勇者とかとか
ってな感じで、四天王のお仕事に従事させていただいておりますが、率直に申し上げて、辞めたい。
「辞めたくなったんじゃない?」
「はっ、全然辞めたくねーし意味わかんねーし」
「なんで思春期をこんなところで出してくるの……まあ、君のスキル、確かに面白いけど」
「微妙っすよ。ガチャチケッと買わないと使えないですし」
俺のスキル、ガチャガチャは、この世界の通貨、Gを突っ込むことで回すことができる。そこで出て来たワンタイムスキル、略してワンスキルを使える。ちなみにランダムで、在庫によって俺は本当に何も出来ない雑魚へと変身する。
稼ぎは今のところ、たびうさぎでの稼ぎしかない物で、しんどいっす。正直。
「さて、んじゃあ、俺は店に戻るっす」
「ああ、ちょっと待って。少しはお金あげとくわよ。最低限、スキルを維持しないと。今の戦闘でかなり使っちゃったでしょ?」
「いいっすよ。あの赤字店舗を活かすためにお金使ってるっしょ」
「え、なんでわかるの?」
「あの店、メニュー多いし、シンプルに在庫と廃棄が多いんで、一旦仕入れを全部カットしました」
「いやいや、そんなことしちゃったら、提供できないじゃん」
「売れてないメニューを置くより、単価を高くしてメニューの質を上げます。さて、お仕事しますよ」
「お仕事って?」
俺は破壊された施設を背中に人里まで出て行った。
手近な場所に置いておいた車輪付きのテーブルにパラソルを差して、たびうさぎの看板を立てた。
テーブルの上にはサンドイッチ数個と、おにぎり。後はメインでカレーだ。テーブルの中には在庫が一式。仕入れは切ったが、残った材料をふんだんに使えるのがカレーだった。マジでスパイスは偉大だよ。
「はい、オープンキッチンの完成っす」
「うわあ、すごい。ちっちゃいお店が出来ちゃった」
「はい。制服着てください、先輩」
「え、なにこれ……どこかの民族衣装?」
「和の国の衣装です。海の向こうにあるっす。知らないっすけど」
電話やネットがないせいで四天王のお仕事をしながらだと全く見つからなかったし、用意するのにしっかりと借金した。
足と金を使って立てた店はお粗末でも自然と愛着がわいてきた。
木陰で着替えて戻ってきたミュイさんは、赤いノースリーブの和装。袖はないが、タスキの長さが長いのでストリート風な着こなしも出来るし、ミュイさんはスタイルがいいからよく合う。
「完璧っす。綺麗っすねやっぱ」
「そう? そうかなぁ、えへへ……ああ、呼び込みしなきゃ。それはそうと、水分補給用のお酒は用意してほしいのよね。ジョッキで」
「そこの箱に氷水で冷えた奴があるっすよ」
「ラッキー」
素早く箱からビールが保管された樽を開けてジョッキに注ぎ、グイっと男前に一杯。
「かああ……マジで、今日も生きてる!」
「よかったっすね。あ、いらっしゃいませ」
「珍しいな、こんなところに露店かい?」
第一号お客様は、荷馬車を転がす……商人かな。屈強な商人の男性だ。
「こっから数キロ先に店があるんですが、今回は出張です」
人が接客している間、俺の目論見通り、ミュイさんはごくごくと喉を鳴らしてアルコールを摂取していた。まだ昼。日は上り倒しているこの状況でこんなものを見たら……。
「ビール、あるかな?」
「もちろん。でも、ビールだけじゃ足らないっすよね? このサンドはスパイスが効いたチキンを挟んであります。めっちゃビールに合いますよ? 今ならセットで、この価格」
「二つ頼むよ」
「ハイ毎度あり。あそうだ、これチラシっす。この半券持ってきてくれたらまた割引します。お客さんも割引しとくんで」
「兄ちゃん、商売上手だな。気に入った、皆に宣伝しとくよ」
「あざしたー」
承認を見送ると、次のお客様一行も見えて来た。今度はハンターか? 四人組。この世界のダンジョンやモンスターを討伐する専門職の何でも屋。
国の危機は軍より彼らに助けを求めろと言われるほど大きく活躍している人たちだ。
他にも採集クエストをギルドから発注して納品、報酬をもらう仕事もある。
「ミュイさん」
「はいはーい、いらっしゃいませ~! お兄さんお姉さんたち、お疲れでしょ、ギルドに戻る前にガツっと食べてかない?」
「お、珍しいじゃん。なんか食ってくか?」
「あ、じゃあ私サンドイッチが良い~」
「良いねぇ、あーれ、お兄さんたちそれバルドラゴの装備じゃない? 倒したの? すごーい。あれって硬いから中々倒せなくて大変だよね」
「よく知ってますね。そうなんですよ、初めて倒したモンスターで思い入れがあって」
「そうなんだ。いいねえ、私もひとりで倒せって言われたことあるよ」
「え? お姉さん、ひとりで? すごい、私なんて、皆がいないと無理です」
「ああもう全然無理で八回死にかけた。尊敬するよ、パーティー組んで道を切り開いてさ。そうだ、はい、塩むすびと、お水。疲れた体に染み渡るよ~。大人になったらまたおいで、お姉さんとお酒飲もう。あ、ヒールポーションの替えある? ない? はいこれ。じゃねー」
「「ありがとうございましたー!」」
冒険者パーティーの背中を笑顔で見送りながら、ミュイさんはまた酒を開けた。
正直、ちょっと驚いたな。この人、まともな接客なんて出来るんだ。
「なに、その目」
「冒険者に詳しいんすね」
「まあ、元々冒険者やってたからね。それで、雇われの形で、聖戦に参加した」
「聖戦?」
「帝国と王国の戦争って言ってもね、戦場によってレベルが全然違うんよね。特に、魔王直下の騎士団、魔王軍と、戦場で魔王軍と互角に渡り合った勇者軍の戦いは、聖戦って呼ばれた。名前もついてるし、後世の教科書にも載るんじゃないかしら」
「俺の知る限り、教科書に載る魔王は必ず勇者に討たれるっす。事実、魔王は討たれた。この国も終わるんすかね」
「まあ、今んとこは平和だから、大丈夫なんじゃない? これまで負け続けてた側が、これからも負ける道理はないしねぇ。ていうかさ、初めて売れて超嬉しいんだけど」
「まあ、そこまで利益はないっすけどね」
「ああそうだ、安過ぎない? 割引一杯しちゃって」
「まあ、これは残った在庫をはけさせたいだけなんで。広告やチラシを渡すのが真の目的。それより、新しい仕入れ先を探さないと」
市場に出回っている食材は商会ギルドと呼ばれる場所が一度農家から買い取って適正な値段で売るらしい。
ほんで戦争してるせいで物価が高い高い。税金がかかってないだけマシだが。
最近はヒールポーションと呼ばれる、傷を治す冒険者必需品のアイテムも高いらしい。
まあ、今は悩んでも仕方がない。売って、売って、売り続けよう。
日が暮れるまで売った後、たびうさぎに戻って深夜まで一応御店を空けておいた。
ドリンクメニューを増やしてフードはほぼない。酒だけ飲みに来いってシステムだ。
「え、アスト君さぁ、寝ないと死ぬよ?」
「大丈夫っす。収支計算しながらやってるんで」
「そういうんじゃないって。しかも今日、戦ったでしょ?」
「ミュイさんとスキルのお陰で俺は怪我してないんで大丈夫っす」
当分スキルは使えないってことは黙っていよう。俺のガチャガチャはGを使用するか、どこかに存在しているガチャチケットを使ってガチャを回し、スキルを使える。
今は四天王って言うサビ残も裸足で逃げる漆黒労働を無料でやりながらこうしてカフェを営んでいる。お陰と言っていいか分からないが、任務の場所すぐ近くで移動販売しつつたびうさぎの店舗にお客さんを呼び込む流れは構築できた。
後は、この異世界で魔王様より、勇者様より恐ろしい存在をどう片付けるか、だ。
「そ。んじゃ、あーしも店番するよ。看板娘だから」
にしし、と笑うミュイさんに、俺もため息交じりに笑った。
さっさとこの店を捨てて四天王のお仕事をすればある程度豊かな生活が出来るだろうに、赤字店舗を抱え、店長の代理を探すなんて、まあ、バカだ。
馬鹿だけど、何か思いがあってやってるんだろうし、俺もカフェ経営ってのはやぶさかではない。貧乏どころか、前の世界でもやらなかった借金してるけど。
「ミュイさんこと休んだ方がいいっすよ。いつ、四天王の仕事が入るか分かんないっすし」
「まあ、前任のヴィンセントさんが死んだのは驚きだよね。もっと驚きは、その時の情報が一切ないこと」
「そのヴィンセントって人は弱かったんですか?」
「四天王の中では最弱の序列第四位。ただ、帝国国土を広げた割合でいうと全体の2位。知将であり人望厚く、たまにジョークを言うおもしれえ男。誰が、やったのかしらね」
「親しい仲だったんですか?」
「ううん。会ったのは二回だけ。聖戦でも一緒だったけど……もっと話せばよかったかな」
「どうでしょう」
「どういうこと?」
「親しくなった方が、別れがつらいって考え方もあるってことです」
収支計算終わり。異世界でも簿記が使える件について。やっぱりフォーマットって突き詰めるとどの世界でも同じモノ使うんだなぁ。
ばら撒いたチラシを持ってどのくらい来てくれるかで、今すぐ動くか後々動くかが変わって来るな。
ふと、顔を上げると、ミュイさんがテーブルに座って俺を見下ろしていた。
この世界には月がふたつある。豊穣を意味する赤い月と、安らぎを意味する白い月。ふたつの月光に照らされて、ミュイさんは妙に美しかった。
「失いたくないから、もっと話して、知って、守りたいじゃん」
「俺最強って人間が本当にいれば、それも出来るでしょうけど、俺は弱いんでね」
「あーしも弱いよ。だから、強くなる。アスト君は、あーしが守るから、安心して」
「……期待してます。ところで、四天王のお仕事って、上からの指示以外動いちゃいけないんすか?」
「ううん。帝国に仇名す者は四天王の名の下排除する。これがそもそもの大前提だよ」
「随分物騒っすね」
「出来たのが戦争中、魔王様が討たれた時だからね。そりゃ、必死だったよ。最初の仕事が魔王様が討たれたことを秘密にすることだったし」
「無理でしょ、勇者側が喜ぶだろうし」
「勇者と相討ち。魔王が討たれた後、勇者軍の残りを全て屠った四人が、初期の四天王。お陰で王国は千載一遇のチャンスを失って、今みたいな泥沼で一進一退の戦いをしてる」
なるほど、それが四天王。上が討たれようと、有り得ない事態が起きようと主体性を持って行動できたエリートたち。そんな物に、俺がなれるもんかね。まあ、慣れねえか。
やれるだけやって、あとでしっかり笑おう。幸せになるために、金持ちになるために、今日を、頑張る。