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第2話

「やっぱり、王都はすごいな」

 

 昨日、王都に着いたばかりの異国の冒険者は、朝日に輝く王都の姿を見て目を輝かせる。

 

 王都の入り口から貴族街の入口へ続く巨大なメインストリートでは、早朝だというのに冒険者たちが忙しそうに駆け回っている。

 

 ダンジョンは、王都から離れた位置にあることが珍しくない。

 早朝から出発をしなければ、冒険者たちはダンジョンの近くで野宿をしたり、日のどっぷり沈んだ深夜に移動することになってしまう。

 ダンジョンに潜れるほどの体力を持つ冒険者たちにとっては、野宿の一回や二回など大したことはない。

 ただし、夜の最も恐ろしいところは、冒険者から資源を横取りしようと企む夜盗の存在である。

 疲れ切ったところに寝首をかかれれば、いくら冒険者と言えどもただでは済まない。

 よって、冒険者たちはダンジョンに潜る時、早朝から出発することを基本としている。

 

 王都で冒険者たちが動くなら、金の匂いを嗅ぎつける商人たちも動く。

 武器屋や道具屋も早朝から店を開け、矢やまきびし、薬草や回復薬と言った消耗品を売り始める。

 飯屋も早朝から店を開け、手軽に立ち食いできる軽食やダンジョンの中で食べるための携帯食を売り始める。

 

「すいません、薬草十個!」

 

「まいど!」

 

「あー、いい匂いだ。耐えらんねえ! おっちゃん、ラビ肉一つ!」

 

「はいよっ!」

 

 早朝から、会話が飛び交う。

 早朝から、金が動く。

 王都は、いつも通りギラギラとした熱気にあふれていた。

 

「おっと、ぼくも買わなきゃ」

 

 異国の冒険者は、王都の熱気に気後れしながらも、他の冒険者を見習って薬草や携帯食を買い回った。

 ひとしきりの準備を終えると、冒険者ギルドへと向かう。

 

 冒険者ギルドは、ダンジョンに潜るために避けては通れない場所だ。

 資源採取の仕事の受注と引き換えに、ダンジョンへ潜るための許可証が発行される。

 その他、ダンジョンへ向かうための馬車の手配、ダンジョンで獲得した資源の買い取りなど、ダンジョンに関わる業務を一手に引き受ける。

 冒険者ギルド失くして、冒険者たちの冒険は成り立たない。

 

 それ故に冒険者ギルドの需要も高く、武器屋や飯屋と同様に乱立をしている。

 各冒険者ギルドの職員たちは、自分たちのギルドを経由して仕事を受注してもらおうと、冒険者たちに呼び込みをかける。

 

「うちのギルドで受注してってくれ! 今なら、依頼者の買い取り額から、さらに五パーセント上乗せでの買い取りを約束する!」

 

「夕食サービス! 夕食サービス! うちで仕事を受注してくれたら、夕食は飯処『究極めし』で肉と酒をサービスさせてもらうよ!」

 

「ミッションクリアで、ぱふぱふ付けちゃいまーす。一日の疲れも、一晩でスッキリですよー!」

 

 乱立するということは、冒険者ギルド間での客の取り合いもすさまじいということだ。

 冒険者ギルドは多様な呼び込みとサービスで、一人でも多くの冒険者を引き込もうと必死だ。

 こんな状況は、王都以外では見られない。

 異国の冒険者はあんぐりと口を開けながら、たくさんの冒険者ギルドに目移りさせながらメインストリートを歩く。

 異国の冒険者と同様に、王都に来たばかりの冒険者たちは、見たこともない好待遇に胸を躍らせる

 金欲食欲性欲。

 己の欲が示すままに、冒険者ギルドへと吸い込まれていく。

 

 異国の冒険者はしばらく悩み、一つの冒険者ギルドへと目を付けた。

 

「やっぱり、お金かな。王都に来たばっかりで金欠だし。……五パーセントの上乗せは、でかい」

 

 異国の冒険者は金欲を選び、五パーセント上乗せの買い取りを謳う冒険者ギルドに向かって歩き始めた。

 が、その最中、ひときわ目立つ一つの冒険者ギルドが目に留まった。

 

 その冒険者ギルドは、他の冒険者ギルドと違って勧誘をしていないどころか、未だに扉さえ開いてない。

 だというのに、冒険者たちが長い長い列を成していた。

 使い込まれた装備のベテラン冒険者から、ダンジョンに潜り始めたのは最近だろうピカピカ装備の冒険者まで。

 仕事の受注が遅れればダンジョンへ潜れる時間が減ってしまうことも厭わずに、冒険者たちは扉が開くのを今か今かと待っていた。

 

 異国の冒険者は、その光景に目を丸くした。

 いったいどんなサービスのある冒険者ギルドなのだろう、と。

 好奇心に負け、列に並ぶ冒険者へと声をかけた。

 

「すみません。私、王都に来たばかりなので教えていただきたいんですけど、このギルドってそんなにすごいんですか?」

 

 漠然とした質問だったが、この手の質問はよくあることなのだろう。

 声をかけられたベテラン冒険者は、先輩風を吹かせながらにんまりと笑ってみせた。

 

「おう! この冒険者ギルドにはな、王都一……いや、世界一の受付嬢がいるんだよ」

 

「世界一の受付嬢!?」

 

「そう。完璧で究極の受付嬢だ! 俺も含め、ここに並んでるやつらは皆、その受付嬢に首ったけなんだよ!」

 

「首ったけって、なんですか?」

 

「これが……ジェネレーションギャップか……」

 

 泣き崩れるベテラン冒険者に礼を言い、異国の冒険者は少し離れて列を眺めた。

 

 これほどの行列を築き上げる世界一の受付嬢。

 その言葉から異国の冒険者がイメージしたのは、絶世の美女の姿だ。

 王女のように、看板娘のように、美しい容姿で人を引きつける存在。

 

 しかし、列に並んでいる冒険者の男女比が同じくらいであることがひっかかった。

 仮に絶世の美女がいたとして、果たして男たちだけでなく、女たちをもここまで惹きつけるだろうかという疑問。

 異国の冒険者は、メインストリートに立つ時計台を見た。

 出発を予定していた時間まで、多少の余裕はある。

 金欲と完璧で究極の受付嬢への好奇心が、異国の冒険者の中で揺れ動いていた。

 

 そんな中、冒険者ギルドの扉がゆっくりと開いた。

 中から現れた職員の女性は、冒険者たちを中へと誘導し始める。

 冒険者たちは歓声を上げ、一人、また一人と冒険者ギルドの中へと入っていった。

 悩んでいたタイミングでの、開扉。

 異国の冒険者は、これも運命かと考え、列の最後尾へと並んだ。

 

「ああ、もう駄目だ」

 

「今日はもう終わりだ」

 

 列に並んでいると、他の冒険者ギルドたちが次々と勧誘をやめ、職員たちがすごすごと建物へ戻っていく姿がいくつも見えた。

 

「そ、そんなにすごいのか」

 

 異国の冒険者は思わず息を飲み、扉の奥にいるだろうまだ見ぬ美女に想いを馳せた。

 

 列が進む間、仕事の受領が終わっただろう冒険者が扉から出てきた。

 スキップをしながら。

 冒険者としての熟練さを感じさせる傷だらけの男の顔は、くしゃくしゃな笑顔に染まっており、冒険者としての威厳もプライドもかなぐり捨てたように見えるほど破顔してい。

 そんな冒険者としてあるまじき姿に、異国の冒険者は呆れと驚きを隠しきれなかった。

 

 傾国の美女という言葉が、異国の冒険者の頭に浮かぶ。

 感情はいつの間にか、興味よりもむしろ恐怖へとすり替わり、この先に一体何がいるのか、自分は正気でいられるのかと不安に支配された。

 

 列は、どんどん前に進んでいく。

 だが、列全体は一向に短くならない。

 列の最後尾には、どんどん新しい冒険者が継ぎ足されていく。

 

 異国の冒険者が冒険者ギルドの扉をくぐると、そこは椅子と机の並ぶ空間が広がっていた。

 何の特徴もない、一般的な冒険者ギルドの室内だ。

 そして列の先頭には、受付嬢と冒険者が会話するための受付台。

 

 異国の冒険者は、完璧で究極の受付嬢を見ようと体を乗り出すも、その左右には衝立が置かれており、衝立と衝立を繋ぐように目隠し用の布が貼られていた。

 前からも横からも覗くことのできない、半個室となっていた。

 

 異国の冒険者は覗き見ることを諦め、大人しく列に並ぶ。

 並んでいる間にも、冒険者たちは一人、また一人と仕事の受注を終えていく。

 

「やるうううう! 俺、ギルドのために頑張るからねええええ!!」

 

「絶対ソッコー仕事終わらせて、よしよししてもらうんだー!」

 

「行くぞお前たち! 彼女を失望させるな!」

 

 一人、また一人と言動が狂っていく。

 表情が狂っていく。

 

「次の方、どうぞー」

 

 気が付けば、異国の冒険者は受付台の前に立っていた。

 受付台の前には二人の受付嬢が立っており、異国の冒険者に布をくぐって中に入るよう促した。

 異国の冒険者は恐る恐る布をくぐって、受付台に座る受付嬢を見た。

 左右は衝立、前後は布で隠れ、吹き抜けの天井から入って来るライトがまるでスポットライトのように彼女を照らしていた。

 

 受付台の上に座っていた受付嬢は、異国の冒険者を見上げて、ただ一言呟いた。

 

「にゃー」

 

「きゃっわいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 異国の冒険者の大声が、ギルド内に響いた。

 

 異世界で猫と呼ばれていた生物は、今日も受付嬢としての職務を全うする。

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