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「……それで、洞窟からおめおめと逃げ帰ってきたんですか」


 ヘベス村の中央広場で、村長のアルバが冷たい表情で言い放った。リロイとサムソンは、はあはあと息を切らせながらアルバに泣きついた。


「だって、焼き魚があんなに大軍だっただなんて、聞いてなかったもん!」

「そうそう! それを見習いふたりで退治しろだなんて、無理にもほどがあるってもんだ」

「ほんとほんと! あんなののボスを倒すのなんて無理無理。やっぱり領主にお願いしようよ」

「おっ! それ名案! っつうわけで、おれらはこの辺で」


 アルバはしばらくじっとしていたが、眉間に手をあてて「はあ」とため息をついた。


「この人、貴族の娘に向かってため息ついたよ」

「だから、あれほど申しあげたのに。あんたたちは……」

「あんたって言ったよ。この人、貴族の息子に向かってあんたって言ったよ」


 そんなやりとりをしていると、まわりから笑い声が聞こえてきた。頭のてっぺんで髪を結んでいる女の子なんて、リロイのとなりできゃっきゃと笑っている。


 広場の後方でリロイたちを見ていたおばさんが、にこにこしながら歩いてきた。


「リロイ様とサムソン様がいると、村がなごむねえ」

「いや、あの、別に笑いをとりたいわけじゃないんですけど」


 リロイがしゅんとすると、後ろで髪を結んでいるおばさんは、「あらっ、そうなのかい」ととても不思議そうな顔をしていた。


 ――焼き魚めえ~! おんどりゃーのせいで大恥かいちまったじゃねえか。


 リロイが腕を小きざみにふるわせると、身体のまわりからどす黒い気が発せられた。後ろにいたアルバがびくっと身をのけ反らせていた。


 おばさんは黒いオーラに気づかず、笑顔で右手を差し出した。


「あたいの名はシーラ。よろしくね。未来の領主様」

「は、はあ」


 リロイは頭から湯気を立ち上らせながら、シーラと握手した。


「やつらはたくさんいるからねえ。正面からじゃ勝てっこないわよ」

「でも、洞窟の奥に焼き魚のボスがいるんでしょ? 焼き魚を倒さなきゃ、ボスがいるところまでたどり着けないわ」

「それじゃ、村の人間を結集させて、焼き……サハギンを倒すかい? あんな狭い洞窟じゃ、武器なんて使えないんじゃないかい?」


 リロイは腕を組んで、シーラの言葉を整理してみる。サハギンを駆逐できないのならば、どうやって洞窟の奥に行けばいいのか。


「サハギンをおびき出すしかねえんじゃねえの」


 サムソンが、となりの幼女の手をとっていた。


「おびき出すって、陽動作戦ってこと?」

「そんな堅苦しいもんじゃねえけど、やつらの好物で注意を引きつけて、その間に洞窟を抜けるとか、単純な作戦だよ」

「やつらの好物って、サム、あんた知ってるの?」

「ああ、知ってるぜ」

「えっ、うそ! 何よ。もったいぶらないで早く教えなさいよ」

「お前」


 真顔で指さすサムソンの頭を殴って、リロイはシーラの顔を見つめた。


「ねえ、おばさん。焼き魚の好物って何か知ってる?」

「そんなこと、急に言われてもねえ」


 シーラはかさかさした頬に手をあてて、少しうめいた。





 お昼すぎにリロイはまたサムソンを連れて、湖畔の洞窟に向かった。


「なあ、本当にこの作戦でいくのかよ。他の作戦のほうがいいんじゃねえの」

「もう、さっきから何よ。この作戦でいくって決めたばっかでしょ」


 肩を張りながら闊歩かっぽするリロイの後ろで、サムソンは何度も小言を漏らした。


 エイセル湖に沿って歩いていくと、すぐに洞窟の入り口が見えてきた。洞内をのぞいてみると、今朝と変わらずにひんやりしている。


 その静かな洞内をじっとながめてから、リロイは右手に持つガラスの瓶をサムソンにわたした。中には無色透明の液体が入っている。


「おばさんの話だと、焼き魚はハーブの香りに反応するらしいのよ」

「だから、ハーブを抽出してつくったこの香料で、サハギンをおびき出すってのか。話が単純すぎるぜ」

「でも、村の人たちはハーブの香りをつかって、焼き魚を追っ払ってるって言ってたわよ。風の魔術でハーブの香りを送りこめば、焼き魚が浮かれて出てくるんじゃないかしら」

「そう単純に話が進みますかねえ」

「さっきからぶつぶつうるさいわね。いいから言われた通りにやりなさいよ」

「けっ。人ごとだと思って好き勝手に言いやがって」


 サムソンはぶつぶつと文句を言いながら、しぶしぶガラス瓶を受けとった。瓶の中の抽出液をじっと見つめて顔をしかめていたが、観念して瓶のふたをあけた。森の穏やかな風を伝って、ハーブの甘い香りが充満する。


 サムソンはげんなりした表情を向けてきた。


「ほ、本当にやらなきゃだめか?」

「もう、さっきから何よ。ちょちょいと呪文をとなえるだけでしょ。簡単じゃない」


 サムソンはがっくりとうなだれてから、洞窟の前であぐらをかいた。ガラス瓶を持たない左手で瓶の口をゆっくりなぞりながら、呪文をとなえた。


「オムス、アエテ、デス、クゥイ、トータム、イン、クレアトーラム、エド、コンディスティ……」


 厳かにとなえるサムソンの声に、あたりの空気がぴたりと止まる。


「ち、地上の風を司る精霊よ。われに力を貸したまえ」


 サムソンはおどおどしながら詠唱し、ゆっくりと目を開いた。厳かな呪文が森の静寂にひびいて、あたりから突風が吹――


「あれ、おかしいな。呪文を間違えちったかな」


 サムソンはまた目をつむって、瓶の口をなぞりながら呪文をとなえる。


「地上の風を司る精霊よ。われに力を貸したまええ!」


 サムソンの裏返った声がむなしくひびく。リロイは後ろの木の幹によりかかって、ため息をついた。


「ちょっと、何してんのよ」

「えっと、われに忠義を示したまえ、だったっけ。……地上の風を司る精霊よ。われに忠義を示したまえぇ!」


 サムソンがあたふたしながら呪文をとなえるが、風は一向に吹いてくれない。やがてサムソンは立ち上がって、力みながら腕を前に突き出した。


「われに忠義を示したまえ! なるべく早く起きたまええ! いいから早く起きたまえぇぇ!」


 サムソンは何度も腕を引いて、突き出してを繰り返す。だが、いくらがんばっても風は起きてくれなかった。


「あんたって、もしかして風の魔術が苦手?」

「うっ」


 サムソンの挙動がぴたりと止まる。ゆっくりとふり向いた顔はまっ赤に染まっている。


「だから、さっきからぶつぶつ文句言って、呪文となえるのをしぶってたんだ」

「えっ、ち、ちがっ」

「同い年のプリシラが宮廷魔術師になれたのに、あんたは何で見習いのままなのか不思議に思ってたけど……そういうことお」

「な、何にやにやしてンだよ! プリシラは別に関係ねえだろ」


 リロイがあきれた表情を向けると、サムソンは必死になって身体をゆすってきた。その表情にはいつもの余裕が微塵みじんもない。


 リロイは半笑いで、両手の平を返した。


「魔術師見習いじゃ、風の魔術が使えなくてもしょうがないよねえ」

「て、てめえ! おれの弱みをにぎったからって、余裕ぶってンじゃねえよ! てめえだって武術大会で大恥かいた見習いだろうが」

「はいはい。次回またがんばりましょうね。風を起こせないチビの魔術師見習いさん」

「チビって言うなー!」


 風を起こすことができなかったため、ハーブの香料が入ったガラス瓶を洞窟の前で置いたまま、ずっと待機することになってしまった。リロイが洞窟の入り口をじっと見つめるとなりで、サムソンは縮こまって「お前のせいで、お前のせいで」と恨み募っていた。


 満天にのぼっていた太陽が西の山に落ちようとしていたころ、洞窟の中からぴちゃぴちゃと音が聞こえてきた。


「来た!」


 リロイが心躍らせる向こうから、サハギンたちがぞろぞろと洞窟から出てきた。サハギンたちはハーブの香りにつられて、洞窟の前でたむろしだした。静かだった森の中が、サハギンたちの紺色であふれ返っている。


 ――こんなにたくさんいたんじゃ、あたしとサムだけじゃ相手できないわね。


 リロイは今朝の突撃が無謀だったと思い知りながら、となりでうずくまっているサムソンのえりをつかんだ。

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