15
「カドールとバロワは街道の北側を。アンドレイとウェザレフは南側を封鎖だ」
「は!」
カームの夜空にバルバロッサの声がひびく。従騎士たちは紅いマントをなびかせて、前と後ろにそれぞれ駆けていく。
リロイはネグリジェを着たまま、バルバロッサの背中を追う。スキアヴォーナだけは忘れずに、左手にしっかりとにぎりながら。
「リロイ君! 君は来ちゃだめだ」
「どうしてですか。あたしだって戦えます」
「敵は野盗だぞ。君が泣き叫んだって、やつらは容赦してくれないんだぞ」
「あ、あたしだって騎士のはしくれ。後ろで指をくわえてるのなんて嫌よ」
そう言うと、バルバロッサは険しい顔を前に戻して街道を駆ける。足が地面につく度にブーツが音を立てる。
バルバロッサの右手には、クレイモアの鋼の刀身がのびている。刃は月の光に映えて、淡黄色のあやしい光を放っている。リロイの身長ほどもある、鉄槌と言うべき両手剣。
――あれがバルバロッサ様のクレイモア。……すごい。なんて大きな剣なの。
後ろを駆けながら、リロイは左手のスキアヴォーナを見つめる。その刀身はクレイモアの半分の長さしかない。クレイモアには銅色の鍔があって、四つ葉のクローバーのような飾りが二方の先端についていた。
バルバロッサは従騎士の報告を頼りに、街道を右に曲がる。民家が密集する裏道に入り、野盗にねらわれた家の前に止まった。家の扉は開いていて、中から慌てふためく声が聞こえてきた。
中に入ろうかとリロイが足踏みしていると、細い道の左から物音が聞こえた。ふり向くと、深緑のシャツを着た男たちが走り去っていくのが見えた。
「おじ様。あれ……!」
「よし、追うぞ」
バルバロッサは腰を落として、裏道を一気に駆ける。疾風のような速さで、あっという間に三人組の野盗の背後をとらえる。リロイの細い足ではとても追いつけない。
「な、何だこいつ」
「殺せ!」
野盗はあわててふり返り、右手をちらつかせる。先の尖った鋭利なダガーをにぎって、身がまえるバルバロッサに突進してきた。
バルバロッサは厳しい表情のまま首を曲げ、上体をわずかにそらす。少ない動きで野盗たちのダガーをかわし、傷ひとつ負わない。神経をとぎすましているのが、リロイの肌からびんびんと伝わってくる。
「くそ! 何なんだ、こいつは」
「木の葉みてえにひらひらと逃げやがって」
野盗たちは奇声を発しながら、ダガーをむちゃくちゃにふるう。バルバロッサは一歩ずつ下がりながら、野盗のダガーをかわした。
バルバロッサは後ろに飛んで、正眼のかまえをとった。クレイモアの長い刃が光る。
「はっ!」
バルバロッサは大きくふりかぶり、野盗のひとりに一歩を踏み出す。雷のような速さでクレイモアをふり下ろし、野盗の肩を剣の腹で叩きつぶした。
「ぐえぇ!」
昏睡する野盗を蹴飛ばして、バルバロッサは上段に剣をかまえる。豪腕をふるって野盗たちの頭を、腹部を剣の腹で殴打していった。
――すごい。
リロイはスキアヴォーナを鞘に納めたまま、唖然とその場に立ち尽くす。月下の戦場はバルバロッサがひとり悠然と立ち尽くしている。これが、赤ひげと畏敬される英雄の姿なのか。
リロイが茫然としている後ろで、昏睡していた野盗がもぞもぞと動きだした。左肩をおさえながら、右手のダガーをぷるぷるとふるわせる。
「リロイ君。後ろだ」
「えっ……!?」
あわててふり返るリロイの眼前に、ダガーの切っ先が迫る――!
「死ね!」
ダガーを間一髪でかわし、リロイはスキアヴォーナの柄をにぎった。野盗はリロイにかまわず、ダガーをぶんぶんふり回してくる。間合いが近すぎて、スキアヴォーナを抜くことができない。
「ちょ、ちょっと! 離れてよ」
叫んでみても、野盗は離れてくれない。彼の目は血走り、顔に大量のあぶら汗をかいている。リロイは左右に逃げたが、野盗がしつこくつきまとってきた。
剣を抜けずにいらいらしていると、リロイの右足がすべった。
「きゃっ!」
尻もちをつくリロイを野盗が冷然と見下ろす。右手のダガーをふり上げて、左手をゆっくりとそえた。
「お、おじさん。落ち着いてよ。ね?」
「……死ね」
野盗がダガーを突き刺す。――と思われたが、彼はいきなり右に吹き飛ばされて、ダガーを地面に落とした。そのまま向こうの地面に倒れて、手足をぴくぴくとふるわせた。
「リロイ君。だいじょうぶか」
クレイモアを水平に払ったバルバロッサに、リロイは涙を流しながら何度もうなずいた。
野盗の三人組を後ろ手に縛って、バルバロッサは街外れまで歩いていく。リロイもその後ろに付き添った。ふり返ると、バルバロッサの従騎士たちも野盗を引っ張っている。数えてみると、野盗は十人にものぼった。
カームの街から少し離れた荒野で、バルバロッサは足を止めた。野盗たちを前に放って、彼らを一列にならばせた。まるで、いたずらをしてお説教をくらう子供たちのように。
――ここでお仕置きするつもりなのね。それじゃ、あたしが。
リロイは腕を組みながら、野盗たちの前に出た。
「あんたたち! 人様の家から物をとっちゃだめでしょーがっ」
リロイはひとさし指を出して、中央の男をびしっと指した。
「そこのあなた。物を盗んじゃだめだって、お母様から教わらなかったの? いい大人なのに、こんな当たり前なことが守れないなんて。あんたたちみたいのがいるから、国のモラルが低下してるって言われるのよ。いい? そもそも人間っていうのは……」
「……だまれ」
男の肩が小きざみにふるえる。
「いいとこ育ちが、わかったような口をたたくな」
「な! 人がせっかく教えてあげてるのに、その態度は何よ」
「貴様のような苦労知らずに教わることは何もない」
「苦労知らずですって! あたしだってね。色々苦労してるのよ。こんなことだって、あんなことだって……」
「ご託はいい。首を斬るなり、火であぶるなり、早く刑を執行しろ」
野盗はあきらめたような口調で言い放つと、すらっと背筋をのばす。目をつむって、リロイと視線を合わせようとしない。
――何なのよ、こいつら。自分たちが悪いことしたのに、ちっとも反省してないじゃない。こういうやつらがいるから……
リロイがくどくど考えているとなりで、バルバロッサが従騎士からダガーを受け取る。野盗たちの後ろに回って、バルバロッサは野盗たちの縄を切り始めた。
「お、おじ様! 何してるの……!? そんなことしたら、こいつらまた暴れちゃうわよ」
野盗たちも目を丸くしている。自由になった両手を動かしながら、不思議そうに互いを見つめていた。
バルバロッサがリロイのとなりに戻った。
「今回のことは大目に見てやろう。街の人間に気づかれる前に、どこかに隠れるんだな」
「いいのか? ここの法律じゃ、窃盗は死罪なんだぞ。それなのに、あんたは……」
「この国は私の領地ではない。それに、私の国で窃盗は禁固刑と決めている。……まあ、処刑台に行きたいというのなら、止めはしないが」
バルバロッサは赤い髭をさすりながら、野盗たちに背を向けた。野盗たちはしばらく身体を固まらせていたが、荒野の闇の中に消えていった。
「おじ様! どうしてあいつらをゆるしちゃったんですか。あいつらは悪い盗賊たちなのよ。処罰しなかったら、国はむちゃくちゃになっちゃうわ」
「そんなことにはならない」
「なりますって。まじめに働かない悪者はとっちめなきゃだめだって、この前にお父様が……」
リロイが言葉を続けると、バルバロッサは歩く足を止めた。わずかに肩を落として、悄然と足もとを見つめた。
「あいつらはもともと、この国の農奴だった男たちだ」
「――えっ」
リロイの足も止まった。
「去年の夏に大規模な旱魃が起きて、農作物の摂取量は例年の半分以下に落ちこんだ。各国で飢餓が蔓延して、多くの農奴たちが命を失った」
「はい」
「村の食料がなくなった農奴たちは、武器をにぎってとなりの村や街を襲うようになった。あいつらのようにな」
バルバロッサは身体をリロイに向けて、顔を降ろした。
「騎士は秩序を守る者たちだ。だから、われわれは剣を携えて悪と戦わなければならない。だが、目の前の悪を成敗するのが必ずしも正しいとは限らない。君も騎士を目指すんだったら、それを覚えておきなさい」
「はい……」
重い言葉がリロイの心に乗っかった。
次の日、リロイはバルバロッサに別れを告げた。バルバロッサはいつものように優しく微笑んで、「剣聖が見つかるといいね」と言ってくれた。たくさんの旅費までわたしてくれた。
草原のまん中をのびる道を歩きながら、リロイは魔術都市カジャールについてサムソンに説明した。一方で、野盗についてはひと言も口にしなかった。
「カジャールに行くのか」
晴天の下で、サムソンは目をきらきらと輝かせる。
「カジャールなんて久しぶりだなあ。あそこは変な店がたくさんあって、面白いんだよなー」
「でしょでしょ。じゃ、次の目的地はカジャールで決まりね」
「でもよ。何でカジャールに行こうと思ったわけ? 苦しまぎれの観光か?」
いぶかしむサムソンに、リロイは指をふって「ちっちっち」と舌を打った。
「あたしが何の計画もなしにカジャールに行こうとでも思ったの? 甘いわね」
「いや、そう思うだろ」
「う、うるさいわよ。カジャールで剣聖さんを探したいの」
「へっ? 剣聖」
サムソンはぽかんと口を開けて、道のどまん中で立ち止まった。リロイは腕を組んで鼻を鳴らした。
「レイリアには、剣士の頂点に立つ達人がいたのよ。その人からいい技をたくさん習っちゃえば、簡単に強くなれるでしょ」
「何で言い方が過去形なんだ?」
「そ、そんなことはどうだっていいじゃん。とにかく早く剣聖さんを探し出して、剣を教わる。どう、何か文句ある?」
「ふーん」
サムソンは薄く笑って、頭の後ろに両手をあてた。
「お前にしちゃ考えが、なあーんかまともだな。ゲント伯に刷りこまれたんじゃねーの」
リロイは後ずさりした。
「んな、まっさかー。そんなわけないでしょ。サムちゃんがいちいち注文つけるから、一晩かけて考えたのよ」
「きもっ。サムちゃんとか言うなよ」
「きもって何よ。人が必死になって言いわけしてるのに、それをあんたは……」
「まあ、どうでもいいわ。カジャールは個人的にも行きてえし、お前の下らねえ計画にもうちょっと付き合ってやるよ」
サムソンの背中をながめて、リロイはそっと胸をなで下ろした。次ににぎやかなカジャールの街を思い浮かべて、両手をかたくにぎった。
「それじゃ、気をとり直してカジャールに向かいますか!」
「おう!」
サムソンは白い歯を見せて笑った。




