俺は死んだ……いや、待て、違うか?
「宇宙級魔法:[砕かれた現実]」
彼女がそう呟くと、ドーム状の魔法陣が周囲に広がった。
次の瞬間——階級の概念すら超えた魔法が発動した。
——ゴガァァァン!!
轟音とともに、周囲の世界が砕け散った。黒い亀裂が至るところに走り、周囲はまるで割れた鏡のように見えた。
「な、なんだ今の魔法は!」
彼は震える声で叫んだ。宇宙級魔法の存在は知っていた。しかし、**この魔法だけは……**彼の知るものとは全く違っていた。
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数時間前
西暦2027年
小さな暗い部屋に、キーボードを叩く音が響いていた。
部屋を照らすのは、机に置かれた3台のモニターから放たれる光だけだった。
「あーっ、指が痛ぇ……」
そう呟いたのは、一心不乱にタイピングをしていた少年だった。
椅子にもたれかかり、目を閉じる。
長いため息を吐きながら、指の痛みを少しでも和らげようとした。
無理もない——13時間もぶっ続けでコードを書き続けていたのだから。
彼は自分だけのVRMMORPGを作っていた。15歳の時から3年間、ずっと開発を続けている。
それは、彼がアニメとファンタジー小説にどっぷりハマっていた頃の夢の延長だった。
——異世界転生の主人公みたいな人生を送りたい。
そう願った彼だったが、トラックに飛び込む勇気はなかった。だからこそ、自分の理想の世界を仮想空間で作ろうと決めたのだ。
内向的な性格のせいで、彼は学校で馴染めず、友達もいなかった。
ゲーム開発を始めてからは、学校を辞め、部屋に引きこもって朝から晩までコードを書き続けていた。
——そして17歳になった今、彼はついにフルダイブVRヘッドセットを完成させ、ゲームも**80%**まで完成させたのだった。
「よし……あとちょっとで終わる……そしたら寝れる……」
そう自分を励ますように呟き、再びキーボードを叩き始めた。
◇◇◇
30分後
「ふぅ! やっと終わった……」
彼は手にしていたエナジードリンクの缶を一口飲みながら、安堵の息を吐いた。
「これでやっと寝れる……はっ!?」
彼の目が見開かれた。**[ENTER]**を押してコードを保存した瞬間だった。
モニターに突如表示されたのは——
[ERROR: 未確認の存在を検出しました!(players.cppを再確認してください)]
「嘘だろ……マジかよ……こんなの無理だ……」
彼は頭を抱えた。
「でも今寝たら、2日は起きれねぇよな……」
「……仕方ねぇ、やるしかねぇか……」
そう呟きながら、彼は打ち込んだコードを必死に見直し始めた。
「……おかしい。コードには異常がない……」
眉をひそめ、彼の視線は机の上のVRヘッドセットに向かった。
「……中から直接見たほうが早いか?」
少し考えた後、彼は意を決してヘッドセットを手に取った。
フルダイブヘッドセットは、脳波信号をゲームと同期させ、意識を仮想空間へダイブさせる装置だ。
——そして彼は、ゲームの最終レベルにログインした。
気がつくと、彼は城の玉座に座っていた。
黒髪に深い茶色の瞳、見た目は十代半ばの少年。
マントを羽織り、腰には黒い鞘に納められた刀が結ばれていた。
左手を軽く叩くとコンソールウィンドウが出現する。
彼はコマンドを入力し、エラーが発生したレベルを特定しようとした。
「レベル……74か。処理負荷が尋常じゃねぇな……」
コンソールを使い、彼はそのレベルへとテレポートした。
しかし、そこにあったのは——
「なんだこれ……?」
本来、レベル74はダンジョンのはずだった。
だが、目の前に広がっていたのは白い建物が立ち並ぶ奇妙な風景。地面は草で覆われ、まるで別世界のようだった。
「冗談だろ……ダンジョンはどこ行った?」
——ドォン!!
突如、轟音とともに爆発が起きた。
彼はその爆風の中に巻き込まれた——。
——ドォン!!
突然の爆発が起こり、彼はその影響範囲に飲み込まれた。
爆発の原因は——空から撃ち下ろされたエネルギービームだった。
だが、爆風が巻き起こした塵が収まった時、彼はそこに——
無傷で立っていた。
「ふぅ……やっぱりな」
彼は肩を軽く回しながら、特に気にする様子もなかった。
——サーバー管理者(GM)である彼は、HPが減らないことを知っていた。
エネルギービームが飛んできた時点で視界には捉えていたが、重要なのはエラーの原因を探ることだったため、あえて無視したのだ。
彼はビームが飛んできた方向に目を向けた。
そこには——
空中に浮かぶ人影。
「お前、よくあの攻撃に耐えたわね」
女性の声だった。
人影がゆっくりと降りてくると、彼のレンダリング距離内に入った。
目の前に現れたのは——
真紅の髪と瞳を持つ少女。
まるでファンタジー小説の女神のような奇妙な衣装を身にまとっていた。
「誰だ、お前? NPCには見えないし……それに、マルチプレイ機能なんて実装してないはずだが?」
彼は警戒心をあらわにしながら、少女を睨みつけた。
「私は炎の女神アイリスよ。そして、私も聞きたいわ。
……どうして、人間のお前がここにいるの?」
アイリスは傲慢な口調で問いかけてきた。
「はぁ? 自分を女神だなんて、そんなアバター着てるだけでよく言うよな? さっさと正体を明かせよ。
それとも、不正アクセスか? だったらすぐにBANしてやるからな!」
彼は嘲笑を浮かべながら言い放った。
——フルダイブVRヘッドセットでこのゲームに入れるのは彼だけのはずだ。
同じモデルは世界中どこを探しても存在しない。
「この私を侮辱するなんて……許さないわ!」
アイリスは怒りに震えながら叫んだ。
「覚悟しなさい! 今すぐお前の命で、その愚かな発言の償いをさせてあげるわ!!」
「……ふぅん。PVPシステムのテストにはちょうどいいな。
よし、相手してやるよ。暇つぶしにはなるだろ」
彼は余裕の笑みを浮かべながら構えた。
「神罰を受けよ!」
アイリスはそう叫び、手のひらに白い炎の球体を生み出すと、一直線に彼へ向けて放った。
——だが、その炎が彼に触れる直前、
パァンッ!
透明なバリアにぶつかって炎はあっけなく消え去った。
彼はまったくの無傷だった。
「魔法無効化……?」
アイリスが驚きの声を漏らす。
「いやいや、違うな。こんな弱い攻撃に魔法無効化なんて必要ない。
ただの個人用バリアに引っかかっただけだ」
彼は冷笑を浮かべながら、挑発するように言った。
「……それでお前、女神気取りか? それで終わりか?」
「まだよ!」
アイリスは悔しさに顔を歪めながら、再び詠唱を始めた。
彼女の右手の前に魔法陣が浮かび上がり——
「——行け、炎の竜巻!」
足元から紅蓮の炎が噴き上がり、彼の周囲に巨大な炎の竜巻が形成された。
竜巻は彼を飲み込み、空高くまで燃え上がった——。
しかし、その中で彼は静かに微笑んでいた。
「ふっ……こんなもんか?」
彼は刀の柄に手をかけ、一歩前へ踏み出した。
「こんな程度の攻撃、剣だけで十分だな……」
——シュッ!
わずかに魔力を刀に流し込むと、刀身は淡く白い光を帯びた。
そして、一瞬のうちに——
スパァァンッ!!
彼は下から上へ、軽く一閃するだけで炎の竜巻を真っ二つに切り裂いた。
——炎は瞬く間に霧散し、彼は平然と立っていた。
「……どういうこと? あれは十階級魔法よ……」
アイリスの顔には、信じられないという表情が浮かんでいた。
——だが、彼はそれに答えることなく、
「時間の無駄だな……」
**転移魔法**を使い、アイリスの目の前へ移動した。
さらに、飛行魔法で空中に浮かぶ。
「もう十分だろ?」
「……何?」
「これ以上相手してる暇はないんだよ。
それに……お前じゃ俺には勝てねぇよ。」
彼は自信に満ちた瞳でアイリスを見下ろした。
「な、なんでそんな自信があるの?」
アイリスは戸惑いながら問いかけた。
「おいおい、ゲームの世界でGMに勝てると思うか?」
彼は冷笑を浮かべながら言った。
「——俺がこの世界を創ったんだぜ?」
「この世界の神は俺だ。
そして、プレイヤーがGMに勝てるはずがないだろ?」
「ふざけるなああああ!!!」
アイリスの怒りは頂点に達していた。
「お前如きが神々を超えるだと!? 許さない……絶対に許さない!」
「ほぉ、まだやる気か?」
「リミットブレイク!」
アイリスはそう叫ぶと、彼女の周囲に莫大な魔力が渦巻き始めた。
——リミットブレイク。
自分の生命力を魔力に変換して、一時的に魔力量を爆発的に増加させる禁忌の技。
普通の人間が使えば、寿命が半分以上は失われる。
しかし、アイリスは神の身——
彼女の魔力は無限に湧き上がり、ついにはオレンジ色のオーラが彼女の体を包み込んだ。
「……面白くなってきたじゃねぇか」
彼は微笑みながら構え直した。
「——宇宙級魔法:[砕かれた現実]!」
アイリスは両手を広げ、詠唱を終えた。
彼女の周囲にはドーム状の魔法陣が展開され、その周囲には幾重もの透明な輪が浮かび上がっていた——。
世界が崩壊する前兆だった——。
耳をつんざくような轟音とともに、世界が砕けた。
黒い亀裂が空間の至るところに広がり、鏡の破片のように世界が歪んでいく。
「な、なんだこれは……? 一体、何の魔法だ?」
彼は混乱しながらアイリスに問いかけた。
「フフフ……これは宇宙級魔法——[砕かれた現実]!
現実そのものを崩壊させる魔法よ!」
アイリスは狂気に満ちた笑みを浮かべながら答えた。
——だが、彼の表情は一瞬で凍りついた。
「嘘だろ……?」
恐怖。
今まで余裕綽々だった彼が、今はただ恐怖に飲み込まれていた。
——2年間かけて作り上げた世界。
それが、目の前で崩壊していく。
「……こんな魔法、知らない。コズミック・ティアの魔法なら知ってる……けど、
**[砕かれた現実]**なんて……俺はそんな魔法、作った覚えがない……」
彼の声は震えていた。
“これは、バグか?”
いや、違う。
“誰かがコードを改変した? でも、どうやって?”
頭の中に次々と疑問が浮かぶが、どれも答えは出てこない。
「……コンソールを開く!」
彼はパニックになりながら管理者コンソールを開こうとした。
しかし——
何も起こらなかった。
「……嘘だろ……?」
何度試しても、ログアウトすらできなかった。
「出られねぇ……?」
——これは、単なるゲームじゃない。
“何かがおかしい——”
だが、混乱していたのは彼だけではなかった。
アイリスもまた、震えていた。
彼女の顔からは、先ほどの傲慢さは完全に消え去っていた。
「ど、どうして……?」
彼女は自分の両手を見つめていた。
「私はただ……奴を懲らしめるつもりだっただけ……。
なのに……どうして……?」
アイリスもまた、**この世界が“仮想現実”**であることを知らなかったのだ。
「まさか……禁忌の魔法を……?」
彼女の顔に恐怖が浮かぶ。
「他の神々が気づいたら……私は——封印される……!」
——だが、もう手遅れだった。
バキッ……バキバキバキ……!!
世界は音を立てて砕け、全てが黒に染まっていく。
「——あ……?」
——意識が、途切れた。
……システムクラッシュ。
……ゲーム崩壊。
——そして、彼は現実世界へ戻ったはずだった。
しかし——。
——死んでいた。