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ロータス海域戦記  作者: 花竜
第7幕:双璧の試練
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1話 異形の守護者

 カイルという「正義」を突き放し、黄金の門を潜り抜けたレオンとリナ。


 その先に待っていたのは、安息とは程遠い、完成されすぎた地獄だった。


 そこは、アストレアが座す神殿の最深部を囲む「神殿庭園」。


 海底に敷き詰められた黄金の砂は、粒一つ一つが魔導演算の端末であるかのように規則正しく並び、不気味な微光を放っている。


 海流はアストレアの心拍に同期して一定の周期で律動し、そこにあるすべてが「神の意志」に従うことを強要されていた。


 庭園の随所に配置された巨大な噴水は、海中でありながら、魔力を帯びた海流を天へと突き上げている。


 ――ゴボッ、グチャッ……。


 一瞬、噴水が内側から潰れるような、生理的な嫌悪感を煽る音を立てた。


 だが、次の瞬間には何事もなかったかのように「完全な静寂」へと自己修正される。


 その、あまりにも速すぎる調律。


 レオンは直感した。ここは自然ではない。


 ここは、侵入者を検知し、瞬時に排除・吸収するための、巨大な「生体装置」の内部なのだと。


 「……っ……ハァ、……ハァ……」


 レオンは大剣を杖代わりにし、膝の震えを必死に抑えていた。


 カイルに斬られた左肩の傷は、都の濃密な魔力に当てられて、どす黒く変色し始めている。


 出血は止まらず、脳裏には常に灰色の霧がかかっていた。


 隣のリナも、禁忌の魔力を使用した代償で、肌に血管のような黒い痣が浮き出し、瞳の焦点が定まっていない。


 その、満身創痍の二人の前に。


 人工的な静寂を滑るように、二つの影が静かに、しかし絶対的な死の気配を伴って現れた。


 「あらあら、カイルを倒しちゃうなんて。……驚いたわ。あの子、規律に関してはあんなに潔癖だったのに。野良犬一匹、仕留められないなんてね」


 巨大な黄金の香炉をゆっくりと揺らし、そこから甘ったるく、どこか腐敗した肉の香りを漂わせる女性――四天王「抱擁」のマーラ。


 彼女が掲げた香炉から、紫色の薄霧が触手のように伸び、レオンの傷口へと這い寄る。


 「っ、……ぐ……あ……ッ!?」


 傷が疼く。いや、違う。


 傷口の細胞が、マーラの魔力に呼応して、勝手に「熱」を持ち始めたのだ。


 肉が泡立ち、自分の肉体でありながら、自分ではない「何か」へと作り変えられていくような、おぞましい予感。


 (マズい、……リナを連れて、離れないと……!)


 そう思い、レオンがリナの腕を掴もうと一歩踏み出した、その瞬間だった。


 「――無駄な試みだ。記録上、お前たちはすでに終わっている」


 傍らで鏡のような短剣を弄ぶ男――四天王「境界」のゼノが、感情の消えた声で断じた。


 彼が短剣を横に一閃した瞬間。


 「……え?」


 レオンの視界で、世界が文字通り「切断」された。


 わずか数センチ先にあるはずのリナの手が、無限の深淵の向こう側へと遠ざかっていく。


 物理的な距離は変わっていない。


 だが、二人の間に横たわる「空間」そのものが、ゼノの権能によって数メートル、数万メートルもの断絶へと引き伸ばされたのだ。


 「まだ“生きている”つもりか? お前たちはもはや、アストレア様の楽譜システムから排除された死残データに過ぎない」

 ゼノの瞳には、怒りも憎しみも、侮蔑さえない。


 ただ、不要なゴミをファイルから消去するかのような、無機質な義務感だけがあった。


 (……ああ。……これは、無理だ)


 レオンの心臓が、絶望に冷え切った。

 剣を振るう相手に届かない。


 守るべき仲間に、指先一つ触れられない。

 自分たちの「存在」そのものが否定され、分断され、溶かされていく。


 宮殿を守る最後の双璧。


 それは、個を溶かして全体にする「抱擁」と、個を切り離して無に棄てる「境界」。


 逃げ場のない庭園で、二つの相反することわりが、ボロボロになったレオンとリナを、確実に「処理」しにかかっていた。



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