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ファルシオンの落日

「よッ。今日はしんどかったけど、生きて帰れたね。ラッキーじゃん」

「……私は、アトラ程強くなれないよ」

「まあお互いボロボロだしね。教会行こうぜ。治療してもらおう」


 戦場では常にポーションが枯渇していた。基本的に立って帰れる者はポーションを支給されない。そこで、ある程度怪我をした者は、教会に集結している治療系スキルを持つ人たちに治療を施されるのが慣例だった。

 重い足取りで教会へ赴くと、さすがに今日だけは、祈る人の数の桁が違った。


「ああ、アトラさん、ミュイさん。すみません、今日は人が多くて、僕でよければ、表で」


 白銀の髪を持つ、人懐っこい笑みを浮かべた少年が、奥から現れた。神に仕えし者。神父の手伝いとして従事する少年、ユーヴェンだった。

 ユーヴェンには治癒系のスキルがあり、ミュイやアトラは何度も彼に傷をいやしてもらっていた。

 ただの治癒系にしては条件も分からない上に汎用性が高く、ミュイとしてはもっと違う何か、奇跡のようなものがあるんじゃないかと思っていた。それこそ、神を信仰する人間にのみ与えられた、祝福のような。


「すみません、おふたりは大変な功労者なのに、こんな場所で」

「何言ってんの。神のお傍っしょ。それに毎度ありがとね。マジ助かる」


 にっこり笑うアトラに、ユーヴェンは顔を赤らめた。色々と疎いミュイでもわかる程度には、ユーヴェンはアトラに好意を抱いているようだった。

 ユーヴェンのスキルは治癒。小さな傷ならすぐに治せるが、ユーヴェンも疲労するため多くの人間は救えない。ユーヴェンはそのことを気にしていたが、アトラはその度に言っていた。

 あんたが助けたウチらがそれ以上に多くを救う。そしたらさ、あんためっちゃ人救ってね? やったじゃんって。

 そりゃ、好きになっても仕方がないと、ミュイも納得した。ミュイが男なら、アトラと結婚したいとさえ思う程、アトラはイイ女だった。


「ミュイさん。アトラさんを守ってくださってありがとうございます」

「いやいや、私も守られてるから。あなたも、町を守ってくれてるしさ。ウィンウィンだよ」

「……今日は、多くが死にました。僕らはその死に一切かかわることが出来ません。無力さを痛感しています。ですが……僕は神に人を癒すこの力を授かりました。僕は可能な限り、

人を救いたい」

「あんまきばんなって。ウチらは戦うことしかできないけど、ユーヴェンはその気になれば戦えるし、癒せるし、祈れる。恵まれてるよ」

「そうそう。私も……アトラみたいに強くなりたい」

「強いって。ああそうだ、じゃあ一人称変えよ」

「え、ウチ? やだなあ」

「うーん、あーしとか」

「もっと嫌」


 などと軽口を言い合い、ファルシオンでいの一日が過ぎていった。

 アトラと一緒にいれば、どれだけ酷い状況でも、引っ張ってもらえる。笑っていられると、ミュイもユーヴェンも信じていた。

 信じて、いた。


「もう一度、作戦内容をお教えいただけますか、レヴァン卿」


 多くの配下、多くの冒険者を前に、レヴァンは背中を向けたまま、一つの命令を下した。

 誰もが耳を疑って、誰もが言い返したい気持ちを抑えた中、ミュイだけが、いいや、ミュイとアトラだけが、前に出ていた。


「控えよ、ミュイ・カローシス。アトラ・キュローン」

「それ、マジ一番笑えるんすけど。なんの冗談っすか?」

「もう一度、あなたご自身の言葉で聞かせてください。なんと、仰いましたか」


 二人以外の騎士、冒険者たちを一足先に目的地へ向かうよう指示を出し、レヴァンは向き直った。

 その瞳、その顔は、まさに鉄仮面と言うに相応しい表情だった。


「我々は全軍をもって撤退し、戦線を一気にファルシオン中まで下げる。その後、魔王軍のある幹部が町を焼き払う」

「馬鹿を言ってんじゃねえっすよ」


 珍しく、アトラがイラついた表情をしていた。逆に無を表情に張り付けたレヴァンは、さらに口を開いた。


「ここでの勝敗いかんで、帝国の衰退が決まる。昨今、勇者側に、魔王軍と対比して着けられた勇者ではない者たちが出現している噂は知っているか?」

「初耳です」

「勇者軍が勇者と呼ばれているのは、我らが指揮官、魔王公への当てつけだ。しかし、本当の意味での勇者が生まれ始め、各戦場では次々戦果を上げ始めている。今ここで、この戦線に勝利し、我々は別の戦場へ向かう必要がある」

「だからって、町一個燃やす必要がどこにあるんすか」

「最大の、欺瞞作戦だ。町一つ使うからこそ、連中も大きく進軍する。そこを一瞬で消し飛ばす力を使うのは理に適っているだろう」

「理とかの問題じゃねえっす。単純に、命の問題っすよ」

「ああそうだ。ファルシオン住民8万人を犠牲とし、勇者軍20万を叩く。以上だ。貴公らも作戦行動に移れ」

「……ウチらは、遊撃兵。だったら、最後の最後まで、自由にさせてもらう」

「何をするつもりだ」

「住民を一人でも多く逃がす。その方が、欺瞞作戦的にも成功するっしょ」


 町へ駆け出すアトラの背中を見て、何故かミュイは、これが今生の別れになると、直感した。背中を追おうとしたミュイの背後で、尋常じゃない殺気が、吹き荒れた。

 ほとんど反応だった。ここまでの修行が、戦場での経験が、反射で、ミュイにカタナを抜かせていた。


「さすがは、勇者殺し」

「何をするのですか、レヴァン伯爵!」


 レヴァンは自信の長身を生かした重々しい槍の一撃を加えた。

 カタナで受けるが、重すぎて膝を屈してしまう。レヴァンの殺意は、勝手な行動をとった罰則ではなく、単純に、殺そうとした一撃の中から溢れているようだった。


「ファルシオンの町は燃えてもらわねばならない。住民も、全て」

「そうまでして、帝国のため――」

「家族のためだ!」


 感情を出さないレヴァンが感情をむき出しにして、槍で襲い掛かる。

 彼のスキル、竜炎槍――

 竜の形をした炎が槍から放たれ、地面と刀を貫通して、ミュイの腹に噛みつく。


「つ――」


 思わず距離を取った。ギリギリ、致命傷は避けられたものの、軽傷ではない。


「家族のため? これが、この、虐殺がですか」

「私は、この戦いの後、家族と共に王国へ亡命する。ファルシオンが燃えると同時に、王国の別動隊が撤退した部隊を襲いこれを撃滅。戦のために町を破壊した魔王軍の悪辣さを世界へ触れ回ることで、各国を蜂起させるのだ」

「何を……気でも触れたか、伯爵! どれ程の人間が死んで、どれだけの人間が戦に巻き込まれると思ってるのですか!」

「既に多くが死んでいる! これ以上死ぬ未来より、今ここで死ぬ数を確定させ、終わらせた方が余程良い。この作戦を見ろ、燃やされる町がファルシオンではなく、友が、家族が……娘が住む町と思えば、貴公は黙って燃やせるのか」

「燃やせないから、アトラは行ったのです! レヴァン伯爵、あなたの力があれば、どうにでもできます、どうかおやめください。私とアトラがいれば、この戦線も、勝って見せます、お約束しますから!」


 互いに言いたいことをぶつけ合い、叫びたいことを叫び合った後に訪れた、静寂。

 あまりにも悲しいことに、ミュイはあまりにも正しく、理解していた。

 静寂の後に訪れるのは和解ではなく、どうしようもない決別であると。


「残念だよ、戦争など、あまりに愚かなものを作り出した人類を、私は軽蔑する」

「本当に、残念です。私は父を知りませんが、あなたが父ならと、思っていました」

「……娘が貴公らふたりのように育ってほしいと、切に願う」


 互いに構える。

 ミュイとしては、目の前の決別を倒し、アトラに状況を説明しつつ、出来るだけ多くを逃がしてかつ王国軍の別動隊を叩く必要があった。

 だったら、最初から万に一つでも、手加減なんて許されるはずがなかった。

 取り出したのは、度数の高い麦から作られた蒸留酒。ボトルの上部分を刀で斬り割き、あおるように、飲んだ。今まで飲んだ酒の中で、一番酷い味だった。

 飲み終わると、瓶を投げ捨てる。体が熱い。上気してで火照り、大きな力と引き換えに、視界が完全にぼやけた。

 これで、いい。

 技術は捨てた、今はただ、一刀に全てを賭ける。まだ、一撃必殺は使わない。

 チャンスがあるのなら、掴む。掴むだけの力が自分にはあると信じていた。

 両者、飛び出す速度はほぼ同一だった。

 居合を可能にさせる程の集中が死に、技術が封じられたミュイの戦いは圧倒的な速度とパワーに裏付けされた素直な戦闘。

 素直さだけでいえば、レヴァンも同一だった。巨大な槍を振るって竜の炎を抱き出す。

 結果は、相打ち――

 レヴァンの竜がミュイの肩を深く抉り、ミュイの一刀はレヴァンの腹を横に斬る。

 よりダメージが大きかったのは、ミュイだ。


「つ……いったい、なあ」

「貴公は必ず、必殺を使わないと思った。ならば、その程度の一撃など……取るに足らない!」


 下から切り上げて、ミュイの胸を引き裂いた。

 痛烈にして痛恨の傷を受ける。両者の趨勢を分けたのは、覚悟の違いだった。


「がっは……」

「貴公には、覚悟がない。他者を排し、自らを通す覚悟が。私は、家族のために、どのような悪に染まろうと、構わない」


 中途半端な心意気で、帝国貴族にして魔王軍の配下、レヴァンと言う男と対峙していたことをようやくミュイは悟った。

 あまつさえ、力を抜いて対峙したことを、強く後悔した。自分に嫌気がさした。

 本気と語った口を、心の底から、引き裂いてやりたくなった。


「……酒は、百薬の長とはよく言うもんで」


 取り出したのは、小さな瓶。アンプルのようになっていて、上の方が少し尖っている。

 ミュイは瓶を握ると、親指だけでアンプルの上を叩き割った。

 琥珀色に輝く液体を飲み込む。喉、食堂、胃。全てを焼きながら突き進む酒の度数は、90を優に超える。

 しかも中にはポーションが混ぜられており、ポーションの治癒能力がアルコールと驚異的な反応を見せ、活性酒となる。どんな酒豪だろうと鬼だろうと殺す、酒。

 飲んだ端から、二回に一度は意識が吹き飛ぶ。普段酒に塗れて訓練しても尚、勝てない。

 だが、今は勝てた。痛みも誤魔化せた。視界は歪み、判断は出来ない。


「はあ……殺す」

「ああ、来い」


 互いに飛び出す。そこから先の記憶は、もうミュイになかった。

 気づいた頃には……ミュイの一刀がレヴァンの腹に突き刺さっていた。


「……カレン、ネーナは、頼んだ……ぞ……」


 傷口から広がる、紙の繊維にインクが広がるように、黒い模様。まるで呪い。広がると同時に命を奪う、ミュイの必殺の技。

 大柄な体が膝から崩れ落ち、地面に倒れる。勝った。勝ちはしだ。

 だが、これだけでは足りない。

 すぐに、アトラの元へ行かなければいかなかった。思った以上の時間がかかった。

 魔王軍の幹部のスキルはどれも協力。町ごと勇者軍を破壊する事は造作もない。

 しかも、今回の欺瞞作戦は勇者軍に利用されている。つまり、魔王軍は町をひとつ失う上に、この辺り一帯を守護する軍をレヴァンの策謀によって失うことになる。

 行かなければいけない。意思に反して、足はもつれてミュイは地面に体を打ち付けた。

 這う度に血が滲んで、地面にあとが出来る。出血もそうだが、何より活性酒が脳に大きなダメージを与えている。必殺と引き換えに、もうミュイは動けないし考えられない。


「アトラ……待ってて、すぐ、行く、から」


 町を見上げた瞬間……街は……大きな光に包まれた。

 光を見上げるしかなかったミュイの元に爆風と熱が押し寄せてくる。絶望の風が、ミュイの意識を刈り取った。

 次に目を覚ました時、ミュイの目に移ったのは……巨大な、クレーターだった。


「アトラーーーーーーーーーーーーーーー!」


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