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第5話

 ミケの仕事は、一日二回。

 早朝、冒険者が仕事を探しに来る時間の受付と、夕方から夜にかけて、冒険者が仕事の完了を報告する時間の受付だ。

 それ以外は、何をやっても構わない。

 それが、ミケと冒険者ギルドの契約だ。

 

「ん、にゃあー(そろそろ、夜の仕事かぁ)」

 

 体内時計で一日の終わりを感じたミケは、ぐっと背伸びをして布から這い出た。

 異世界と元の世界の昼夜の時間配分が近かったことは、ミケにとって幸いし、ミケは受付の仕事に寝坊をしたことが一度もなかった。

 毛づくろいをして全身を整えていると、ミケの起床に気づいた職員たちが室内へ雪崩れ込んで来た。

 

「失礼します、おネコ様! そろそろ、夜のお仕事の時間です!」

 

「にゃー」

 

 職員たちは入室するが早いか、ミケの周りを囲い、毛づくろいされたミケの体をさらに美しく磨き上げていく。

 全身が綺麗になったミケは、布の上からぴょんと飛び降り、受付に向かって歩く。

 

「お待ちください、おネコ様! 我々がお運びします!」

 

「にゃん(必要ない)」

 

 ミケが廊下を歩けば、職務に歩き回っていた職員たちは足を止めて、ミケにお辞儀をする。

 ミケは、すまし顔でその前を通る。

 

 受付についたミケは、颯爽と跳んで受付台へと着地した。

 窓からはひしめく冒険者たちの列が見えて、ミケは気合いを入れるために鼻を鳴らした。

 

「お待たせしました。ただいまより、報告の受付を開始いたします」

 

 冒険者ギルドに、一気に冒険者たちが雪崩れ込む。

 あっという間に室内が列で埋まり、冒険者たちはミケに報告ができるのを今か今かと待ち構えた。

 

 冒険者ギルドの夜の業務が始まる。

 列の先頭に立つ冒険者は、朝と同じように布をくぐり、ミケの待つ受付台へと進む。

 

 冒険者はミケのご尊顔を仰ぐと表情を緩め、深々とお辞儀をした後に報告書と、採取以来のあった資源を受付カウンターに置いた。

 

(ふむ)

 

 報告書には、仕事の内容と、採取した資源の詳細が書かれている。

 ミケは、報告書の内容を確認した後、袋の中を覗き込んでクンクンと資源の匂いを嗅いだ

 

(ひー、ふー、みー。数は、依頼通りじゃな。匂いから考えても、本物で間違いないじゃろう。うむ)

 

 冒険者の中には、時に誤った資源を採取してきたり、報告書に偽りを書いて採取数をちょろまかそうとする不届き者がいる。

 それを見抜くのも、受付の仕事だ。

 

 ミケは、冒険者が仕事を滞りなく終わらせたと判断すると、報告書に猫パンチを振り下ろす。

 報告書に、ミケの手の跡がくっきりと残る。

 ミケの手の跡は、仕事達成の証明だ。

 

「にゃあ(ご苦労じゃった)」

 

 ミケは、報告書を冒険者の方へ押し戻しながら、冒険者をねぎらった。

 

「おおお! ありがたき幸せで御座います、おネコ様!」

 

「にゃあ(うむ)」

 

 ミケから報告書を受け取った冒険者は、戻された報告書を恭しく受け取り、再びミケに一礼をした。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

 そしてそのまま、他の受付に連れられて、別の受付台へと向かう。

 ミケは、文字が書けないし、人間の言葉を話せない。

 よって、ミケの仕事は冒険者から渡された報告書を確認して承認するところまで。

 後は、人間の仕事だ。

 

「おネコ様! 俺、もっと頑張りますからね!」

 

「にゃー」

 

 一人が終われば、次の冒険者が入って来る。

 先程の冒険者と同じように資源と報告書を受付台に置く。

 ミケも先程と同じように、報告書に目を通す。

 

(ふむ。こいつには、いつもより難しい依頼を頼んでみたのじゃが、きちんとこなせておるな。努力を怠らず、日々邁進した結果なのじゃろう)

 

 ミケは、冒険者が仕事を滞りなく終わらせたと判断すると、報告書に猫パンチを振り下ろす。

 報告書に、ミケの手の跡がくっきりと残る。

 ミケの手の跡は、仕事達成の証明だ。

 

「にゃあ(ご苦労じゃった)」

 

 ミケの合図で、報告書を回収しようと冒険者が手を伸ばす。

 ミケはその手に、自分の手を置いた。

 

「……え?」

 

 

「にゃあむ(お主の冒険者としての今後に期待する)」

 

 冒険者からミケに触ることは許されていない。

 しかし、ミケから冒険者に触ることは許されている。

 ミケが手を置くことは即ち、人々にとって神が褒美を授けたもうことに等しい。

 

 冒険者はしばらく固まり、自分の手とミケの手を交互に見た後、大粒の涙を零した。

 

「お、おネコ様あああああ!! 私のようなものに、このような至宝の時間をお与えいただけるとは!!」

 

(うむうむ)

 

「某、おネコ様のために今後も研鑽を重ね、おネコ様の前にダンジョンすべての資源を積みあげてみせまするううううう!!」

 

(いや、そこまでは求めておらんかな)

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 冒険者は喜びのままに叫び、そのまま気を失った。

 

「にゃーあ?(おーい?)」

 

 ミケが何度手を叩いても、冒険者は固まったままだ。

 受付たちが急いで冒険者の元へ駆け寄り、脈を測って生きていることを確認すると、複数人で担ぎ上げて建物の奥へと運んでいった。

 

「おネコ様。触れる時は、事前に心の準備をさせてあげてください」

 

 冒険者ギルドの職員が、うんざりとした表情でミケへ言う。

 

「にゃぁ(すまん)」

 

 一日に数度、こうした悲劇は起きる。

 ミケは、またやってしまったと反省しながら、首を垂れた。

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