今日を生きたい
ワンタイムスキル、貫通――能力、防御を完全に突破する。
こっちは説明十分。まったく、我ながらなんだこのスキルは、分かり辛い。
「借ります」
ミュイさんのカタナを奪って、サソリの頭部に一撃ぶち込んだ。
さっきまで弾いていた甲殻を容易に突き破り、刺さる。あれ、こいつ……弱点ここじゃないのか。
てっきり中央の頭位だと思ったけど……いや、違うな。こいつ、三つとも潰さないといけないのか。ていうか足場も悪いし、
「おっと」
馬鹿みたいに速い爪が顔すれすれを通る――違う。
本命の尾が頭上から降ってきた。速すぎる上に死角からの一撃。シンプルに避けきれない。
唖然とする俺の背後から、カタナを素早く奪ってミュイさんが尾を弾いた。毒もあるようで、賛成の雫が地面を軽く焦がした。
「危ないって! 死ぬよ、ホントに!」
「俺、もう後悔残して死にたくないんすよね」
「なんの話してんのってうわ! ちょっとこれもう逃げよう! 無理無理」
「逃げたら、こいつがどこに行くか分かったもんじゃない。あなたの仕事は、なんすか」
「……あーそう言う? それ言っちゃうかぁ……平和を守る、お仕事です」
「じゃあ、やりますよ」
俺のスキルはさっきので消えちまった。ワンタイムって一回使えばおしまいなのかよ。
せめて、ある程度の時間は担保してほしかったけど……チケットもないし。
どうするかな……。
「ミュイさん」
「なに?」
「会ったばかりの俺が信じるっつって、どこまで頑張れますか?」
「……え? 告白?」
「おっけ。合わせてください」
既に準備を整えたらしいサソリが襲撃の構えを取る。驚異的な速さと敏捷性が上乗せされた爪と尾。タイマン最強かつ巨体のおかげである程度多人数戦もこなせる。
なので、俺はあいつにとって美味しいエサになろう。
「俺を食え」
両手を広げて、挑発する。こいつがどんな生き物かは知らない。ただ、襲う以上、俺みたいな馬鹿を、放ってはおかないだろう!
「こい、化け物!」
鋏が両側から。一個は頑張って避ける。
もう一個は……ミュイさんが入る。
最後の尾は、二人でかわす。
躱した瞬間、ぬかるんだ足元のせいで、サソリの顔面が、すぐ手が届く場所に来た。
ここならちょうど、良い。目の前に、さっきの傷が、こんにちはしてやがる。
俺は傷の中に拳を突っ込んだ。嫌な感触だが、それはあいつも同じだ。
悲鳴のような叫びを上げながら、暴れ出す。さあ、出番ですよ、ミュイさん。
「あんたほんと、狂ってる!」
「俺はただ、今日を生きたいだけです」
ミュイさんはカタナを慣れた手つきでくるくる回して、右の顔を突き刺した。
抵抗する、サソリの右腕を、俺は掴んでそのまま……左の顔に突き刺した。
俺は自分が弱いことを知っている。だから、頼るし、逃げるし、こうして、相手の力をうまく利用する。
営業の時、取引先の業務のお姉さま方にお土産を持って行ったら、思う以上に話がうまくいった時を、思い出した。
全ての顔を同時に潰されたサソリは、絶叫の後、絶命。地面に手足をバタバタと落とした。
なるほど、色々と分かった。あの女神様、とんでもない世界に送ってくれたものだな。
「ふう……ああ、怖かった」
俺はミュイさんに胸ぐらを掴まれ、鬼の形相で額どうしを打ち付けられた。
「なんで、来たの! 死ぬところだったんだよ? アレは、帝国に仇名す、敵なの!」
俺は溜息を吐いて一度額を離すと、グッと力を溜めて、額をミュイさんのおでこに打ち付けた。
「ぴっぎゃ!」
「無様な声っすね。でも、それはあんたの方でしょ」
「痛い……何が……うわ、めちゃ痛い」
「なんで本気で、殺さなかったんすか。あんたなら、殺せたでし、すぐにでも」
「……何を」
「アレの正体を知ってるっぽいし、殺せない理由があるかは知らない。だけど俺は、今日を生きようとしないあんたにイラついただけっす」
ミュイさんは、あたまを冷やすように気に背中を吐けると、片手で髪をかき上げて溜息を吐いた。
「元、人間なの」
「本当に趣味が悪いことで」
「君の言う通り、殺せなかった。弱いっしょ、あーし」
「さあ。本気でやってれば勝てた時点で弱くはないっすよ。下らない。早く行きましょ」
「行くって、どこに?」
「店。俺、今日から店長なんで。ミュイさんは、そうっすね。バイトで」
「え?」
†
「うーん、良く寝た」
カフェの店主の朝は早い。客足は朝、昼がメイン。店の支度を考えても早朝に起きるのは実に理に適っている。
店の二階にある部屋で朝日を浴びながら起きると、顔を洗って支度を済ませる。
顔に冷や水ぶっかけて無理やり目を覚まし、満員電車に揺られるより遥かに良い。
珈琲の豆はこだわりつつ、値段をしっかり押さえた。フードも簡単に食べられるサンドイッチからいくつかの料理を用意したプレートをメインに、70種類ある。多すぎだろ。
「うーい、おはよう、てーんちょ」
同じ屋根の下、別の部屋で寝ていたぼさぼさが蓑女性、ミュイ・カロ―シス。俺の雇い主。
ノースリーブのシャツにホットパンツ。ブラ紐も見えてるし、この人、女性らしさ、なんて前時代的な言葉を使いたくないが吐き出して投げ出したくなるほど、らしさがない。
「おはようございます。速く準備してください。ねじりますよ」
「え、何を!? 怖いんよなあ、アスト店長は。準備しなくても客なんてきやしないわよ」
「それが問題っつってんすよ」
そう。この店、カフェ「たびうさぎ」には客が来ない。これは非常に非情な事態だ。
何せ、謎の組織から給料の入るミュイさんと違って、俺の給料は店からしか出ない。
「ミュイさん。あんた、何に雇われてるんっすか? あんな危ない仕事して」
「そのうち分るよ。そっちの仕事があるせいでお店出来ないから、君を雇ったんだし」
「だったら、お店なんてしなきゃいいのに」
「……そうだね。まあでも、あーしのくだらない趣味みたいなもんでね」
「趣味――」
カランコロン――
ああ、初めて聞いたかもしれない。お店の扉に付けた鈴の音。
「いらっしゃいま――」
開いた口が、塞がらなかった。
扉を開けた先が、外のはずなのに随分暗かった。何事かと考える間もなく、答えの方からやってきた。
馬鹿みたいに、デカくて黒い鎧が、店の小さな扉の前に、立っていた。
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツカツカツカツカツ。
何故か、絶対に無私なはずなのに入ろうとして頭をぶつけるデカ鎧。え、なにこれ。
「シェナクさん、新人店長が怖がってるんで、止めてください」
「怖がらせるつもりはなかった。非礼を詫びよう。アスト」
え、なんで俺の個人情報筒抜けなの? めっちゃ怖い。うっわどうしよう、と、とととりあえず、ぶん殴るか?
ああ違う。とりあえず、お席でも進めようか。でも入れないよな……ぶっ壊すか、壁。
「気遣いは結構。今日は、アストに用事がってきた。そこの新人、貴様がアストで相違ないか」
「ああ、はい。そうです」
「私はメッセンジャーだ。伝えるべきを、貴様に伝える。貴様は今日より四天王序列第四位となる。これは、四天王の天衣だ。二着渡す。洗濯は自分でしろ」
ああ、ダッメだ。異世界のこういうノリについて行けない。俺のノリが悪いのか?
馬鹿な、関西人の友達を持つ俺にとってついて行けないノリなどあるはずがないのに。
整理しろ、順序立てろ、落ち着いてみるべき真実に目を向け、耳を傾けろ。
「えっと、お飲み物はお決まりですか?」
「現実逃避しないで、アスト。あの、シュナクさん。さすがに何の冗談ですか? 四天王の序列第四位って、帝国の先槍、ヴィンセントさんがいるはずですが?」
「奴は死んだ。よって、上はアストを四天王に据えることを決定した。ミュイ・カローシス。貴様はアストを補佐せよ」
「……アストは、戦闘経験なんてないのですよ」
さっきから、徐々にミュイさんが怒っているようだった。いや、イラついている、と言うのに近いだろうか。俺も同じ気持ちだ。以心伝心してて嬉しい気持ちになった。
「貴様がやらないからであろう、ミュイ・カローシス。その者を守りたければ、貴様がしっかりと補佐するのだ。不殺も結構だが、敵を殺さず味方を殺すような愚は犯すなよ」
「……はい」
「上は貴様に、再び勇者を屠る力を求めている。復活した連中を止められる人間は多くない」
メッセンジャーこと巨大鎧はノーアクションで扉を閉めると、静寂が戻ってきた。
何だったんだ、あの大鎧は。
ミュイさんを振り向くと、何も言えずにただ俯くばかりだった。いつも明るいミュイさんらしくない。
いや、ていうか、俺はこの人のことを、何も知らないんだよな、普通に。
手の中にあるジャケット……いや、なんだこれ、ウィンドブレイカーみたいな羽織がやけに重かった。当事者を無視してしっかりと話が転がってしまったけど、俺は何の何だって?
「……朝飯、食うっすか?」
「……食う」
とりあえずサンドイッチを軽く作って渡すと、黙ってパクパクむしゃむしゃ食べていた。
「四天王ってさ、知ってる?」
ある程度食べた後、唐突にミュイさんが話し始めた。
「まったく。俺はこの国の名物すら知らないっすよ」
「帝国と、結構遠いとこにある王国って昔っから戦争してたんよ。でも、魔王と呼ばれた馬鹿みたいに強い騎士がいて、帝国はほぼ勝利しかけたの」
「へえ、強いんすね」
「もう、めちゃくちゃ。だけど……魔王は討たれた。新世代の勇者と呼ばれる存在に。それ以降、戦争は泥沼化。挙句の果てには帝国内部で紛争だの貴族の領土争いだのが起きてぐっちゃぐちゃ。戦争どろこじゃなくなっちゃった」
「最悪じゃないっすか」
「そう。四天王は、かつての魔王直下の騎士たちがそう言う国内の問題を解決するために作られた存在だと思って」
「へえ……え、俺をそんな大事な門にするって何してんすか?」
「シュナクさんが言ってたっしょ。本当は、あーしに四天王をさせたいんよ。だけど、あーしにその気がないから、アストを巻き込んだ。ごめんね? 止めるなら――」
「それはない。百ないっす」
即答した。今、ここを追い出されたところで俺に行き場はない。
四天王がどれだけ危険かは、あの化け物と出会ってよく分かっている。たぶんシンプルにあれよりヤバいのがいっぱいいるんだと思う。
それでも、またほっぽり出されてその辺で野垂れ死ぬよりはよほどいい。
「いや、て言っても、お店もあるわけだし」
「別に、方法がないわけでもないっすよ。色々思いついてはいるし、そこは心配ないっす」
「いや、ガチで危ないんだ――」
俺は自分のサンドイッチをミュイさんの口に押し込んで黙らせた。
「俺は、今日を生きたいんすよ」