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過去と時給はプライスレス

「ありがとうございます。お陰で店に速く着けた」


 四天王の関係者か、よく分からないが、夜には店に着いていた。ミュイさんの過去の話を聞いていたら、時間はあっという間だった。

 話終わった後、ミュイさんは黙り、アメナは何も話さないが、別に逃げもしなかった。

 どちらも良き場のない思いを持っているんだろうな。


「飯作ってやるから、席座ってな」

「……飯?」

「ああ。ミュイさんも、今日は座ってて」

「……うん」


 つっても、俺の出来る料理なんてたかが知れてる。そう、今、俺の店は深刻なメニュー不足に陥っていた。元々、多すぎるメニューを減らして少数かつ質を上げて精鋭のメニューに絞ったが、それ故に単価が上げにくい薄利多売なメニューだけになった。

 だがらこうして、まかないを作りつつ、新作を試しているのだ。

 サンドドラゴンの肉を紐で絞ってたれで煮込んだ、ドラゴンチャーシュー。フィートバードの卵を使ったチャーハン。

 とき卵を鉄鍋に流して、丁度いいタイミングでご飯、他の具材を投入していく。時間がない時はこれが一番は簡単で早い。

 鍋を振って具材をしっかり混ぜつつ、パラパラになるまで炒める。

 最後は皿によそって、完成です。


「アスト特性チャーハン。いっちょ上がり。はい、お食べ」


 ふたりの前に置くと、湯気が立ったチャーハンを、ほとんど同時に口に運んだ。

 美味しいかどうかは、二口目のスピードで分かる。ふたりとも、パクパク食べていた。

 こんな風に気取りなく食べてくれるのは、嬉しい話だ。

 俺は食器を洗いながら、ミュイさんに声をかけた。


「ミュイさん。あんたは間違っちゃいない。誰も、あんたを恨んじゃいない」


 一瞬だけ、動きを止めたミュイさんは、震えた声で「うん」って言いながら、食べ続けた。


「ごめん、もう、泣かない、から。ごめん、もっと、強くなる、から」


 別に、泣かなきゃ強いなんて決まりはこの世に存在しない。だけど、それでミュイさんが乗り越えるんなら、俺はそれでも構わない。

 完食した二人の食器を下げ、また食器洗いに入ろうとしたが……アメナが横に立っていた。


「なんだ? お代わりか?」

「私が、やる」

「……皿洗い?」

「私にだって、恩義を感じる、気持ちはある」

「……そか。頼んだ。やり方分かるか?」

「何となく」


 お言葉に甘えて任せつつ、ビールを注いでミュイさんの前に差し出した。


「あんがと……ぷはっ、あー、マジ、命の元だわ」

「ミュイさん、そんな過去がありながら、なんで、町を焼いた四天王の下に就いているんですか? 復讐、っすか」

「それはない。百ない。そんな物を、アトラは絶対望まないし、あーしの趣味でもない」


 良かった。ミュイさんの顔は、嘘を吐いていない。嘘を吐くのが死ぬほど苦手で不器用な人間だ。復讐なんて言われたらどうしようかと思った。


「……あーしが四天王になったのは、ファルシオン敗走戦の席にんすぉ全て押し付けられたから」

「なんすか、それ」

「レヴァン伯爵の死、作戦の失敗、退避した部隊への奇襲。全て、あーしがスキルを使って正常な判断が出来なかったからってことになった。だから、あーしはもう、本気でスキルを使えない。コントロールが、出来ないの。あーしは帝国に捕まって処刑されかけたけど、現れたのが、シュナクさんだった」


 あの大鎧が牢獄に現れたら、百パー、処刑人が来たと思うだろうな。

 圧倒的なプレッシャーと、底知れない力。戦いのことをよく知らない俺としても、あんなものと戦いたいとは思えない。


「シュナクさんは、あーしに言った。ここで死ぬか、四天王に就き、働くか。あーしは、アトラのためにも生きたかった。生きて償いたかった。弱い頃のあーしを、そこで殺して、四天王に就くことに決めたの」

「戦えるんすか? その話を聞くと、あのフード男は……アトラさんを……」


 パリン、と何かが割れる音が聞こえた。見ると、食器を洗っていたアメナが皿を落として割っているようだった。

 俺はすぐに駆け寄って、割れた皿を片付けようとする馬鹿をどかせた。


「ミュイさん、箒と塵取り。お前なぁ、素手で絶対触るな。あぶねえだろ」

「あぶねえ?」

「指切るっつってんの。痛いっつってんの。怪我は……ああ、無さそうだな。動くなよ」

「これくらいじゃ、死なない」

「ああ?」

「私は、人がどうすれば死ぬか、ユーヴェンに、教わった。これじゃ、死なない」


 何の冗談でもない上に、本人に自覚が一切ないようだった。自分が、何を言ったのか。

 俺は、黙って箒と塵取りを持ってきたミュイさんから一式貰うと、掃除を始めた。


「アメナ。お前、いつ、ユーヴェンに出会ったんだ?」

「五年前。私は、戦争孤児だった。スキルを持ってなかった、から、山賊に育てられた」

「ファルシオン敗走戦で魔王様も結果的に死んだ。四天王の働きがなければそのまま帝都を攻められていた。傭兵や騎士たちは山賊に転じた。今は四天王のお陰で減ったけど、昔は散々だったのよ」

「さもありなんって話っすね」

「私は、殺し方を知っていたつもりだった。でも、どこを刺せば人は死ぬのか、何をすれば、自ら死を望むのか、ユーヴェンは、教えてくれた。この程度、痛くない。アスト、あんた四天王なら、私はあんたの命令に従う。殺せと言えば、誰でも殺す」


 真剣な瞳。嘘なんかまったくない顔には何かを言う気が完全に失せた。

 戦争で何もかも失って、山賊に殺し方を教わって、あまつさえ、最後に出会った奴に殺し方を研ぎ澄まされた。鈍らをひとの命を刈り取る刃に変えられた、ってのか。

 下らねえ。自分が酷い目に遭ったから、他人をどうでもいいって考えは、気に食わねえ。


「時給950Gで、寮、賄いつき。お前は取り敢えずキッチン。それでいいなら雇用する」

「……雇用?」

「金を渡すから働いてくれって話だ」

「お金、を? 私、は……」

「殺さなくていい馬鹿が。言っとくが、普通にブラックバイトだぞこの飲食店は。客足がすげえし、戦いに行く必要も出てくる。遠方に働きに行く必要だって出てくる。俺たちは過労死の手前で戦ってる」

「……私は、そうしないと死ぬ。あんたに負けた時点で、あんたに従う」


 正直、従業員の子方方法としては間違いなく間違っている気がするんだが、いいや。

 ウチの店は俺含めて変な奴らが集まって来る。だが、これも女神の采配なのかもしれない。

 俺の将来の夢ってやつを叶えるためには、こういう店が、丁度いい。

 とりあえず、ミュイさんに開いた部屋を案内してもらう間に、俺はバーを開いた。

 以外と、働きながら事務作業とメニュー開発を進めるのは効率がいい。どうせ店は開かないといけないし。

 一個、やはり看板メニューは必要か。あと、単価だな。今んところ薄利多売で店の回転率を上げることを命懸けでやってるわけだが……単価を上げたいな。


「いらっしゃ……ああ、みんなこんな時間にどした」


 現れたのは、初めてのお客様である冒険者パーティーだ。この人たちのお陰でこの店が成り立っていると言っても過言じゃない。


「店長こそ、何か……怪我ってか、疲れてる?」

「飲食店の店長だからな。それより――」

「あーれー、みんなじゃん、どしたん?」

「ミュイさんやっほー、あれ、新しい人雇ったんですか?」

「そうそう。店長の采配でね」


 奥から戻ってきたミュイさんとアメナも軽く話しをする。アメナは無視を決め込んでいたが、この冒険者パーティー三人は特に気にした様子もないようだ。

 各地で戦争が続いている中、戦争に参加せずにギルドの依頼だけで生き延びているんだ、胆力が違う。何も気にしてない。


「ああそうだ、忘れるところだった。表にグレスティアドラゴン持ってきてるんすけど、どうします? 時間かかっちゃってこんな時間に」


 オー。

 俺は外の扉から顔だけ出してすぐに戻った。でっか。これえっぐいなおい。


「ヤバそうならこれまんまギルドにもってこうかなって」

「いや、市場価格で買おうと思ったらやべえから引き取るよ。ほら、これ」


 俺は大量のGが入った袋を渡すと、冒険者の少年はにっこり喜んだ。


「小遣いもあるからうまいもん食ってけ」

「えー、うれしー! さすがは店長!」


 少女も喜んでくれて何よりだが、表のあれどうっすっかな。朝までに仕上げないとお客さんが驚くよな。


「ああそうだ、お前らって、結構国中回ってるよな」

「もちろん。そこは自信があるかなあ」

「それじゃあ、一番金払った食べ物なんだ?」

「あー……スイーツかな。甘いもん食べたいってうるさくて、こいつ」

「はあびっくり? 別にあたしだけじゃないでしょ!」


 痴話げんかを挟んできたのでとりあえず追い出して、顎に手を当て考える。

 マジでこれどうしようかなあ。


「アスト君さ、これ、なに? めちゃめちゃお金払ってたけど」

「ああ。あいつらに頼んで、市場でもギルドでもなく、俺と直接契約でモンスターを狩ってもらってるんすよね。ほんで、俺が買い取る。あいつらもギルドに中抜きされないし、俺も市場価格より圧倒的に安い値段で買えるからウィンウィンなんすよ」

「へえ……じゃあ、あーしが最初に契約してた仕入れ先は?」

「全部切ったっすよんなもん。一番の赤字は人件費、次は材料費っす。俺はガチャがひけりゃそれでいいんで」

「でも――」


 カランカラン……パタン。


「でっかくね?」


 一度扉を開けて閉めながら、ミュイさんは現実逃避に首を振った。

 そりゃそう。ああ、やっば、考えてこなかったなこれまで。意外と俺は頭がよくないらしい。


「グレスティアドラゴンってクソデカいんすよね。肉の質は良くないんすけど、細切れにしたら肉感がよく出るから安価で肉料理作るには最高なんすよね。現に、ウチは高級料理店と言うよりはファストフードだし」

「つっても切れなくね? あーしも一応知識はあるけど捌き切れるかな」


 俺たちが話し合っていると、斧を片手に、アメナが出て行った。

 扉の閉まる音でハッとした俺たちが後を追うと、無心で、ドラゴンを捌くアメナの姿があった。


「アメナさん? 何してんの」

「解体、教わった。手が器用だったから、雑用ばかり、してた。得意、だから」

「……従業員一人で残業させられるかよ。残業代は出してやる。俺は役職だからサビ残だ」


 包丁取り出して、俺も捌く。捌き方なんて最初こそ分かんなかった。最近ようやく覚えたけど、それもこれも、肉を卸してくれる冒険者たちに教えてもらったお陰だな。

 さらに、服の腹の部分を絞ったミュイさんは、自前のカタナを持ち出して横に立った。


「斬る技術は任せて。新鮮な状態で捌いたげるから」

「ミュイさんも残業代は出ないっすよ」

「いらないよ。あーしは四天王のお仕事でちゃんともらってるから」


 と言う彼女の顔にはしっかりと笑顔があった。過去の話をし始めた時の悲痛な顔は、今はどこにもなかった。

 にしても、ユーヴェン。神に仕える好青年が、たった五年で、何故あんな風になっちまったんだ? 人を道具として扱って、簡単に殺して、あまつさえ、変な実験まで初めて。


「此度の仕事、出来は上々で合った。ミュイ・カローシス。アスト」


 ふと、店の扉前に立っていたシュナクさんが声をかけて来た。あの人あそこが定位置なのか? もうちょっと近づいて来いよ。


「あの、さすがに仕事はもう受けれねえっすよ。こっちの仕事だってあるんすから」

「そうですよ、シュナク先輩。あーしもアストも限界気味です」

「私はメッセンジャーに過ぎない。今回はよくやったと、他の四天王が褒めていたことを伝えに来ただけだ。用件は済んだ――」


 俺は傍に置いていた包丁を、シュナクさんにぶん投げる。

 回転をかけた包丁を、軽々と、大鎧は俊敏に掴んで見せた。しかも、指と指で刃先をしっかりと挟んで。


「なんのつもりだ、アスト」

「暇なら手伝ってくださいっす。これ、デカいんで」

「そうだそうだ、シュナク先輩、頼みますよ、今日は活躍したでしょ?」

「……少しだけだぞ」


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