冬の王宮
うっすらと雪が積もるほど、その日の朝は冷え込んだ。白い息を吐きながら、リアムは王宮の廊下を歩いていた。
「……兄様! 少し、お聞きしたいことがあるのですが。お時間は、お有りですか?」
呼び止められた。弟の声だ。それに気づいたリアムは、足を止めてそちらを見た。
「……ライウス? 改まって、どうしたの。僕が知っていることで、お前に教えられることなんて無いと思うけれど……」
ライウスは珍しく、息を荒らげている。リアムに会うために、ここまで走ってきたのだろうか。彼がそんなに急ぐことがあるなんて、リアムは想像もしなかった。
「大したことでは、ないのですが。……アメリ嬢について、教えていただきたいのです」
アメリという名を持つ女性を、リアムは1人しか知らない。クラクスン家の令嬢であり、元婚約者だ。
「ライウス。お前が僕のことを嫌っているのは知っている。それでも僕は、君の兄だ。だから、忠告しておくよ。彼女に騙されてはいけない。彼女は家を守ることしか頭に無いんだ。君が彼女を愛したとしても、彼女から愛が返ってくることはない」
「……それで、婚約を破棄してほしいと頼んだのですか?」
「彼女は納得してくれた。クラクスン家も、ジュリアも。誰も、僕を責めなかった。父上ですら。だから、僕は何も間違っていない。そのはずだ……」
「兄様。貴方が間違っていたかどうかなど、私にとってはどうでも良いことです。そんなことより、貴方から見たアメリ嬢について、もっと詳しく教えてください」
自分に言い聞かせるように呟いていたリアムは、弟の真っ直ぐな目を見て、言おうとしていた言葉を呑みこんだ。
「……本当に、何も知らないんだ。好きな物も、嫌いな物も。アメリは、自分のことを話さなかったから。趣味について聞いても、いつもはぐらかされた。クラクスン家の当主から聞き出そうと思っても、無駄だったんだ。隠しているとかじゃなくて、本当に知らなかったんだと思う。僕だって分かっているんだ。貴族の結婚に、愛なんてものは必要ない。だけど、それでも限度ってものがあるだろう。僕は、耐えられなかったんだ。だから父上に頼んで、アメリとの婚約を破棄してもらった。同じクラクスン家の娘だとしても、ジュリアの方がよほど可愛げがある。ライウス。お前が彼女のことを知りたいのなら、本人と話をするべきだ。僕には、お前に話せるようなことはないよ」
ライウスが真顔になる。リアムは彼から目を逸らして、自室へ向かって歩きだした。今度はライウスも、彼を呼び止めようとはしなかった。