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第7話

「ああ、そろそろ効果が切れそうだな」

 

 ダンジョンの中に取り残された冒険者は、一人でドラゴンの攻撃を防ぎ続けていた。

 緊急防御用に使われる道具『インスタントシールド』。

 自身の周囲三百六十度に見えない壁を作る道具である。

 その強度は非常に高く、ドラゴンの攻撃でも壊れない優れものだ。

 一方の代償として、見えない壁に囲まれた冒険者は当然移動ができず、その場から逃げることができなくなる。

 つまり、その場しのぎの時間稼ぎ道具なのである。

 

 冒険者は仲間を逃がすために、出口に繋がる唯一の通路前でインスタントシールドを使用した。

 ドラゴンは仲間を追うことこそできなくなったが、代わりに目の前に居残った冒険者を執拗に攻め続けている。

 

 冒険者は、ダンジョンの出口へ視線を送る。

 助けが来る気配は、一向にない。

 ただただ、ドラゴンの爪と見えない壁が接触する音が響くのみ。

 

 逃がした仲間がダンジョンの途中で魔物にやられたのか、脱出に成功したが助けを呼ばず身の保身に走ったか、脱出に成功して助けを呼んだが間に合っていないのか。

 現状の理由を想像するも、死の間際に考えることとして適切ではないと考え、冒険者は思考を止めた。

 ドラゴンを見て、冒険者としての最後が最強と呼ばれる魔物に殺されるなら本望だろうと、現状を好意的に捉えてさえいた。

 

「ああ、満足だ」

 

 明確に、恐怖からの逃避であり、冒険者としてのプライドである。

 

「でも、最後に親父とお袋に、お別れの言葉くらい言いたかったな。……後、おネコ様に、指一本でいいから、触れたかった……な……」

 

 インスタントシールドの効果が消える。

 ドラゴンの一撃で、見えない壁が砕けて割れた。

 じゃりんじゃりんと破片が散らばる。

 ドラゴンは大きく口を開けて、口の中に火の玉を作り始めた。

 とどめは、炎で焼き殺すことに決めたのだ。

 

 真っ黒な洞窟が煌々とした赤に包まれ、ドラゴンの炎が放たれた。

 

 

 

「にゃああああああああ!!」

 

 

 

 瞬間、ドラゴンの顎をミケの猫パンチが打ち抜いた。

 ドラゴンの口は無理やり閉じられ、ドラゴンの炎はドラゴンの口内で大爆発を起こした。

 

「ギイイイイ!?」

 

 ドラゴンの舌が焼けこげ、ドラゴンの歯がひび割れて、ドラゴンは痛みで転がりのたうち回った。

 

「え?」

 

 想像しない叫び声に冒険者は顔を上げ、神々しいその姿を捉えた。

 

「お、おネコ様?」

 

「にぃやぁ(吾輩のせいで。すまなかった)」

 

 ドラゴンの口から漏れ出る炎は、先程よりも静かにダンジョンの中を照らし、ゆらめく灯りがミケの姿を幻想的に映し出していた。

 

「おネコ様あああああああ!!」

 

「にいやあああ!!(後は、任せるのじゃ!!)」

 

 ミケは冒険者を守るようにドラゴンの前に立ち、毛を逆立てて「フシャーッ」とドラゴンを威嚇した。

 だが、ミケの体高が三十センチメートル程度に対して、ドラゴンは人間が見上げてしまうほどに大きい。

 ミケの威嚇に怯えることもなく、ドラゴンは目を血走らせてミケを見下ろした。

 

「がああああああ!!」

 

 ドラゴンは、大きく腕を振って、鋭利な爪でミケを切り裂きにかかる。

 

「にゃっ!」

 

 ミケはドラゴンの爪を跳んで回避し、そのままドラゴンの上に着地をしてみせた。

 そして、爪から手の甲へ、手の甲から腕へ、ドラゴンの体を駆けあがり、跳躍してドラゴンの眼前へと達した。

 

「ぎいっ!?」

 

「にゃっ!」

 

 ミケは研ぎに研いだ鋭利な爪で、ドラゴンの右目をひっかいた。

 

「ぎいいあああああ!?」

 

 ドラゴンは右目を閉じて、痛みで首を大きく振り回した。

 ミケはドラゴンの頭を蹴って距離を取り、ドラゴンの近くへと着地した。

 猫は、優れた三半規管を持っている。

 ドラゴンの頭上という高いところから落ちても、空中で態勢を整えて無傷で着地するなど、朝飯前だ。

 

「ふうー! ふうー!」

 

 ドラゴンは大きな鼻息を鳴らし、残った左目でミケを睨みつける。

 ミケが再び近づいてこないように、そして体に上ってこないように、両手両足に力を入れていつでも動かせるように警戒している。

 一方のミケも、ドラゴンの硬い皮膚には容易に爪を立てることができないと知っており、じりじりと硬直状態を見守った。

 

「うにゃあ(さて、どうしようかのう)」

 

 ミケとドラゴンが睨み合っている中、ドラゴンは再び口を開いた。

 火傷でただれた口の中に、再び炎を作り出していく。

 

「にゃ……にゃにゃ?(チャンス……いや、これは?)」

 

 先程の、倍以上の速度で炎を作り出していく。

 ミケが駆け出したときには既に火球が完成し、突っ込んでくるミケに向かって放たれた。

 

「おネコ様あああああ!!」

 

 ミケに近づく火球を見て、冒険者は叫んだ。

 

 が、ミケは近づいてくる熱気を前に、笑った。

 

(こんなもの、ストーブに比べれば熱くもないわ!)

 

 ミケが思い出すのは、元の世界の冬。

 温かい空気に誘われて、尻尾を振りながらご機嫌にストーブへ近づいた結果、尻尾が高熱を帯びた箇所に触れて大やけどをした日のこと。

 ミケの住んでいた家が古く、安全性の配慮が足りないストーブを使用していたことによって起きた、不幸な事故である。

 

「うっにゃあああああああ!!(くらうがいいのじゃああああああ!!)」

 

 ミケは走りながら尻尾をぶんぶんと振り回し、全身を回転させて体の前後を入れ替えながら、回転の勢いがついた尻尾を思いっきり火球にぶつけた。

 さながら、野球のバットとボール。

 ミケの尻尾に打たれた火球は、進行方向を百八十度変え、ドラゴンの顔面に叩きつけられた。

 

「ギイアアアアアアアアアアアア!?」

 

 ドラゴンは顔で燃え盛る炎に悶え苦しみながら、炎を沈下させようと首を左右に振り、顔面を地面へ擦り付けた。

 

 つまり、ミケの攻撃範囲へと入ってしまった。

 

「うにゃ(さて)」

 

 その隙を、ミケは見逃さない。

 地面を蹴り、一気にドラゴンの頭部との距離を詰める。

 燃える炎の隙間からミケの接近に気づいたドラゴンは、苦し紛れに腕を振り下ろす。

 が、ミケは容易にそれを交わし、ドラゴンの眼前に現れ、通り過ぎる。

 

 狙いは、ドラゴンの首。

 硬い皮膚を持つドラゴンの中で、唯一柔らかい部分があるとすれば、眼球か首なのだ。

 

「ギアアアアアアアアアアア!!」

 

 ミケの狙いに気づいたドラゴンは、ただ叫ぶ。

 躱す術がないと悟ったから。

 

「うにゃにゃ(じゃあな)」

 

 ミケは全身剣を爪へと集中させ、一太刀を振るった。

 

 ドラゴンの首は斬れ、頭と胴が切り離される。

 ドラゴンの叫び声は止まり、完全な沈黙が訪れた。

 

 

 

「おネコ様ー!!」

 

 冒険者ギルドから助っ人が来たのは、それからしばらく後の事だった。

 

 

 

 王都のメインストリートに建つ、一つの冒険者ギルドには、今日も長い列ができている。

 

「よう、教えてくれないか。俺は今日初めて王都に来たんだが、いったいこの列はなんなんだ? すごい冒険者ギルドなのか?」

 

 質問された冒険者は、二かッと笑って答えた。

 

「ああ! ここには、完璧で究極の受付嬢がいんだよ!」

 

 

 

 冒険者ギルドの中は、受け付け開始前でてんやわんや。

 人間の受付たちが走り回る中、ミケは眠そうな顔をして受付カウンターまでやって来た。

 

「おネコ様! おはようございます! 今日も、よろしくお願いします」

 

「にゃあ」

 

 ミケは、そう言って受付台にぴょんと飛び乗った。

 

 冒険者ギルドの扉が開く。

 今日も、完璧で究極の受付嬢目当ての冒険者たちが、冒険者ギルドへと流れ込んだ。

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