02-日常ー社畜達ー
改札を抜けても、駅前の空気はどこかおかしかった。
誰もがスマホを見つめ、SNSやニュースアプリをスクロールしながら、眉をひそめている。
誰一人、あの“声”について口にしていないのに、皆が“それ”を共有している——そんな奇妙な一体感があった。
職場のオフィスビルに着いたのは、始業10分前。
普段なら、タイムカードを打ってからコーヒーを淹れ、雑談でも交わす時間。
けれど今朝は、妙に静まり返っていた。
「……なあ、お前も聞こえたか?」
背後から声をかけられて振り向くと、営業部の三浦が立っていた。
いつもはやかましいくらいの陽気な男が、今朝ばかりは声を潜めている。冗談の気配すらない、本気の声だった。
「……ああ。頭の中に直接って感じだった。幻聴じゃなければな」
「やっぱりな……だよな。みんな、聞こえてたんだよな」
コーヒーサーバーの横では、別の同僚たちが小声で囁き合っていた。
「試練とか言ってたよな……」
「火を与えるって、あれ何の話だよ……」
フロアに入ると、中田課長がすでに席に着いていた。
普段は声の大きい体育会系の上司だが、今日はモニターを睨みつけたまま、眉間に深い皺を寄せている。
仕事をしているように見えたが、キーボードに触れている気配はなかった。
「……テレビもネットも“異常なし”って報道してるが、どこかおかしいよな。
世界中で同時に“聞こえた”なんて、デマの拡散じゃ説明がつかん。
仮に電波ジャックなら、もっと混乱してるはずだ」
この人会社のパソコンで何やってんだ。
「先輩、なんか都市伝説みたいっすよね」
フロアに入る前に合流した
後輩の小林が、珍しく真面目な顔で言った。
「ああ、集団幻聴とかそういうやつだったのかな」
俺がそう返すと、小林は首をひねった。
「けど幻聴って、あんなにはっきり聞こえるもんなんですかね?」
返答に困って、俺は肩をすくめ、自分の席に向かった。
「一体何だったんだろうな、あれは……」
中田課長は椅子をギィと軋ませ、背筋を伸ばした。
「まあ、仕事は仕事だ。あんなことがあったって、納期が延びるわけじゃねえ。
さっさと手ぇ動かせ。ニュースの考察は昼休みにでもしとけ」
あんたが言うなとも思ったが
正論だ。ごもっともだ。
けれど、指先がどうにも落ち着かない。
頭の片隅に、今朝の鐘の音と、あの声が残響のように張り付いている。
――試練として、魔の軍勢を放つ。
――光を求める者には、火を与えよう。
――これは滅びにあらず、再誕の時である。
まさか、とは思う。けれど、引っかかる。
まるで背中に、冷たい手のひらがじわじわと触れてくるような——そんな不安が、肌に貼りついていた。
デスクに座っても、モニターの中身がまるで頭に入ってこない。
周囲も同じだった。打鍵音が途切れがちで、電話の呼び出し音がどこか遠くに感じる。
オフィスを包むのは、重く、湿った沈黙だった。
そんな空気の中時間が過ぎていく
やがて時計の針が12時を指そうとするとき
ビルの外から突如として爆音が響き渡り、続いて悲鳴が聞こえた。