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作者: みきくきり

Floroj




春の嵐がさわがしいので、ぼくたちは裸の疲れたからだを起こした。花のにおいと獣のにおいが混じりただよう、広くて真赤な寝台の上で。

今朝は窓掛を引かないように指示されている。だから薄暗いままの部屋で、身じたくをしなければならない。

 仲間は男ばかり十七人、おなじころに生まれて、おなじ屋敷で十七年間暮らした。そしてこれから、ぼくたちが生まれる前に決められた予定を実行するため、湖へ行く。

湖中の小島に渡り、それぞれの相手を銃殺するのだ。


 ぼくたちは生まれつき罪の染みついた汚いいのちなので、自分たちで処刑しあい、星にゆるしてもらわなければいけない。

 ふたりずつ組になり殺しあうと、ひとり余るわけだけれど、そいつは生き残って他の全員の汗ばんだ死骸を星の清潔な光にさらす。そして骨になるのを見守りながらおとなになる。なんと崇高でみっともない役目だろう。その役はあらかじめくじ引きをして決めた。当たってしまったやつはとても泣いた。だからみんなで接吻をして慰めてやった。

 ひと晩、罪人の群れにふさわしく愛しあい、傷つけあったのでだるい。水のシャワーを浴びたあと、用意されてある新品の白いシャツと黒いズボンを身につける。黒皮のベルトの尾錠びじょうは、みんな金色だ。

履物も新しい。皮の匂が、性の遊びの最中に背が高めのやつがあげる声のようだ。短靴たんかを履く者も長靴ちょうかを選ぶ者もいた。

全員が唇にべにを引く。そして自分の拳銃を手にとった。昨日念入りに手入れをし、弾丸を一発だけこめたもの。金属の部分が、窓掛の端からしこむかすかな光を小さな点として映す。拳銃の角度を変えると、光は流れ星のように消えた。生き残る役目のやつがまた泣きだした。もうなん度目だろう。みんなとおなじように拳銃を持って一緒に島に渡るのを認めてやった。言いつけを破ることになるので、しかられるだろうか。

 その心配はいらなかった。屋敷のなかから、ぼくたち以外の人間は姿を消していた。それに、昨日まで世話をされ星の尊さも教えてもらったのに、どんな人たちがそれらをほどこしてくれたのか、ぼくたちの誰も思い出せなくなっていた。


 正面の出入り口から外に出ると、すでに風はおさまってきていた。蒼黒あおぐろく曇った空。はのぼっているはずだけれど、辺りは薄暗い青さのなかに沈んだままだ。寒くはない。花びらがちらちらと宙を舞う。

 広い湖は、風がはこんだらしい色とりどりの花びらで表面が覆われていた。ぼくたちは驚いた。いまの季節、屋敷の近くにこれほどさまざまな花が咲くことを知らなかったからだ。

 浜に小舟がきれいにそろえて置いてある。ぼくたちが舟遊びに使ってきたものとはちがい、やはり真新しい舟だ。かいが見あたらないのでどうしようかと思ったけれど、乗りこむと勝手に動きだした。島にむかって、それぞれが一艘に乗り、合わせて十七艘の舟が、見わたすかぎり花、花、花である湖面を滑っていく。誰もなにもしゃべらない。ただ、誰かが低くハミングをしているのが聞こえてきた。


 島に上陸する。木も草もまったく生えていない、黒々とした土だけの小さな島だ。白く薄い霧がいつも立ちのぼっていて、風のなかでも晴れることがない。

島の中央部には、ぼくたちの寝起きした部屋の天井くらいの高さを持つ丸い光があり、躯の感覚を探りあって遊ぶ時のぼくたちの胸のように動き、輝きの強弱をくりかえしている。

屋敷にいた人たちは、あれを天使と呼んだ。星が地上につかわした、分身らしい。

あれに近づいてはいけない。接近が許されるのはぼくたちが骨になるのを見守る役目のやつだけで、ほかの者が罪を持ったまま近くに行くと、その汚い命が腐って落ち、醜い姿で死んでしまう、と教えられた。そんなふうになるのは嫌だった。

 銃声がした。もう始めた組がいる。続いてまた一組。

誰かが倒れるたび、シューッと音を立てて空から屑星くずぼしが降り、花々で満ちる湖面に落ちる。

青い空気のなか、花びらが、赤やピンク、黄色に燃え上がった。鮮やかな色の炎が、湖面に広がっていく。罪が赦される、祝福の光景なのだろうか……。

 ぼくは他人よりも色彩に感受性が強いらしい。色合いやその組み合わせにまったく心を奪われてしまう。それは自分で制御できないので、仲間からは病気だと言われた。いまも、あまりにふしぎな炎の色を見て、拳銃も構えず水辺にぽかんとたたずんでしまった。

そして気がつけば、立っているのはぼく一人になっていたのだ。

 ぼくと組になっていた少年は、ぼくに呼びかけてくれたのだろうか。だとしても、まったく気づかなかった。彼は、生き残る役目のやつと向きあって死んでいた。

 誰かとたがいに処刑しあえと言われていたのにどうしよう。自分で自分を撃つ? それはかたく禁じられている。処刑にならないからだ。でも自分だけがあとに残りおとなになるなんて! そんな嫌な思いをするのはどうしても拒みたかった。

 見まわすと、島の中心の光、天使が目に入った。

いまやぼくにはぼんやりの罪も加わったことだし、汚く死ぬはめになってもしかたがない、とにかくあれに殺してもらわなければ。そう決めて光に向かっていく。

 近づくにつれ、天使の様子がわかるようになる。表面が、まるで静かに息をするように、律動している。湖の上にときおり虹がかかることがあったけれど、その虹に似た色のささやかな円が、現れては広がり、消えていく。雨粒が水面に作る波紋に似ている。またぼくの悪い癖が出てきた。

 もっとよく見たくて、そばに歩み寄る。顔が光の熱であつい。光を見つめすぎて、目が痛い。でもぼくは、色がつくるふしぎな円い模様が現れては消える光景から、目を離せない。こんなことをしている場合じゃないとわかってはいるけれど、自分をとめられないのだ。

 そう、ぼくの手がゆっくり拳銃を持ちあげることも、とめられない。銃口を目の前の円模様に向けることも。引き金を引くことも。やめろ、ああ、腕に伝わる衝撃――。次の瞬間、キャーッと大きな悲鳴が周囲にとどろいた! ぼくはびっくりして銃を落としてしまった。

 天使である光の玉に、一発の弾丸によって、小さな穴が開いていた。ぼくがそれを開けたということが、信じられなかった。すう……と空気の動きだす音がした。そして穴は勢いよくまわりの物を吸いこみはじめた。辺り一帯、すべてが穴に入っていく。土も、花々も湖も、死んだやつらも屋敷も空も、なにもかもがだ。ぼくだけはまったく引きこまれない。すぐ近くにいるのに。ただ、ぼくはいつの間にか、布一枚身にまとわない裸の姿になっていた。

 吸いこむと同時に丸みを失い、いまや板のように薄くなってしまった天使が、べたっと耳ざわりな音を立てて倒れた。かすかに白く光ったまま、広がっていく。そして果ての見えない平坦な面になった。空であった場所は、いまやただの真黒な闇だ。

 とても大きな寂しさが、波のようにぼくの胸に押し寄せてきた。夢から醒めた気分だ。いや、ほんとうにはるか遠くで誰かが夢から醒めたんだ、そう悟った。ここは夢のごみとして残った場所なんだ。

その目ざめた誰かはぼくのような気がした。ぼく自身がぼくを棄てて夢のからから抜け出したのだ。無理やり目を醒まさせてしまったことで、このぼくは嫌われたのだろうか。

 ああ、こんなところにひとりでい続けねばならないなんて、一番ひどい処刑だよ。まるで曇り空に垣間見える無名の星のような場所じゃないか……。

 深く嘆く気持ちで膝をつく。泣いて泣いて、泣きながら眠った。

時がたち、とろりとした冷たい眠りから浮かびあがってぼくは目をあけた。がっかりしたことに、まわりは眠る前と変わりがなかった。ぼくが持っていたはずの罪ですら天使の穴の向こうに去ってしまった。いまや頼りにできるものは、なにひとつない。また涙が出てくる。そのときふと、一枚の花びらのように小さな思いつきが現れた。

――ぼくのなかのどこかにもやはりこんな惨めな場所があり、そこにはぼくがひとりで残されたまま忘れられていて、このぼくをひどく憎みながら泣いているのでは――

そんな場所は一か所ではないかもしれない、とも。


 幾多の目ざめのたびに棄てられてきたひとりぼっちの少年たちよ、ぼくがこれから君たちを探しに行ってあげる。

逢えたらこの退屈な世界でなにをすべきか話そう。星は何もしてくれない、ぼくたちが星を使ってなにかをするんだ、なんでもやっていい、時間は無限にあるだろうからね。ぼくたちのしたことがいろんな色の星の輝きとなって新たに夜空を飾るだろう。目ざめた方のぼくもその輝きを見るだろう……。


こんなふうにでも考えて歩きだすよりしかたがないじゃないか?

 ぼくはのろのろと立ちあがった。髪から赤い花びらが一枚ひらひらと落ちた。

ひろいあげようとするぼくの手は、おとなの手になっている。




Fino


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