取引
「……面白い推測ですね」
ライウスは狼狽えなかった。
「ですが、それは全て推測に過ぎない。証拠はありません」
その通りだ。企みを看破されても、ライウスは態度を変えなかった。
(少しでも動揺すれば、指摘しようと思っていたけれど……相変わらず、隙がないこと)
これ以上の追求はできない。アメリはその事を悟って、話を変えた。
「そうですね。ですから、このお話はここまでです。……それで? 私を助けてくださった、本当の理由は何ですか?」
アメリとライウスの視線が交差する。ライウスの青い瞳が煌めいて、アメリの耳に甘やかな声が聞こえてくる。
「大したことではないのですが……僕は、どうしても貴女と踊りたくて。夜会ではないので、伴奏はありませんが……どうか、この手を取って頂きたいのです」
言葉と共に、ライウスの手が差し伸べられる。アメリは目を細めた。
「ライウス様。先ほどの話をお聞きになっていなかったのですか? こんなところで私と貴方が踊っていたら、周囲からどんな目で見られるか。想像できないわけはないでしょうに」
「どのように邪推されたとしても、僕は構いませんよ」
「……ライウス様。私が危惧しているのは、クラクスン家の評判が悪くなるということです。私のことを想ってくださるのであれば、私の家のことも考えてください。そうでなければ、私は困ってしまいます」
ライウスが目を見開いた。この状況でダンスの誘いを断られるとは、思ってもいなかったのだろう。
(私たちくらいの年なら、自分を愛してくれる人との結婚を夢見るのは普通だものね。……私に、そんな可愛げはないけれど)
生まれてから死ぬまで、家のために生きる。それが不幸だと思ったことも、それ以外の人生に憧れたこともない。アメリは物心がついた頃から、それを前向きに受け入れていた。
「そう、ですか……」
ライウスが目を伏せた。アメリは話が終わったのだと思って、彼に背を向けた。けれど。
「では、この状況が落ち着いた頃に、改めてクラクスン家に話を通しておきましょう」
後ろから、彼の声が聞こえてくる。アメリは振り返って、息を呑んだ。ライウスの目が、笑っていない。
「貴族同士の契約なら、貴女は受けてくださるでしょう?」
逃さないと。言葉よりも雄弁に、その瞳が語っている。アメリは覚悟を決めて、頷いた。
「ええ。クラクスン家と王家の契約であれば、私は拒みません」
ライウスがアメリにどのような感情を抱いているのかは知らないし、アメリにとってはどうでもいいことだ。手順を踏んで婚約の申し入れをしてくれるというのなら、アメリに断る理由はなかった。