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先輩の過去

「あーれれー? おかしいなぁ、ちょっとごめんね」


 俺と同じかそれ以上の背丈のフードがひょこひょこと俺の横を抜けると、勢いよく少女の腹をぶん殴った。

 思い切り殴られた少女はえずいて膝を折る。


「簡単なお願すら聞けないんだね、アメナさあ」

「申し訳――」


 謝る少女を蹴り飛ばそうとするフードの胸ぐらを掴んで、逆に地面に叩きつける。

 胸糞悪いんだよ、ずっと、さっきから。


「おい、女殴ってへらへらしてんじゃねえよ」


 フードの男は勢いよく両足を叩きつけて起き上がると、俺の前に顔を突き出した。


「真顔だよ。くひっ、ひひひひ、ああ、冗談冗談。別に何でも良いよ。大した期待もしちゃいない。その子ね、戦争孤児ってやつなんだよ。それどころか、買われたやつの運が悪くてね、人を殺す技術しか学んでこなかった悲しい人間だ。生きるために、何人殺してきたんだろうね? そんな価値、あるはずもないのにさあ!」

 

 言われっぱなしの少女は何も言い返さず、ただ唇を噛んで俯いていた。

 戦争とか、来たばかりの俺にはよく分からない。この世界がただただ楽しいだけって訳じゃないことは、よく分かったよ。

 女神様、あんたが俺に見せたいのって、そう言う事なのか?


「お前もうさ、黙ってろ。今すぐ俺の先輩を解放すれば生かしてやるよ」

「それってさ――」


 フードの男は適当フードの袖から長い鉄の棒を出すと、床を強く蹴って半回転。

 着地と同時に俺の肩を、大きくぶん殴った。


「殺す覚悟、持ってる奴が言うセリフだよ」


 重み。尋常じゃない重みと痛みが、肩から全身を伝った。フードの隙間から覗いた顔の火傷の奥にある瞳は、死んじゃいなかった。

 ああこいつ……怒ってるってか、泣いてんだな。


「殺す覚悟? あのな、お前、今クソダサいこと言ってるって気づいてるか?」


 鉄の棒を握って適当にその辺に放ろうとするが、フードは再び棒を引き抜いて振りかぶった。


「ダサいってのは!」


 そのまま俺の頭に鉄の棒をぶち当てる。痛い、痛いとかいう次元じゃねえ、意識が、消える。


「こういうさ、力のない奴のことを言うんだよ!」


 殴打に次ぐ殴打、俺の意識が消えるまで、っていうか、殺しきるまで、男は殴る気なんだろう。ああ、痛い。もう、瞬間断裂の効果は切れちまった。

 痛いな。守られないって、死ぬって、こんな感じか……クソ、下らねえ。

 フードの鉄棒を、途中で掴んだ。


「あのな、確かに俺はダサい奴かもしんねえよ。だけどなぁ、それ以上に、手前の信念貫く奴が、一番かっけえんだよ!」


 フードのおでこに自分のおでこをぶつけた。

 強烈な衝撃を逃がさないように、フードの胸ぐらを掴んでぶっ飛ばさないようにした。

 フードの言う事は正しいさ。だけど俺は知ってる。一方的にぶん殴られても、不殺なんて下らない自分のエゴをいつまでも押し通す、かっけえ人を。

 フードが脱げて、銀髪が露になった男は、痛みに顔を歪みながらもしっかり俺から距離を取った。随分と動けるな。少なくとも、少女以上……下手をすれば先輩よりも。


「先輩、無抵抗で攻撃受けてみた。痛みも負ってみた。すげえ嫌だった。だから、俺はあんたの覚悟を否定する。けど……やっぱ先輩、かっけえよ。こんなの、俺は出来ねえ」

「……生意気、言わないで、逃げなさい。めっちゃ、怪我してんじゃないの……」

「嫌っすよ」

「その服装……ああそうか、君が、四天王か。くっくっく、面白い、ミュイ・カローシス、あんたまた、守れもしない物、しょいこんでさあ!」

「おい、フード野郎。俺は先輩に守られるほど弱くはねえよ。ったく、面倒ごとは懲り懲りだ。こっちは店があるんだ、さっさと終わらせるぞ」

「はっ、何にも知らないってのは、幸せだなぁ。まあいいや、ここでやりたいことは全部やれたし――」


 逃がすわけねえだろ、俺はお前が嫌いなんだからよ。

 フード男に狙いを定めてステップを踏んだ。近づき様に拳を振り下ろす。

 軽く横に避けられ、すぐに膝が飛んできた。

 膝の起こりを手で抑えつつ、同時に跳んで横腹を蹴り飛ばす。

 鍛えてるな。抑えるよりも腹でちゃんと受けきりやがった。

 俺の腕を脇で挟み、そのまま地面に叩きつけながらもう、振りかぶっていた。

 拳をおでこで迎えに行って威力を相殺。腹筋が、痛い。

 打たれた拳を両手で掴んで逆に足で絡めようとしたが、逃げられる。


「ちっ、意外と動けるんじゃないか。何してる、アメナ、言わないと動けないのか、こいつを殺せ」


 視線を少女に向けた時にはもういなかった。クッソ今はもう、スキルがねえ。

 ガチャガチャを、回せねえ。


「あんたは、たぶん、強い。でも、みんながみんな、あんたみたいに強くない」


 透明少女が息を大きく吸って、斧を叩きつけてくる。さっき負けたのを忘れたのか、気持ちいい位隙を狙ってくる。


「何だその負け犬根性は」

「それが彼女の良いところだ!」


 体勢を立て直して、棒を振り下ろしてきた。床を金属音が伝播して足場が震えるほどだ。

 こいつ、単純な体術とバールのようなものだけでなんて強さしてやがる。

 しかも、さっきと違って透明少女の攻撃にキレが増してる。隙をフード男が良く隠すせいもあって歯止めが効かねえ。


「先輩! 定時なんで帰るっすよ、このままだとガチで!」

「……みなまで、いわないで」


 剣線一閃――

 音もなく、最早美しさすら覚える剣の軌道は全く見えなかった。

 フードの男ただひとりを覗いては。


「それさ、すごいよね。速くて、綺麗で、人を守るための剣。でも、刃を挽いてると思ったら、挽いてないね。技術だけで不殺を成していたわけだ、ほんとさあ、きしょいね」


 バールのようなものでカタナを受けると、くるっと返して床に切っ先を突き刺して、そのまま足でへし折った。

 カタナを折られ、呆気にとられた先輩は、そのままフードに蹴り飛ばされる。

 軽く跳んだ先、診察台みたいな場所に体を打ち付け、そのまま項垂れた。


「冗談だろ……立て、立てや、先輩!」

「もう……立てない!」

「何言ってんだ、あんた! 何があったかしらねえしぶっちゃけどうでもいいから来いよ!」

「むり!」


 こんなところで駄々をこねてほしくはない。どうする? フード男と透明少女を同時に相手どれない。立ち直っていただくほか、ない。


「はっ、ははは、クソ、萎えた。これが、あの勇者殺しの姿とは思えない。見ろよ、四天王。彼女はこんなにも、弱い。教えてやれよ、ミュイ・カローシス。あんたがあそこで、何をしたか!」

「もう、辞めて!」

「だったら笑って死ねや! もう後悔がねえって。泣くってことは、まだやりたいことがあるし、やれるってことなんだよ。立ち上がる準備が出来てんなら立ち上がれや!」


 この人を見ていると、何故かイライラして仕方がない。

 口で言ってる事と、やってることが何一つ合ってない。

 しかも俺はまだ、この人のことをなにひとつ知りやしない。知りもしねえ奴が死にたいだのなんだの言ってること程、ウザったいことはない。

 弾かれたように、飛び出したのは透明少女だった。我を忘れたのか、技を忘れたのか、消えもせず、ただ正面から斧を振り降ろしてきた。

 ギリギリ、勘でかわすことは出来たが……腕を叩かれた。やべ、上がんねえ、クソいてえ。

 腕を抑えて何とか下がる。正直な話、これ以上は捌ける自信がない。


「……れよ」

「あ? なんだ、はっきり腹から声出せ、透明少女」

「黙れよ、あんた、何なんだよ。あんたみたいな何でもかんでも自分の思い通りに行く奴が……一番嫌いだ」

「なんだお前、おしゃべりじゃないか。もっと話そうぜ」

「アメナ、殺せ。僕はあの女をやる」

「そんなのに従う必要ないんじゃないか? 何が悲しくて従ってんだ、お前は」

「アメナ、また戻りたいのか? ゴミだった頃に。お前を人間にしてやったのは誰だ。よく考えろよ。それとも、お仕置きが、必要か?」

「嫌だ……分かってる、従い、ます」


 透明少女は震える手で斧を構えた。こんなものを見ても動けないようじゃ、俺は、あんたを軽蔑――


「やったとやる気になったようっすね、先輩」


 砕けたカタナをそれでも片手に、先輩は息を整えた。十分だ。あんたが立ってくれさえすれば、この戦いは勝てる。


「ごめん、ふう……おっけ。とりあえず、もう、君の前で泣かないから、生意気後輩」

「上等っす。四天王のお仕事、始めましょうか」


 四天王ウィンドブレイカーの襟を正した。さあ、正していこう。俺色の正解に、塗り替えてやる。


「今日を生きますよ、先輩」

「あいよ、後輩」


 飛び出す。

 二人とも満身創痍。やれることなんてたかが知れている。

 だが、逆に考えれば、透明になれる奴と大して攻撃に転じるスキルを持ってない奴だけだ。二対一を二回行う。

 まずは、消える少女だ。


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