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めちゃめちゃな激務

「いらっしゃいませー! 2名様ご案内!」

「あい店長! ごくごく、ぷはっ、カレー大盛り4!」

「運動部の部活終わりかよ! 先輩、ビール飲むな!」

「水分補給だよ! はいご注文は? はいはい、バーガー7!」

「ありがとうございます!」


 俺がたびうさぎで働き始めて2週間。店は……繁盛していた。

 ありがとうございます、お客様! ようこそいらっしゃいませ!

 回転率が高い軽食ばかりにしたせいでキッチンの俺が死ぬ。休みなし、水分補給なし。

 それでもいい、稼げ、若い内に稼ぎ続けろ。そして回せ、ガチャを!


「あ、すみません、席一杯で――」

「テラス席で良いか聞いてミュイさん! いいならテーブルとイス出して!」

「あいあい、テラスでも良いですか? 手かまあ外なんですけど。あ、おっけ? 店長行ける!」

「あいよ!」


 やりがいはあった。楽しさすらあった。だが今は何も考えられない。このピークを、超えること以外、何も考えられない。腕よ動け、膝よ終わるな、お前に出来る精一杯を、今!

 戦場で戦ったことのない俺にとって、厨房が代わりだった。

 短すぎると思う程に短い濃密な時間が過ぎていき、最後のテーブルのふき掃除が終わって俺たちはようやく息を吐いた。

 あぶねえ、食材のストックもギリギリだ。これ以降はドリンクのみで行こう。


「ミュイさん、お疲れさまっす」

「ぷはっ、沁みる……マジ、労働が一番のスパイス、酒が、うますぎるっ!」


 元気そうでよかった。さすがは戦場上り、ピークのお客さんを捌くくらいお手の物か。


 カランカラン――


「あ、すみません、今食材切らして――あ」


 相変わらず、扉の奥で顔すら全く見えない巨体が日光を遮っていた。慣れたからいいけど、慣れなかったら最悪だぞこの人本当に。

 店先に毎度現れる、黒い大鎧の人物。この人本当に、こんなデカい癖して音もないんだからすごいな。


「シュナク先輩ちっす」

「活躍は、我が耳にも届いている。雑魚刈りには丁度いいスキルを持っているようだな」

「陰険な言い方やめてください、シュナクさん。アスト君はよく頑張ってるんで」

「それを決めるのは貴様でも我でもない。上だ。ミュイ・カローシス、貴様の不殺を上が認めているのは、貴様に能力が――」

「わかった、分かりましたすみません。ったく、それで? 営業時間中ですよ」

「忙しい時間はさけたつもりだ」


 意外と優しいところはあるんだよな。

 彼はメッセンジャーだと自分で言っていたが、四天王全体を見ればどの程度なのかいまだに推し量れていない。だから無限に怖い。


「今回の任務は、聖戦跡地を利用した非合法な行いを取り締まってもらいたい。大将の生死は問わないが、向こうは殺しにかかって来ると思え」

「時間は?」

「今すぐ、だ」


 そりゃそうだ。丁度ピークも終わったし、長めの休憩にするとしよう。

 しかし、俺が四天王になっちゃったせいで、結局店を開けなきゃならない。お陰で客足は伸びて、これからだって言うのにな。


「場所は?」

「ミュイ・カローシスにとって、馴染み深い場所。ファルシオン跡地だ」


 ミュイさんが纏っている雰囲気が、明らかに変わった。いつも何かしらもぐもぐしているか、アルコールを摂取している彼女の豹変ぶりに、俺は体を机に預けて口を開く。


「ファルシオンとは?」

「ミュイ・カローシスが最後に聖戦に参加した戦場だ。戦禍に見舞われ手つかずだったところをならず者共に占拠、現在は実効支配されている状態だ。この地を解放し、生産力向上に使う」

「質問」

「なんだ」

「他の四天王はなんで参加してないんすか? 俺でもできるって訳でもないでしょう? なんなら、俺には余りそうなもんかとも思うんすけど」

「私はメッセンジャーに過ぎない。上の命に従うのみだ」


 何かに就けてそれ、か。しっかし俺は今、自分のスキルに使う金と借金返済を天秤にかけて戦いに行く必要がある。回せる回数は……精々3回か。大切に使わないと。


「いいよ、アスト君はお店やってて。これは、あーしの仕事だから」


 すっかり、お店の制服からいつもの布鎧に着替えたミュイさんは、カタナを片手に店を出て行った。あの大鎧をよく躱して外に出ることが出来たな。


「質問」

「なんだ」

「ミュイさんは、そのファルシオンとやらが古巣か何かなんすか?」

「いいや。ファルシオンでは、ファルシオン敗走戦と呼ばれる、聖戦至上、最も知略が巡らされ、魔王軍の中でも歴史に残る作戦だった。ミュイ・カローシスはファルシオン敗走戦の生き残りだ」

「生き残り? 歴史に残る勝利だったんじゃないんですか?」

「その通り。ただし、賛否は別れるが」

「どういう意味ですか」

「奴に聞け。我は忙しい」


 勝手な言い分だけ残してスッと消えたかと思うと、店の扉から外の光が漏れた。

 俺は思えば、あの人のことを何も知らないな。

 テーブルを磨くと、うっすら俺の顔が映った。酷い顔だ。昔トイレで顔を洗った時に鏡に映った物によく似ている。驚くほど、俺は前と同じ生活に自分から進んでいる。

 下らねえ。俺がやりたかったことやるために、休みなく働いてこの様かよ。

 俺は黙って店先に準備中の看板を出した。従業員の安全を守るのも、店長の役目だ。

 ってか、ファルシオンって、どこだよ。

 仕方なく帝国の地図を探っていると、ギリギリ帝国領土内であることが分かった。

 敗走戦なんて名前が付いているのは、ここを何とか奪い取れたからってことかな。まったく、経営の勉強以外に歴史の勉強までしないといけないってのか? ふざけやがって。

 え、しかも普通に置いて行かれたんだけど、やっばあの人たち。

 頭をクシャっと掻いて、ファルシオンへ向かった。馬は借りられない。えー、これ、今日中に帰れるか? めっちゃ無理。


「おーい、店長さん、何やってんだこんなところで」


 見ると、顔なじみの商人が、空になった荷馬車を運んでいるところだった。

 そうか、売りさばいて次は仕入れ、か。あれ、ああめっちゃいいところに。


「あの、ファルシオンって知ってるっすか?」

「……知ってるさ。あれだけのことがあった場所だ。店長さん、あそこへ行きたいのか?」


 いつも元気な商人さんの顔が曇るなんて、うっわ本当は行きたくないなあ。


「ビジネスチャンスの匂いがしてるんで」

「わかった。いつも備品仕入れてもらってるお得意様の頼みだし……訳アリだろ?」

「良い女のケツ追ってるんすよ」

「……乗りな、最速だ」


 かっけ。

 荷馬車が最速であぜ道を突き進む。あんたに何があったかは知らないけどな、ミュイさん。

 俺は面倒くさい男なんだ。あんな顔をされたら、追っちまうよ、そりゃ。


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