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 松明を持つサムソンの後にリロイは続いた。皮のブーツが地面にできた水たまりを踏んで、ぴちゃぴちゃと音を立てる。


「焼き魚の主って、どんなやつなのかしら」

「さあな。でも、サハギンのボスなんだから、やっぱサハギンの仲間なんじゃねえの?」


 まっ暗な洞内を走りながら、リロイはサハギンのボスを想像してみる。といっても、サハギンをひとまわり大きくして、手に三椏のもりを持たせただけの姿だったが。


 ――今日から一週間は、焼き魚を食べられないかもね。


 洞内の道がかくんと曲がっているところで、サムソンがぴたりと足を止めた。壁に顔を隠しながら、向こう側を松明で照らす。


「焼き魚はまだいる?」

「いんや、一匹たりともいねえよ」

「ほらあ! あたしが言った通りじゃない。作戦大成功ね」

「最初に言ったのは、シーラのおばちゃんだけどな」


 洞窟の曲がり道をすぎてから、サムソンは一歩一歩ゆっくりと歩く。松明で前や左右の暗がりを照らしながら、慎重に足を進めていく。


 サハギンたちがいない洞窟は静寂を保っている。前や後ろの暗闇から水のしたたる音がひびいて、不気味なまでに静まり返っている。


 天井が低くなっている場所をくぐると、広い空洞につながっていた。そこは王宮のロビーぐらいの広さがあって、天井もかなり高い。松明をかかげても天井はうつらなかった。


 広い空洞の一面には、エイセル湖の水が広がっている。暗いために水の色は判別できない。波の音が聞こえてこないため、流れはとても穏やかなのだろうと、リロイは思う。


「ここで行き止まりのようだな。洞窟の主ってやつはどこにいやがるんだ?」


 サムソンは声を低くしながら、恐る恐る湖に近づく。リロイもその後に続いた。


「焼き魚はいなさそうね。他のやつといっしょに、ハーブの香りにさそわれちゃったのかな」

「そんな間抜け野郎だったら世話ねえけどなー」


 サムソンはいくらか緊張を解いて、その場にしゃがみこんだ。湖の水を触って、「冷たっ」と声を漏らした。


 予想を裏切る洞内の静けさに、リロイも拍子抜けしてしまった。サムソンのとなりにしゃがんでじっと向こうを見つめてみると、暗闇がずっと奥まで続いている。まるで異世界に続く無限回廊のようで、見とれていると魂が吸いこまれてしまいそうだった。


 途方に暮れるリロイの目に、水面からにょきっと伸びる何かがうつった。暗い洞内のためによく判別できないが、太い木が伸ばしている根っこに似ているような気がした。


 そっと近づいてみると、それは赤黒い色をしていた。やはり巨木の根っこのような太く伸びた何かだったが、表面はつややかで、ぬめぬめと水分を帯びている。黄土色の細かいまだら模様もついていた。


 ――何かしら。これ。


 リロイが指で触ってみると、ねばねばした液体が指に付着する。水につかった木の根は、粘着性のある水分をまとうのだろうか。思い切って指でつついてみると、根っこがびくっと反応した。


「きゃ! 動いた」

「ど、どうした!?」


 サムソンがあわてて駆けつける前で、赤い根っこがうねうねと動きはじめる。先端がゆっくりとこちらを向いて、リロイの右腕にまとわりついてきた。


「な、何これ」

「ロイ!」


 からみつく根っこをサムソンが必死になって引っ張るが、内側についた吸盤がリロイの腕に吸いついて、なかなかはずれてくれない。


 サムソンの後ろからも触手のようなものが湖から伸びてきた。触手はサムソンの細い首と上体を締め上げて、身体の自由を奪う。


 ゆるやかだった水面が動き始める。中央から水柱が立って、冷たい水しぶきがリロイの顔に飛んでくる。湖の中央がこんもりと盛り上がって、大きな波とともに赤黒い孤島が目の前にあらわれた。


「こいつ、王宮の文献で見たことあるぞ! シーサーペントじゃなくて、ええと……あれだ! クラーケンだ」

「ク、クラ……!?」


 サムソンの叫び声に反応して、クラーケンが左の大きな目を開いた。リロイの身長ぐらいありそうなまっ黄色の眼球の中央に、黒く淀んだ瞳孔が浮かんでいる。それがこちらをぎょろりとにらんだ。


 クラーケンは湖から次々と足を伸ばして、リロイとサムソンの身体を縛ってくる。


「この、いい加減に……!」


 リロイは引っ張られる右腕を強引に引いて、腰にかけたスキアヴォーナを抜いた。その切っ先を下に向けて、腰にまとわりつくクラーケンの足を刺した。足の力がゆるみ、リロイから遠ざかっていく。


 リロイは右腕を縛る足もふりほどいて、サムソンの身体に巻きつく足をぶすりと刺した。足の力がゆるんだすきにサムソンもふりほどいて、湖から少し離れた。


 リロイの様子をうかがうように、クラーケンが八本の足をうねうねと動かす。


「あのたこみたいなやつは何なの?」

「見たまんまだよ。あいつはクラーケンっていって、蛸が巨大化した魔物さ。おれもほんものを見たのは初めてだけどな」


 サムソンはかしの杖を持ち直した。


「クラーケンは海に棲息する魔物で、船を沈める悪魔として船乗りから恐れられてるんだ」

「あの太い足で引っ張られたら、船はひとたまりもないわね」

「レイリアの貿易船も難破なんぱすることが多いみたいだけど、その原因のひとつはあいつなんだってさ。王宮でもそう信じてるやつは結構多いんだぜ」

「へえ」


 サムソンが杖を前に出して身がまえる。


「て、師匠が言ってた」

「またボア様かい」


 リロイの声に反応するように、クラーケンの赤黒い足たちがうねうねと上下にくねらせながら近づいてくる。リロイは左手をスキアヴォーナの柄の頭にあてた。


「船を沈めてるようなやつが、どうしてこんな狭いところに棲んでるの?」

「んなの、おれは知らねーよ。海からふらっと泳いできて、洞窟から出られなくなっちったんじゃねーの」

「でも、こいつが焼き魚のボスなのは間違いなさそうね。さくっと追っ払って、村長さんに靴の裏を舐めてもらいましょ」

「あの巨体を前にして、大した自信だわ」


 会話の終わりとともに、クラーケンが八本の足をのばしてきた。リロイは洞内を走りながら、後ろから迫ってくる足を剣で追い払う。


「サム。どうすればこいつを倒せるの」

「そんなの、おれが聞きたいわ!」


 サムソンは杖にからみついた足に引っ張られながら、必死に叫ぶ。


 リロイは勢いよく足もとの段差を飛び越える。その下から待ちかまえたようにクラーケンの足がのびて、リロイの左足首にからみつく。


 ――あ! しまっ。


 リロイはバランスをくずして、地面に転んでしまった。後ろから追ってきていたもう一本の足ものびて、リロイの右手を縛る。


「ヘルファイア!」


 サムソンの怒声が洞内をこだまして、火の柱が赤い光を放つ。轟音ごうおんを立てながらこちらに迫り、リロイを縛る二本の足を焼いた。


「今日の晩ごはんは焼き蛸ってかあ」

「あんたって、炎の魔術だけは得意よね」


 サムソンに足を焼かれて、クラーケンの大きな顔がまっ赤に染まる。丸い円だった眼球の形もつり上がり、洞内に殺伐とした空気と緊張が走る――!


 クラーケンは乱暴に足をふり回して、洞窟の壁をたたきはじめた。壁から細かい石の破片が飛んでくる。


「や、やべえ。ロイが素直に食われねえもんだから、ついに切れちまったぞ」

「怒らせたのはあんたでしょーが!」


 荒れ狂うクラーケンは天井にまで足をのばして、どんどんと乱暴にたたいた。上から大きな岩石が落ちてきて、リロイの左の肩をかすった。


「きゃあ!」


 岩石は雨のようにリロイの頭上に降り注ぐ。右に、前にとてつもなく重いものが落ちて、そのたびにリロイの心臓は止まりそうになる。リロイがはっとして右に飛ぶと、そこに鉄球のような岩が落下した。


 ――こんなやつと戦ってたら、命がいくつあっても足りないわ。


 リロイはこれ以上ない危機を感じて、頭を冷静に保つので精一杯だった。強大すぎる敵を前にして、戦術を組み立てることができない。


 リロイが天井の岩石を注意していると、下からクラーケンの足がのびてきた。リロイの足首を素早くからめとって、ものすごい力で引いてきた。


 ――やばっ……!


 気づいたときには、背中が地面を引きずっていた。リロイは両手を地面について踏ん張るが、怒り狂うクラーケンの力には勝てず、両手が地面から離れてしまう。


「ば、ばかやろー!」


 サムソンの悲鳴が洞内にひびく。リロイは右足を引っ張られてたまま、暗い湖の底に引きこまれていく。

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