プロローグ
「ねえ、聞いた? あの話……」
「婚約破棄のことでしょう? クラクスン家のご令嬢が、第1王子との婚約を破棄するなんて。しかも、あの子から言い出したことだとか。こんなことは、国が始まって以来、1度もないわ。アメリ・クラクスンのワガママは今に始まったことではないけれど、困ったものね。王様も王妃様も、どうしてあんな横暴を許しているのかしら」
「そりゃあ、クラクスン家といえば、古くから王宮に仕えてきた由緒あるお家ですもの。それに、長女はどうしようもないけれど、次女は物分かりが良くて可愛らしい娘だわ。リアム様も最初から、妹の方と婚約なさればよろしかったのに」
密やかに交わされる噂話が耳に入る。ジュリアは笑みを顔に貼り付けたまま、招かれた人々に挨拶して回った。
(相変わらず、酷い言われようだこと)
この夜会を主催したのはクラクスン家だ。本来であれば、この挨拶は長女の役目。だが、第1王子との婚約を破棄したこともあり、しばらくの間は次女であるジュリアが代わりを務めることになった。きっと人々の目には、ワガママな姉の尻拭いをする、優しい妹のように見えているだろう。
(ま、そうなるって分かってて代わりを申し出たのは、私だけど)
テーブルに用意されているグラスを取って、中に入っている果実酒を呷る。この夜会に、リアムは来ていない。挨拶が終われば、後は自由時間だ。昔はダンスに誘われることも多かったけれど、リアムと婚約した今では、ジュリアを誘う男はいなかった。
「すいません、少しお尋ねしたいのですが」
すぐ隣に、人が来た。声をかけられて、ジュリアは持っていたグラスをテーブルに置いた。
「なんでしょうか、ライウス様」
声を聞いた時点で、誰であるかは予想がついた。ジュリアは微笑みながら、第2王子に顔を向ける。
「アメリ様が次にお越しになる夜会は、いつでしょうか」
「もしもお招きいただけるのであれば、秋に王宮で主催される夜会だと思いますわ」
青い瞳を見返して、ジュリアは宣言した。
「……そうですか。ありがとうございます」
ライウスは何か言いたげな様子だったが、一礼して去っていった。その背を見送りながら、ジュリアは2杯目の葡萄酒に手を伸ばす。
(お姉様ったら、いつの間にライウスさまと親しくなっていたのかしら)
王宮で生まれた、腹違いの兄弟。次の玉座を継ぐのは、どちらなのか。貴族たちの間では、第2王子が有力だとされている。ジュリアの見立てでも、優秀なのはライウスの方だ。
(まだ婚約されていないから、跡継ぎの問題があるけれど……もしかしたら、それも解決するかもしれないわね)
ジュリアは葡萄酒に口をつけて、薄く笑った。