まるで、いたずらをしてお説教をくらう子供たちのように。


 ――ここでお仕置きするつもりなのね。それじゃ、あたしが。


 リロイは腕を組みながら、野盗たちの前に出た。


「あんたたち! 人様の家から物をとっちゃだめでしょーがっ」


 リロイはひとさし指を出して、中央の男をびしっと指した。


「そこのあなた。物を盗んじゃだめだって、お母様から教わらなかったの? いい大人なのに、こんな当たり前なことが守れないなんて。あんたたちみたいのがいるから、国のモラルが低下してるって言われるのよ。いい? そもそも人間っていうのは……」

「……だまれ」


 男の肩が小きざみにふるえる。


「いいとこ育ちが、わかったような口をたたくな」

「な! 人がせっかく教えてあげてるのに、その態度は何よ」

「貴様のような苦労知らずに教わることは何もない」

「苦労知らずですって! あたしだってね。色々苦労してるのよ。こんなことだって、あんなことだって……」

「ご託はいい。首を斬るなり、火であぶるなり、早く刑を執行しろ」


 野盗はあきらめたような口調で言い放つと、すらっと背筋をのばす。目をつむって、リロイと視線を合わせようとしない。


 ――何なのよ、こいつら。自分たちが悪いことしたのに、ちっとも反省してないじゃない。こういうやつらがいるから……


 リロイがくどくど考えているとなりで、バルバロッサが従騎士からダガーを受け取る。野盗たちの後ろに回って、バルバロッサは野盗たちの縄を切り始めた。


「お、おじ様! 何してるの……!? そんなことしたら、こいつらまた暴れちゃうわよ」


 野盗たちも目を丸くしている。自由になった両手を動かしながら、不思議そうに互いを見つめていた。


 バルバロッサがリロイのとなりに戻った。


「今回のことは大目に見てやろう。街の人間に気づかれる前に、どこかに隠れるんだな」

「いいのか? ここの法律じゃ、窃盗は死罪なんだぞ。それなのに、あんたは……」

「この国は私の領地ではない。それに、私の国で窃盗は禁固刑と決めている。……まあ、処刑台に行きたいというのなら、止めはしないが」


 バルバロッサは赤い髭をさすりながら、野盗たちに背を向けた。野盗たちはしばらく身体を固まらせていたが、荒野の闇の中に消えていった。


「おじ様! どうしてあいつらをゆるしちゃったんですか。あいつらは悪い盗賊たちなのよ。処罰しなかったら、国はむちゃくちゃになっちゃうわ」

「そんなことにはならない」

「なりますって。まじめに働かない悪者はとっちめなきゃだめだって、この前にお父様が……」


 リロイが言葉を続けると、バルバロッサは歩く足を止めた。わずかに肩を落として、悄然と足もとを見つめた。


「あいつらはもともと、この国の農奴のうどだった男たちだ」

「――えっ」


 リロイの足も止まった。


「去年の夏に大規模な旱魃かんばつが起きて、農作物の摂取量は例年の半分以下に落ちこんだ。各国で飢餓きがが蔓延して、多くの農奴たちが命を失った」

「はい」

「村の食料がなくなった農奴たちは、武器をにぎってとなりの村や街を襲うようになった。あいつらのようにな」


 バルバロッサは身体をリロイに向けて、顔を降ろした。


「騎士は秩序を守る者たちだ。だから、われわれは剣を携えて悪と戦わなければならない。だが、目の前の悪を成敗するのが必ずしも正しいとは限らない。君も騎士を目指すんだったら、それを覚えておきなさい」

「はい……」


 重い言葉がリロイの心に乗っかった。





 次の日、リロイはバルバロッサに別れを告げた。バルバロッサはいつものように優しく微笑んで、「剣聖が見つかるといいね」と言ってくれた。たくさんの旅費までわたしてくれた。


 草原のまん中をのびる道を歩きながら、リロイは魔術都市カジャールについてサムソンに説明した。一方で、野盗についてはひと言も口にしなかった。


「カジャールに行くのか」


 晴天の下で、サムソンは目をきらきらと輝かせる。


「カジャールなんて久しぶりだなあ。あそこは変な店がたくさんあって、面白いんだよなー」

「でしょでしょ。じゃ、次の目的地はカジャールで決まりね」

「でもよ。何でカジャールに行こうと思ったわけ? 苦しまぎれの観光か?」


 いぶかしむサムソンに、リロイは指をふって「ちっちっち」と舌を打った。


「あたしが何の計画もなしにカジャールに行こうとでも思ったの? 甘いわね」

「いや、そう思うだろ」

「う、うるさいわよ。カジャールで剣聖さんを探したいの」

「へっ? 剣聖」


 サムソンはぽかんと口を開けて、道のどまん中で立ち止まった。リロイは腕を組んで鼻を鳴らした。


「レイリアには、剣士の頂点に立つ達人がいたのよ。その人からいい技をたくさん習っちゃえば、簡単に強くなれるでしょ」

「何で言い方が過去形なんだ?」

「そ、そんなことはどうだっていいじゃん。とにかく早く剣聖さんを探し出して、剣を教わる。どう、何か文句ある?」

「ふーん」


 サムソンは薄く笑って、頭の後ろに両手をあてた。


「お前にしちゃ考えが、なあーんかまともだな。ゲント伯に刷りこまれたんじゃねーの」


 リロイは後ずさりした。


「んな、まっさかー。そんなわけないでしょ。サムちゃんがいちいち注文つけるから、一晩かけて考えたのよ」

「きもっ。サムちゃんとか言うなよ」

「きもって何よ。人が必死になって言いわけしてるのに、それをあんたは……」

「まあ、どうでもいいわ。カジャールは個人的にも行きてえし、お前の下らねえ計画にもうちょっと付き合ってやるよ」


 サムソンの背中をながめて、リロイはそっと胸をなで下ろした。次ににぎやかなカジャールの街を思い浮かべて、両手をかたくにぎった。


「それじゃ、気をとり直してカジャールに向かいますか!」

「おう!」


 サムソンは白い歯を見せて笑った。

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