5話 黄金の終わりへ
絶域を解いた瞬間、堰を切ったように世界が雪崩れ込み、レオンの膝に砕けそうなほどの激痛が走った。
視覚、聴覚、触覚……あまりに膨大な「外の世界の情報」が、機能を停止していた脳に無理やり流れ込む。
「……く、ふふ……。狂ってるわね、レオン……」
崩れ落ちたセレナは、致命傷となった傷口を押さえながら、狂気さえ孕んだ笑みを浮かべた。
死の恐怖よりも、自分の完璧な演奏を「虚無」で塗り潰されたことへの驚嘆が勝っている。
「自分を世界から切り離してまで、自由になろうとするなんて……。あなたはもう、魚人ですら……生命ですらない。ただの、歩く『バグ』よ。アストレア様の楽園に現れた、救いようのない虚無……」
「……それでもいいさ」
レオンは激しく酸素を求めて肺を震わせ、吐き出すように言った。
「誰かに飼われる『正解』の中にいるより、俺は俺という『バグ』でいたい。……たとえ、この先もずっと一人だったとしても」
セレナは満足げな溜息を吐き出し、黄金の粒子となって消えていった。
四天王が一人「感覚のセレナ」、消滅。
静寂が戻った都。
だが、その静寂は不気味だった。
立ち込める土煙が晴れると、そこには。
広場にいた市民たちが、手に手に農具や石、自衛用の武器を握りしめ、レオンたちを包囲していた。
「……え?」
レオンが目にしたのは、意志を奪われた操り人形ではない。
そこにあるのは、自分たちの「安寧」と「幸福」を理不尽に壊しにきたテロリストを、本気の殺意で睨みつける、**「自由を拒絶した民」**の剥き出しの敵意だった。
「出ていけ、破壊者!」
「アストレア様の都を汚すな!」
投げつけられる罵声。
その中で、一人の男が絞り出すように叫んだ正論が、レオンの胸に深く突き刺さった。
「あんたは強くて、どこにでも逃げられるだろ! でも、私たちは、この都で生きるしかないんだ! 壊された平和の後に、誰が私たちの面倒を見てくれるっていうんだ!」
投げつけられた石が、レオンの頬を掠めて血が滲む。
先ほどまでレオンが守ろうとしていたはずの人々。
その人々にとって、今のレオンはただの「明日を奪った加害者」に過ぎない。
群衆の先頭で、白銀の騎士団を率いるカイル・ヴァン・オーシャンが、揺るぎない決意を秘めた表情で剣を抜いていた。
「レオン。……これが、お前が剣を振るった先に望んだ『真実』の姿か?」
カイルの問いが、レオンの胸に鉛のような重さで圧しかかる。
アストレアを倒せば民は救われる、という淡い幻想は、今、無惨にも砕け散った。
レオンが秩序を斬るたびに、彼は「世界の敵」としての刻印を深く刻まれていく。
「……行こう、レオン。今は、話が通じる相手じゃない」
リナが痛む身体を支えながら、レオンの手を引く。
レオンは最後に一度だけ、黄金の灯火が消えかかった都を見渡した。
民の声は、もはやセレナの音叉よりも鋭く、レオンの心を切り裂いていた。
俺は、自由を求めてここに来た。
だが、その自由を求めているのは……あるいは、まだ声を上げられないだけで、どこかにいるのかもしれない誰か、ただ一人なのかもしれない。
レオンは石飛礫を浴びながら、背を向け、暗い外海へと続く海路へと足を踏み出した。




