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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
一章 リロイの決断
1/81

 尽きることのない歓声が彼女の鼓動こどうを早まらせる。右手のつぶれた血豆が柄にこすれて、ひりひりと痛む。


「灼熱の精サラマンダーよ。われに力を示したまえ。ファイア・ボール!」


 灰色のローブをまとった魔術師の右手から火の玉が召喚される。リロイは上体を左にそらして、眼前に迫る火の玉をかわした。火の玉は後ろの地面に落ちて、ぼっと小さな火の柱をたてた。


「乳臭い小娘が、しつこいんだよ。さっさと倒れちまえよ」


 魔術師は息を切らせながら、右手に持つ杖を一閃する。杖が描く軌道上に火の玉が召喚されて、それがリロイの左右をよぎった。


「リロイィィ! 負けるなああ!」


 背後からひと際大きな声援が聞こえてくる。リロイの父のブレオベリスは人目も気にせず、まっ赤な顔で叫んでいた。


 ――もう、お父様ったら。恥ずかしいんだからやめてよ。


 父の年がいのない応援が、とてもうっとうしい。声が聞こえてくるたびに気持ちが萎えてしまう。だが、研ぎすまされた殺気が伝わってきて、リロイはわれに返った。


「ああ! リ、リロイィィ!」


 父の恥ずかしい悲鳴と同時に、魔術師が杖を大きくふりかぶって突進してきた。リロイはすぐに腰を落として、スキアヴォーナ(長剣)で頭を隠すようにしてかまえた。


 スキアヴォーナと杖が交差した瞬間、どすっと重い感覚がリロイの右手をしびれさせる。リロイは地面を蹴って後退し、落としそうになったスキアヴォーナを急いでにぎりなおした。


 魔術師の男が後を追うように飛びかかってくる。リロイは男の打撃を受け止めながら、じりじりと壁ぎわに追いつめられていく。


「お嬢さんよお、ここらで降参しちまえよ」


 剣と杖を交差させながら、魔術師がうすら笑いを浮かべた。


「女の子なんだから、きれいな肌に傷をつけたくないだろ」

「嫌よ! あたしはこの大会で優勝して、タイクーン(王)に騎士の称号をいただくんだから」


 そう言うと魔術師が「ああ、そうかい。なら一生ものの傷をつくってやるよ」と言って、強い力で押してきた。リロイはつばぜり合いで負けて、尻もちをついてしまった。


 その上から魔術師が飛びかかってくる。リロイはごろごろと地面を転がって、相手の攻撃をかわす。彼女のとなりで、男の杖が地面にあたってくだけ散った。


 リロイは魔術師から離れて、荒れる呼吸を落ちつかせる。魔術師もはあはあと息を乱しながら、鋭い眼光を発してくる。


 ――武術大会で優勝して、絶対騎士になってやるんだから。


 リロイはスキアヴォーナの柄をにぎりなおした。一方、魔術師は両手を胸の前で止めて、ぶつぶつと呪文をとなえている。


 魔術師が両手を前へつき出してきた。両手の平から火の玉が召喚されて、リロイの顔に飛びかかる。


 リロイはとっさに盾を前に出して、顔を隠す。火の玉が盾にぶつかり、紅蓮ぐれんの炎が立ち上った。会場から「きゃあ!」と悲鳴があがる。


 リロイは燃えさかる盾を捨てて、魔術師の男に近づく。


「く、来るな……!」


 男は驚きながら、火の玉をたくさん飛ばしてくる。リロイは腰を落としてかわしたが、火のひとつが左腕をかすった。左腕から、じんじんと焼けるような痛みがこみあげてくる。


 リロイが近づくと、魔術師の男は悲鳴をあげて逃げようとした。リロイは相手のそでを素早くつかんで、スキアヴォーナの切っ先を彼の首にあてた。


「おじさん。どうするの。まだあたしと勝負する?」





「疲れたあ」


 会場内の休憩室の椅子に腰を落とすと、口からぽろりと声がもれる。リロイの小さな肩に、どかっと重りが乗りかかる。


「ロイちゃん、お疲れ様あ。プリシラもロイちゃんを応援しながら、ずっとどきどきしてたよお」


 武術大会の予選が終わって、友達のプリシラがタオルをわたしてくれた。ブロンドの流れるような髪に、ベージュと赤紫のダブルスカートがとてもかわいい。顔にかけた眼鏡が少しずれていて、のろまな印象を受けるのはいつものこと。


「眼鏡ずれてるよ」

「えっ、ほんとお? あ、ほんとだ。もう、すぐずれるんだからあ」

「試合してないプリシラが緊張してどうするのよ。あたしなんか、プリシラの何十倍も緊張してるんだよ」

「ロイちゃんはあ、プリシラの何百倍も強いからだいじょうぶだよ」


 プリシラのにこにこした顔を見ると、自然と肩の力が抜けてしまう。リロイも笑顔で「ありがと」とプリシラに返した。


 プリシラの後ろで、父のブレオベリスが肩をふるわせている。何かを言いたくてうずうずしているのが、手にとるようにわかった。


「そうだぞリロイ! お父さんもいっしょに試合を見てたが、魔術師が呪文をとなえるたびにはらはらどきどきしてたぞ」


 言いながらブレオベリスは髭の生えた頬を押しつけて、リロイの頬をごしごしと擦ってきた。口から臭い息を吐きながら「だがリロイの手にかかれば、魔術師なんかいちころさ」と続けた。


 リロイはうんざりした気持ちで、父の脂っこい顔を離した。


「お父様! そういうの、いい加減にやめてよ」

「ど、どうしてだ。お父さんはリロイが勝ったのが嬉しくて嬉しくてしょうがないんだから、ちょっとぐらいスリスリしたっていいだろ」

「ちょっともたくさんもだめだって、この前に言ったばっかでしょ! 人がたくさんいる場所で、気持ち悪いことしないでよ」

「き、気も……」


 ブレオベリスは言葉をつまらせて、うるうると目を潤ませる。半開きの口をふるわせて、幼児のような表情になった。


「リ、リロイが、不良になっちゃったよお」

「あらあら、それは大変ねえ。ほらお父さん、涙をふいて」


 母のマリーがすぐにハンカチを出して、父をあやした。


「でもまあ、ぎりぎりでも勝ててよかったじゃねえか。とりあえず本戦までいけりゃ、家名に泥を塗らずにすむしなあ」


 父の姿に苦笑しながら、銀髪の男の子が前に出てきた。白の厚ぼったいローブをはおった姿は、魔術師のレッテルを自ら貼っているとしか思えない。背はプリシラと変わらず、少し頼りない。


 リロイはすぐに立ち上がって、銀髪の彼をにらんだ。


「サム。家名に泥って何よ。武術大会に出ると、だれがだれの家に泥を塗るのよ」

「だれがって、いちいち説明しなきゃわからねえのか」

「な、何ですってえ!」


 リロイは足もとの椅子を蹴り飛ばした。


「どうして、あんたは素直な応援ができないのよ! だから女の子にもてないのよ」

「はあ? お前、宮廷でのおれのもてっぷりを知らねえのかよ。もうハーレムだってつくれんだぜ」

「へえ。大人の女性に頭をなでなでされてるのが、もててるって言えるんだ。あんたなんか、ただのマスコットキャラじゃないの」

「う、うるせえ! 凶暴女」


 サムソンがまっ赤な顔で怒鳴ったので、頭を軽くなでてみた。


「ほらほら、いい子でちゅねー」

「お前なあー!」

「あんたみたいなチビが、ハーレムなんてつくれるわけないでしょ。夢見るのもほどほどにしなさいよ」

「けっ! そのセリフ、そっくりお返ししてやらあ。お前みたいな弱っちいやつが、騎士になんてなれるわけねえだろ! 大恥かかねえように、今のうちに棄権しちまった方がいいんじゃねえの」

「順調に勝ち進んでるのに、棄権なんてするわけないでしょ。あたしは大会で優勝して、タイクーンから騎士の称号をいただくのよ」

「初めて本戦に出るやつが、優勝なんてできっかよ。自分を棚にあげるのは勘弁してくれよなー」

「ちょ、棚にあげるってどういう意味よ!」


 あざ笑うサムソンのえりをつかむと、サムソンも「てめえ」と言いながら肩をつかんできた。静かな休憩室にどっと笑いがおこった。


 リロイはプリシラに取り押さえられて、どかっと床にあぐらをかいた。プリシラも横にしゃがんで「でもお」と、遅口で声をかけてきた。


「ロイちゃん知ってる? 本戦で最初に戦う人」

「次の対戦相手? さあ、知らないけど」


 リロイは何となく嫌な予感がした。プリシラの「でもお」に、いい意味が込められていたことなんて一度もない。


 プリシラは眼鏡をずらしながら、一枚の紙をわたしてくれた。紙には、左右にピラミッドのような図形が描かれている。


 リロイは、トーナメント表に書かれた名前を左上からながめてみる。すると、右のやや上の方に「リロイ・ウィシャード」という文字が見つかった。そして、その下に書かれている名前を見て、リロイは一瞬、目がぼやけてしまったのかと思った。


「やったね、ロイちゃん」


 にこにこしているプリシラを尻目に、リロイはこれでもかというぐらいにトーナメント表を顔に近づけた。


 ――何じゃこりゃあアア!

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