ガチャガチャしたってかまわない
「はあ、住所って言うか、他国から来たんすよね。何でもいいから仕事がほしくて」
お祈り言葉を戴いて向かった先は、ギルドと呼ばれる場所だった。もっと正確に言えばギルドのトイレに急に現れた。
あの女神様も随分お節介なようだ。このギルドと言うのは、元の世界でいう役所。色々と説明を聞くことができる場所だし、他国からの流浪者かつ記憶喪失者に優しかった。
「となると、住む家を宿と想定したら、一日この位のGが必要です。基本的なものだと、アイテム採集やモンスター討伐なら基本的に何か資格が必要と言うことはありません。逆に、スキルはお持ちですか?」
「MOSや簿記みたいな?」
「はい?」
「なんでもねえっす。ガチャスキルならあるっすけど、これが何なのかまったく」
「珍しい事ではないので、ご安心ください。だとすると……こちらはどうですか? 寮付きの飲食店の募集です」
「ああ、何でも大丈夫っす」
これでも元居た世界では出向と言う形で飲食、アパレル、通信、建設現場に行っていた。
しかもなんか出向中業務委託って形になってたのマジであれ大丈夫なのかな。
親切なお兄さんにお礼を言って、俺は全く人気がないんだろうなって感じの求人票を片手に魔帝国の端へ向かった。
面接は現地で。もしダメならもう一度来てくれと優しい言葉が胸に沁みる。
さて、目下の問題は三つ。住む場所、仕事、そして俺のスキル、なにこれ。ガチャって。
確かにあの紙にガチャを引くスキルって書いたけども。説明くらい書いてくれよ。裏紙に書いた奴とかよく自分でスキル分かったな。
「疲れた、水……やべ、あ、ここ? 遠いな」
四時間歩いてようやく到着した。
森を切り拓いて作った道に沿うように建てられた、こじんまりとしたログハウス調の建物。看板には『たびうさぎ』と言うたぶん店名が書かれていた。
途中、道端でモンスターを見た時はマジで死んだと思ったけど、ギルドがあった場所は町中だったらしく、すぐに強そうな人たちが討伐していた。
ああいう危険な仕事は金払いもいいんだろうなあ。
お店に入ると、ガラガラだった。木製テーブルとカウンター席。後ろの方にはボックス席。割と広いが、そこそこ年季が入ってるな。ギルドみたいな雰囲気すらある。
「らっしゃいませ~……あれ、それ、ウチの求人? ってことは、募集かな。はじめまして~、座って~、これお水ね~」
現れたのは赤い髪の女性。みつあみに結ったおさげに銀のインナーカラー。右耳にピアス三つ吐いててやや怖い。
着ているノースリーブニット服の上にはエプロンで、足は黒タイツに包まれていた。
あれよあれよと奥へ通され、テーブル席に座らされた。出された水は礼儀的には飲まないべきだが、俺はもうのどがカラカラだった。2秒悩んですぐに飲み干す。
「良い飲みっぷりだね。ほいこれ」
出された樽ジョッキを飲んで、中身を吐きそうになってしっかり飲み込んだ。
「さっけ、酒!」
「ビールだよ。あれ、ビール嫌いだった?」
「いや、嫌いとかじゃないっすけど、俺、面接に来てるんすよ? 普通は飲まないっす」
「そうなの? あーし、そう言う面接ってのしたことないからわかんなくって。ごめんね?」
同い年くらいだろうか、彼女は気にせず樽ジョッキをあおった。昼からの一杯。やってんな。だからお客さんも来ないんだろうなあ。
「んで、一応、店長待遇で迎えたいんよね」
「……は? 俺、未経験っすよ」
「いいじゃん。自分色に店を作れるし。ド赤字で給料出ないから、最初は自分の給料稼ぐことから始めてね」
「いやいやいや、え、今までそれで人集まったんすか?」
「集まんないよ。こんな求人で集まる人いないし。せっかく来た子は逃がさないよん」
「こーわ。全然いやっすけど」
「良いけど、ビールと水代分は働いてもらうよ?」
あ、クッソきたねえ。この汚さがないと経営なんてやってけないんだろうけど、そもそもこの人に商才的なものは絶対ない。
ああしかもさあ、俺この世界で仕事ないし……背に腹は代えられないか……今日、止まる宿だってないんだから。
「分かりました、お願いします」
「ありがと! あーしは、ミュイ・カローシス。ミュイで良いよ」
「俺は……そうっすね、アストって言います」
「アストね。っしゃ、んじゃ、あーしはちょっとお仕事行くから、お店頼んだよ」
「いやいや頼まれたって掃除や店番が精々でしょ。フードも覚えらんないし」
「お客さん来ないから大丈夫」
「だとしたら俺の給料出ないんすよ。ていうか、どこ行くんすか?」
「うーん……君さぁ、戦闘系のスキルって持ってる?」
「ガチャガチャならあるっすけど」
「まあ、いっか。後について来られても面倒だし、じゃ、おいで。あーしの仕事、見せたげるから」
面接は合格。いよいよお仕事開始って流れだったのに、俺が連れていかれたのは、辺境も良いところ、人気のない場所だった。
木々に隠された閉じた平地。怪しげな灰色の建物。表にはふたり程見張りがいる。建物に見張りがいる目的は、中を守りたい時か、中を隠したい時かの二択。
「あそこさ、魔帝国内で武器密造している奴らのアジトってか、ラボなのよ」
「はいはい。きな臭いっすね」
「あれが反魔王軍の火種になる前に潰しておくのがあーしの仕事」
「裏稼業ってやつっすか?」
「正当な表だよ。私の上は、魔王軍」
「軍人さんなんすか?」
「いいや、もっと上、四天王、さ」
「四天王って……なんすか?」
「片付けてくるから、帰ったらね」
隠れておけと言われて木々の間に身を隠していると、中で爆発音が聞こえた。
あの人、隠密とかするつもりは一切ないみたいだな。派手に壊してる。
まったく、色んな事があって頭使いすぎた。寝ても構わないかな。ちょっと酔ってるし。
ところどころ悲鳴が響いていて、俺は女神フロティアに言われた自分の夢を想像した。
社畜って言う程のもんだったかは知らない。だけど、貧乏が嫌で、速く働きたかった。
ガチャを引く人生ってのは、楽しかったのかどうかなんてわからねえ。
俺に夢なんて、あんのかな……ああ、青春、か。学生の頃からバイトしてたから、そういや、友達と放課後とか、無かったよな。
物思いに更けていると、ミュイさんが入って行った建物の半分が消し飛んだ。
鋭く細い音と一緒に爆発した建物から、退きつつあるミュイさんと、それを追う……化け物。サソリの胴体に三つの人の顔。足は獣のような体毛に覆われていて、随分とそうだな、趣味が悪い生き物だ。
ミュイさんはこんなもんと戦わなくちゃいけないのか……大変だな。
俺は彼女の戦いぶりを観察した。基本的には居合いで戦い、だな。昔、取引先の会長の演武披露を接待した時に見たことある。まあ、その時と比べると……余程鬼気迫っている。
ただ、サソリの降格が固いせいで弾かれているし、あの人ずっと、執拗に腕を狙っている。武装を壊すことが目的、なのかな。
命を懸けた戦いってのは、こんなにも……輝いて見えるのか。俺は生きていた頃、もう、死んでたんだな。
「あ?」
俺はミュイさんの戦いぶりを見て、気になることがあった。この人さ……。
気づけば俺は飛び出していた。ここにいろって言葉を忘れて、自分に正直に、動いた。
思えばおかしなことをしている。俺は、何も出来ない。何の力もない、それが、ムカついた。
「あんた、なんで本気でやってねえんだよ」
「え? ちょ、来ちゃダメだって!」
「どうでもいいよ、そんなこと」
「キシャアアアアアアアア!」
奇妙な叫びを上げて、サソリの化け物が俺の頭上に降りかかる。ああこれ、死ぬな。
死ぬけど、死ぬ前に、今度こそ、引かせてくれよ――
懐にいつの間にか入っていたチケットを取り出し、何もない場所を、回す。
手に触れた確かな感覚、ああデジタルにないの感覚、子どもの頃から、小遣い叩いて買った、あの感覚。
さあ、お楽しみの、時間だ。
ガチャガチャ――ポン