悪役姉妹
クラクスン家の使用人たちは、結婚しても仕事を続けることが多い。古くから続く名家に仕えていれば、一生仕事には困らないから。使用人の子供は、主に同い年の子が生まれれば、彼らの遊び相手となることもある。他の家と違って、クラクスン家は待遇も良かったから、辞める使用人は少なかった。その日の夜会が終わった後も、使用人たちは常と変わらず、忙しそうに働いていた。ジュリアはそれを横目に見ながら、屋敷の奥へと歩いていく。目的地は長い廊下の先にある、姉の部屋だ。
「良い夜ね、お姉様」
扉を開けて声をかける。椅子に座って本を読んでいた姉が、顔を上げて振り返った。
「ジュリア。わざわざ私の部屋に来るなんて、いったい何があったのかしら?」
「それがね、ライウス様がお姉様のことを気にしてらしたの。お姉様には、心当たりはお有りかしら?」
「いいえ、全く。ライウス様とは親しく話したことも無いし、ダンスに誘われたことも無いわ。ライウス様は、何と仰られていたの?」
「何も。ただ、お姉様が次に参加される夜会を聞いてきただけよ」
「そう。あなたは、なんて答えたの?」
「秋の夜会には、参加するかもしれないと。そう、お答えしたわ」
「秋……。確かに、そこまで待てば、私も夜会に出られるかもしれないわね」
姉……アメリは目を伏せて、息を吐いた。
「それにしても、ライウス様ときたら……。どうして、そんな事が気になるのかしら」
「お姉様に気があるのではないかしら? 未だに婚約者がいらっしゃらないのも、もしかしたら……」
「まさか。私は、あの方のお兄様と婚約していたのよ? それを知っていて想い続けるほど、道理の分からない方ではないわ」
「だから、あの人は今まで諦めていたのよ。家と家の約束事だから、仕方がないって。それが、お姉様とリアム様の婚約が取り止めになって、秘めていた想いが……」
「ジュリア」
アメリは柔らかな、けれど有無を言わせない声音で、ジュリアの言葉を遮った。
「創作のお話に影響されるのはいいけれど、現実と創作の区別はつけてちょうだい。ライウス様とは、面と向かって話したこともないと言ったでしょう。あの方が王位を得るのに、何が必要なのか。知らないとは言わせないわよ」
ライウスは妾の息子だ。血筋の面では、どうしても兄に劣ることになる。彼が欲しがっているのは、家柄の良い娘との繋がり。それがクラクスン家の令嬢であれば、誰も文句はつけられない。アメリが暗に伝えようとしたことを、ジュリアは正しく読み取った。
「……お姉様は本当に、遊びのない方ね」
「あなたこそ、分かっていて焚き付けているのでしょうに。でも、伝えてくれて助かったわ。ライウス様から持ちかけられるであろうお話を断る理由、秋までに考えておかないとね」
姉妹の会話はそれで終わる。そこに家族らしいやり取りなんて、欠片もなかった。