表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/28

昔馴染み

 ミュイ・カローシスは自由な冒険者だった。

 帝国内でチームを組んで、困る人のためにどんなクエストも受け続けた。

 大変だったが、それ以上に高いやりがいと自由さ、仲間と共にいる時間が楽しかった

 それでも、世界は残酷だった。ミュイは今、ひとりで何もない荒野に両足を着けていた。


「また、ここに来るとは、上の、クソったれ」


 瓶ビール酒を飲み干し、乱暴に地面へ叩きつけた。割れたガラスとわずかに残った水分が、悲し気に地面へ沈んだ。

 ファルシオンに来るのは3年ぶりだった。あれだけのことがあって三年間も、自分は無駄に生き続けてしまったと、ミュイは改めて怒りを覚えた。

 ファルシオンは広大な土地に僅かな自然が息をしているだけの、死んだ土地。少ない雑草に砕けた木々。自然の忘れ物が、中央の巨大なクレーターを囲っていた。

 星が落ちてきたかのような大穴と衝撃波に耐えかね抉れた周辺の大地。

 かつてこの町は、小さいながら活気に溢れていた。騎士たちが前線を守り、勝利の美酒を酌み交わす場所。

 それが……大穴の中に建てられた数々の建物群の下に埋もれてしまっていた。

 吐き気がしそうだった。自分が散々守ってきた場所が、誰とも知らない存在に実効支配されているなんて、思いたくもなかった。

 カタナを抜いて、クレーターの縁を滑り降りた。砂を擦り上げながら降り立ち、建物の前。

 金属製の建物。三年前まで間違いなくこんな物はなかった。

暗い雰囲気の建物が急に明るく照らされて、シャッターがゆっくりと開いた。

 中から現れたのは、二つの頭を持つ犬。屈強なと、獰猛な口は上下左右い別たれて、中には何故か、人の顔があった。

 化け物が合計三匹。ミュイの顔を見ると同時に襲い掛かった。

 カタナを片手に、空いた方は前に突き出し、距離を正確に測ると同時に両断――

 ミュイは化け物が何なのか、よく知っていた。だからこそ、不殺をしていた。

 せめて、一撃で、苦しまないように殺す。

 血を払い、素早く納刀。背を向け、武器をしまうミュイを、化け物はここぞとばかりに襲う。

 その判断が最大の誤りとも知らずに。

 最速で抜かれた一撃。最早剣先とまで言わず、剣そのものすら、動体視力で追えない最速の一撃に。

 化け物はよろよろと地面に倒れた後、しばらく動いていた。

 気づかなかったのだ。自分が、両断されていた事実に。


「……ごめんね」


 再び納刀。何にせよ、再び舞い込んできた借りを返す瞬間に、ミュイは集中した。

 前回のサソリは突然の出現に多少手こずった上に、気持ちの整理がつかなかった。

 ただ、自分が迷ったばかりにアストを危険に晒した。その上、気持ちの迷いがあるせいで、アストを巻き込み四天王にまでしてしまった。

 もう、自分の問題で誰かを巻き込むわけにはいかない。


「あーれれー? 聞いた話と違うなぁ。あんたさぁ、そいつらが何か知ってるよねえ、人殺せないように刃を挽いて使ってるって話だったんだけどなあ」


 シャッターの暗がりから現れたのは、白いフードを被った人影。

 自身の足元に散らばった化け物の死体を足蹴にしながら厭らしく笑った。

大きな一歩を踏み込んで、ミュイはフードの首にカタナを突きつけていた。


「止めなさい」

「あっは、あんたさぁ、殺す時はちゃんと殺しなよ。じゃないとさぁ、もしかしたらこれが、千載一遇のチャンスだったかもしんないわけだし」

「黙りなさい!」

「それは、あんたの方だよ」


 上から何かが降ってきた。

 カタナを引いて後ろへ一気に跳ぶと、さっきまで経っていた場所が酷く抉れていた。

 巨大な、斧。自分の背丈ほどある斧を持った、少女。ショートで青のメッシュが入った黒い髪。ミニスカートで首にはチョーカー。ふんだんに出された足には何の機能性もない網目のタイツのようなものをはいていた。

 今年で21を迎えるミュイにとって、ああ、こいつやってんな、と思う格好。


「アメナ。お客様だ、中に入れるな、殺せ」

「はい」


 少女は斧をぶんぶん振るって回転させると……消えた。

 自慢ではないが、ミュイはタイマンで負けたことがない。最速の剣と、最速を操る動体視力を持っている。

 そんなミュイが、姿を見失った。物理的な速度ではあり得ない。


「ふう――」


 次の瞬間、現れたのは背後。息を止めた鋭い一撃が飛んでくる。

 何をしたかはさておいて、直線的な攻撃を避けるのはそこまで難しい事ではない。

 躱してバックステップ。

 着地した場所から手が生えて、ミュイの足が掴まれた。今度は背中に手が生えた蜘蛛みたいなモンスター。倫理観がない、クズのような作戦に目を白黒させていると――


「しまっ――!」


 斧が胴体を狙う。

強烈な一撃だったが、カタナを差し込むことで直撃だけはギリギリ避けることが出来た。

それでも、骨が確実に折れた感覚が嫌な汗となってミュイの頬を流れた。

 反撃しようにも、素手に対象の少女は消えていた。どういうスキルかと思案した瞬間――


「はーいお疲れ様」


 顎を捉えた一撃。いつの間にか背後にフードの男が立っていた。

 脳が、揺れる。ほんの一瞬だけ、意識が飛びかける。一瞬だけでもその場にいないことが、戦場でどれだけ愚行か理解していたミュイはそれでも、膝を折った。


「つ……」

「使いなよ、お得意のスキル。使わないのはさ、なんでなのかなぁ!」


 顔を蹴られて、そのまま地面を擦れるように倒れた先で、少女の靴のつま先に当たって止まる。完全にしくじったと、己を呪った。


「ミュイ・カローシス。あんたさ、本気出さないのは別にいいんだけど、死ぬのは良いわけ? 昔みたいにさ、暴れちゃいなよ、狂っちゃいなよ、あんたがあんたであるために!」


 腹を蹴られ、こみ上げてくる痛みを喉の奥に飲み込んだ。

 妙な違和感が痛みと一緒に体を流れた。このフードは、まるで自分を知っているような口ぶりだった。


「まあ、忘れちゃうのは仕方ないよね。ここに来たってことは君さ、冒険者辞めて、騎士にもならず、まさか四天王なんて過去の遺物になるとはねぇ」

「……四天王じゃ、ないわよ」

「あら、そりゃ残念。あの時、ファルシオンを焼いた奴が来るかと思ったんだけど、二回ともあんたが来るのはちょっと運命を感じたけど、まあいいや。殺すのももったいないし、実験に付き合ってよ。仲良くやろうよ、昔みたいに」


 フードの中で、銀髪と、銀色の瞳が光った。顔の右側を火傷してはいるが、間違いないと、ミュイは確信した。


「ユーヴェン……!」

「あら、あらら、あらあらあらあら、覚えててくださったんだ、そりゃ光栄だなあ、天下の大英雄に覚えてもらえるなんてさぁ!」


 蹴られる。何度も、執拗に、蹴り続けられ、痛みよりも呼吸が出来なくなる方が辛かった。


「ふう、アメナ、中に運べ。彼女は後でちゃんと体中切り刻んで実験台にするからさ」

「ユーヴェン、あなた、なんでこんなことを……」

「え、あんたがそれ言うの?」


 あまりにも愚問に、ミュイは押し黙った。そのまま少女に抱きかかえられ、中に連れていかれる。

 金属製の建物は歩く度に靴音が高く響いた。冷たい感触と音は、妖しい光と一緒に通路を反射し続けた。

 驚くほど、会話はなかった。もっと恨み節の一つでもあるかと思っていたミュイは力を抜いて、体力を回復させようとした。今は大人しく従うほかなかった。

 連れて行かれた部屋は、診察台のような椅子とランプがあるだけの部屋だった。


「ここは僕のお気に入りの部屋なんだ。外で君が殺した作品の、ね」

「悪趣味ね」

「そうかな? 座らせろ、アメナ」


 ミュイは座らされると同時に、手足を台に繋がれた。身動きを完全に封じられた。


「さて。僕を覚えているなら、僕がこれから何をしようとしているか、分かるかな」

「復讐?」

「ああ、せーかい。まあ、君の体をさ」


 ナイフ、いや違う、メスで、不意に手の甲を貫かれる。熱い痛みに思わず苦悶の表情を浮かべ、口から微かな悲鳴が漏れた。


「切らせてもらう――」


 苦痛の中で、入口で何か大きな音が響いた。また何か、良からぬ実験でもしているのかと思ったが、驚いたのはフードの男、ユーヴェンも同じだったようだ。


「アメナ、行け。侵入者は殺せ」


 黙って少女が入口へ向かっていった。こんなタイミングで到着する様な人物が、ミュイは思いつかなかった。この侵入者が敵か味方か、ただ、祈るだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ