春の王宮
連綿と続く、尊き家系。子供たちは家を存続させるために、一生を費やすことになる。それが嫌で家を出る者もいれば、自らに与えられた選択肢の中で、より良いものを選ぼうとする者もいる。ライウス・クローヴァーは後者を選んだ。家格では兄に劣る。それは、生まれたときから分かっていたこと。己がいかに研鑽を積もうと、決して縮まらない決定的な差だ。
(だが、家格以外のことであれば……)
南から吹く風が、ライウスの頬を撫でる。暖かく優しい風も、男の硬い表情を崩すことはなかった。
(婚約者の家柄。考えたことはある。だが、クラクスン家ほどの家は他にない)
シェンラウ国の成り立ちから、今に至るまでを記した史書。その本のどの頁にも、クラクスンの名は載せられている。
(兄が生まれた年が、約束の年でなければ。俺が生まれる前に差がつくことなど、無かったはずだ)
過去から現在まで続く、定められた事。10年に1度の、結婚の約束。血が濃くなりすぎることのないように、その年以外での両家の婚約は禁じられている。リアムの婚約者がクラクスン家の娘でなければ、こんなことをする必要は無かった。そう思って、ライウスは歯噛みする。だが、決まったことは仕方がない。ライウスにとって幸いだったのは、リアムの婚約が1度破棄されたことだ。それも、貴族の間では長女がワガママを言ったから破棄されたのだと噂されている。
(だが、だとしたら何故、咎められない? 今日も、クラクスン家の娘が、義母上と親しく話していた。彼女は次女で、姉は公的な場に1度も姿を見せていないが……だとしても、納得できるものではない)
王宮の隅。そこにある自室に向かって、ライウスは足を進めた。
(クラクスン家の長女……アメリ・クラクスン。顔もよく覚えていないが、もしも彼女が他の多くの貴族と同じ、馬鹿な女だとしたら)
愛した人と添い遂げることはできない。だが、契約上の関係でも、そこから想いが生まれることはある。そんな、夢物語。それでも、大方の貴族の若い子女にとって、それは真実になり得る話だった。
(無論、信じてなどいない。だが、その話を利用して、クラクスン家の長女に近づくことはできる)
自室の扉を開ける。目に入ったのは、兄に負けぬようにと思って揃えた、高価な調度品だ。
(何もかも、平等に与えられる。本当の意味で兄上に勝つためには、これでは足りない)
王権。たった1つの、至高のもの。ライウスは兄に勝って、それを得ようとしている。全ては、そのための布石だった。