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ロータス海域戦記  作者: 花竜
第5幕:感覚の守護者
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4話 逆流の「極北」


 「……リナ、助かった。あとは、俺がやる」


 レオンは、震える手で大剣を握り直した。


 五感はまだ完全ではない。


 視界の端にはノイズが走り、平衡感覚は狂ったままで世界は激しく自転を続けている。


 だが、リナが命を削って撒いた「泥」が、セレナの絶対的な調律に、取り返しのつかない致命的な亀裂を生んでいた。


 「セレナ。……あんたのことわりが『振動』だっていうなら」


 レオンの全身から噴き出すオーラが、瑠璃色から、凍てつくような白銀へと変色していく。


 それはこれまで「外側への攻撃」に費やしていた逆流の魔力を、自らの精神と肉体の境界線……その極小の隙間に向けて、内側へと転換した姿だった。


 「俺は、自分自身の『鼓動』以外の……すべてを拒絶する!」


 ――逆流・絶域オーバーライト・ゼロ


 その瞬間、レオンの肉体表面で、世界とのあらゆる繋がりが消失した。


 光、音、熱、振動。あるいはアストレアが定義した情報のすべて。


 セレナの音叉が奏でる「支配の音」さえも、レオンの肌に触れた瞬間に虚空へと霧散していく。


 「馬鹿な……!? 世界からの干渉を、物理・魔導を問わずすべて遮断するなんて……! そんなことをすれば、あなたは酸素も栄養も、光さえも受け取れず、自滅するわよ!」


 セレナの叫びは正しい。


 絶域を展開したレオンは、今、この海にいながら「どこにも存在しない虚無」と化していた。


 肺の中の酸素が尽きれば、彼の命は終わる。


 だが、その代償として手に入れたのは、何者にも、神にさえも干渉されない絶対的な「自己」だった。


 「ああ、そうかもな。……でも、一瞬で十分だッ!」


 レオンが海底を爆発的に蹴った。


 音もなく、水圧の抵抗もなく。


 振動そのものを拒絶し、因果律さえも置き去りにした真空の突進。


 「――逆流・沈黙オーバーライト・サイレンス!!」


 白銀の閃光が、夕闇を切り裂く。


 セレナが音叉を盾にする暇さえなかった。


 「鋼の意志」という物理的な質量を持った刃が、セレナの持つ巨大な音叉を——エルドラの秩序の象徴を——中央から真っ二つに叩き割り、その肩口を深く、残酷に斬り裂いた。




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