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青い空

作者: 毛利鈴蘭

 ある冬の日のこと。目を覚ますと既に陽は高く昇っていた。東向きの私の部屋は、この時期正午も過ぎれば日もろくに差し込まず、ひきこもりの私にお似合いの陰気臭い部屋となる。


 ひきこもりとは言ったものの、私は毎朝きちんと起きる習慣がある。それは、毎朝ネットゲームの操作をしているからだ。これこそ、ひきこもりの特権である。毎朝欠かさず操作をすることで、一般ユーザーに差を付けることができるのだ。


 だが、どうしたことか。既に部屋は暗くなり始めているじゃないか。


 目を軽く擦りながら、簡易テーブルの上に置いてあるはずの腕時計に目を落とした。この腕時計は多機能なデジタル式でソーラー電池タイプ。いつもこれを目覚まし時計として併用している。ソーラー電池なのでたまに起こる電池切れでの時間間違えも起こらない――はずだった。


 黒い光沢を放つ私の腕時計の液晶画面には、何も表示がされていなかった。


 なんということだろう。あろうことかソーラー電池が切れるなんて。


 そう言えば私はここ数週間、昼間に出歩くことなんてほとんどなかった。出かけることがあるとしても、精々近所のコンビニ程度だ。わざわざ腕時計を付けるようなこともしない。


 あぁ、ケータイも止められ、ついにはお気に入りの腕時計にまで見放された。もし電気まで止められたりしたら、私は死んでしまう。


 そうだとも。精神的にも耐えられないだろし、そもそもエアコンが動かなければこの冬は越せまい。あぁ、故郷に預けてきた我が愛犬パトラッシュよ。私はもうだめだ。最期に、私を廃人の道へと引き摺り込んだこの忌々しいネットゲームに、正義の鉄槌を……。


 私はパソコンを立ち上げること渾身の力を振り絞ってアカウント削除を決行した。


 がしゃーん! と、心の中で何かが砕けた気がした。


 呆然と、アカウント削除の後に表示された無機質なメッセージを眺めていて、ふと思った。


 腕時計、着けて外出ればいいんじゃないのか?


 長年私の足枷となっていたネットゲームはもうない。心なしか足取りも軽く、出かけてみようという気持ちが高まっていた。


 今まであんなに面倒くさかった外出の準備もあっと言う間に終え、左腕には自慢の腕時計をはめて玄関を開いた。


 その瞬間、私は光に包まれた。いや、比喩なんかではなく、間違いなく私は光のベールを帯びていたのだ。


 なんという清々しい光だろう。こんな光を忘れていたなんて。


 鍔を作るように片手を眉に添えながら眩い空を見上げてみると、そこには雲ひとつない青い空が広がっていた。


 ガガーリンよ、宇宙から見た地球はさぞ青かろう。しかし、暗闇から抜け出した我が頭上の空も、それに負けじと青く染まっているぞ!


 今、私は間違いなく浄化されている。今まで蓄積されていたどす黒い何かが、洗い流されているのだ。


 天にまで届くような勢いで伸びをしていると、左腕で機械音が鳴った。


 見てみると腕時計のソーラー電池が僅かだが回復し、液晶画面に日時が表示されている。


 12月18日14時24分か。よし、合っているなっと……。え? 


 私は日付を二度見して、今日二度目の絶望感を覚えた。


 なんということだろう。冬コミまであと10日程しかないじゃないか!


 こうして私は同人誌の執筆活動という新たな魔の手に囚われ、暗い部屋へと呼び戻された。


 腕時計のソーラー電池が切れたのは間もなくのことだった。




(完)






この度は、本作品を閲覧くださいましてありがとうございます。

今回は三題噺ということで、どこぞの文学少女を思い出しながら物凄い勢いで書き綴りました。

今後も短いものを多く書いていくつもりです。

またご縁があらばお会いしましょう。

毛利鈴蘭。

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