その告白、なかった事にした事を、なかった事にはできませんかね?
「君島さんの事が好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい」
放課後に沢渡君に呼び出された。
ああ、またかーと思った。
今はあまり使われていない教室に一緒に行くと、案の定告白された。それを私はいつも通り断った。
「正直、沢渡君のこと良く知らないし。付き合おうとか思えないよ」
今回私に告白してきた沢渡君はクラスメイトだ。今の学年で初めて同じクラスになった。
あまり目立つタイプじゃない。成績がよいという話も聞かないし、部活で活躍したって話も聞かない。
部活で活躍したって話も聞かないから、部活に入ってるかどうかも知らない。
交友関係がまったく重なってないので、後は教室にいる時に目に入ってくる情報しかなくて、いつも同じ男友達二人といるなーぐらいしか分からない。
これまで話したこともなかった。ハズ。たぶん。
それなのに、好きって言われてもなぁ、と、正直思う。
そういう男の子が案外多くてびっくりするけど。
「そっか。わかった。ごめんね、時間取らせちゃって。できれば今日の事は忘れて」
「え、うん」
そう言って沢渡君はあっさりと私を残して教室を出て行った。
……なんていうか、ずいぶん引き際がいい?
いや、泣かれそうになったり、逆にしつこくされても困るし。
たまに恐い思いをすることもあるので、そういう事がなくて助かるは助かるんだけど、うーん。なんかモヤモヤする。
いや、でももう振った後だし、気にするだけ無駄だし、忘れよっか。うん、忘れよう。
そう思って帰る約束をしていた友達にLINEで報告し、待っている教室に向かった。教室に着いて、チラリと沢渡君の席を見たけど、既にカバンはなくなっていた。
少し友達とブラブラした後、帰りの電車に乗った。
プシュー。
帰宅時間と重なり、電車の中はだいぶ混み合い始めてきた。ギュウギュウとはいかないまでも、揺れで腕と腕が触れ合いそうな距離感だった。
さっきの停車駅で乗ってきたギラギラした感じのするサラリーマンは吊革に掴まっている私たちのすぐ後ろに立った。
少し鼻息が荒いのが不快だったけど、まあ、他の人たちと同じぐらいの距離感といえばそうなので、あまり気にしないようにしていた。
ただ、しばらくして……
ペチン
ペチン
(何するんだよガキ)
(いや、何してるんですかオッサン?)
妙な音とひそひそ声が後ろで聞こえたので振り返ると、そこに沢渡君がいた。
「……沢渡君?」
「あー、さっきぶり?」
振られた直後の再会のせいか、沢渡君は気まずそうにしている。
プシュー。
「あ、俺、ここだから。さよなら」
そう言って沢渡君はサラリーマンの手を掴んだまま、開いた扉の方に向かう。
「おいガキ、手を離せよ?」
「いいから降りてよ。言いますよ?」
そのまま二人は駅のホームに降りて行った。
「ねえ、サキ。振った件はともかく、明日沢渡君にはお礼言いなよ?」
「え、今、何があったの?」
「私からは見えてたけど、さっきからあのサラリーマン、サキのお尻触ろうとしてたんだよ?」
「え、うそ?」
「それをさっきから沢渡君が手で払ってて、外に連れ出してくれたんだよ?沢渡君の最寄り駅、私達より後なのに」
「え、知ってるの?」
「あ、サキ気づいてなかったんだ。たまに同じ車両に乗ってるよ?」
「そうだったんだ」
「案外悪くないよね、沢渡君。ちょっと狙ってみようっかな」
「え」
「え」
彼女は数秒私を見て動きを止めた後、「うそうそ。冗談。それよりさー……」と言って話題を変えた。
うん。私、なんでさっき振ったばかりなのに「え」とか言っちゃったかな。
友達と別れて。
家に着いて。
少しスマホで動画観て。
家族とご飯食べて。
勉強して。
お風呂入って。
少しダラダラして。
消灯して、お布団に潜りんだ頃。
すっかりドツボにはまっていた。私は自分で思ってたよりチョロい女だった。
掛布団を抱きしめて顔を埋めながら、布団の上を転がる。
よくよく考えたらずっと私が困らないように立ち回ってくれてたんだよね。
それなのに恩着せがましい様子も見せず、去り際もサラリとしてたし。うん、格好いい。
しかもさっき振った相手にそんな振る舞いが出来るだなんて。うん、格好いい。
夕方まで目立たない顔ぐらいにしか思っていなかったのに、今では記憶が格好良く改竄されているのは不思議だ。
そんな沢渡君が、私の事を好き……って。
更にお布団の上をゴロゴロ転げ回るスピードが加速する。
あの声で、私に好きって!私に!目の前で!頭の中で再生する度に嬉しさで悶え死にそうになる。
ああ、なんであの時の私はあんな淡泊な反応だったんだ。信じられない。
ましてや、振ってしまうだなんて!あの時の私を殴り飛ばしたい。
何であの痴漢は昨日現れなかったのだろう。そうしたら、私は何の躊躇いもなく今日の沢渡君の告白を受けていたのに。
でもでも。これで晴れて両想いになれたのだ。
明日改めて、告白を断った件をなかった事にして付き合い始めればいいのだ。そう、1日延びた、ただそれだけの事。
私は明日が待ち遠しくて、胸の高鳴りがうるさくて、体が火照って寝苦しくて、なかなかその晩寝付くことができなかった。
「本当にごめんなさい」
「え」
私は告白された翌日、一日そわそわしながら過ごした後、放課後になって沢渡君を話があると連れ出した。
昨日の痴漢の件でお礼を言った後、告白の件に触れたら沢渡君に謝られた。
そのまま沢渡君は申し訳なさそうに続けた。
「昨日の告白、友達との罰ゲームだったんだ」
「……罰ゲーム」
頭の中が真っ白になった。
「うん、誰でもいいから女子に告白するって。本当にゴメン!」
誰でもいいから。
「なら、なんで私だったの?」
「君島さん、可愛くてモテるのに誰とも付き合うって話にならなかったから。だったら俺なんかの告白で、間違っても事故って付き合うような事にはならないだろうって」
「付き合っちゃダメなの?」
「だって、こんな告白で付き合うなんて不誠実じゃんか?ま、振られたから何の問題もなかったし」
「ウン、ソウダネ」
「だから本当に昨日の事は忘れてよ。あ、お詫びにコレあげる」
そう言って沢渡君は私にお詫びの小梅ちゃんを握らせると、去って行った。……なんで小梅ちゃん。
沢渡君が私を可愛いと言ってくれた。嬉しい。
沢渡君は私の事を見てくれていなかった。哀しい。
沢渡君が私に飴を渡す時に触れた右手。熱い。
沢渡君が去って行った後も一人、動けないでいた。
小梅ちゃんを手の平の上で転がす。飴ちゃんって、大阪のおばちゃんか。飴を常備とか……沢渡君、かわいい。
袋を破って口の中に放り込んだ。
甘じょっぱい。
涙が零れてきた。こっちは本気になったっていうのに沢渡君は私を見ていなかった。それが悔しい。
一人で舞い上がっていたのかと思うと羞恥心で恥ずかしい。お詫びが軽過ぎると、怒りも湧いてきた。
でも、どの感情も沢渡君が好きだから湧き上がってくるものばかりだった。
私は次から次へと流れてくる涙を拭いながら、どうやったら沢渡君も私と同じ目に合わせられるかと、その算段を立て始める。
なかった事にできないなら、次をセッティングするまで。
私はまだ、何もやってはいないのだから。必ず沢渡君の気持ちを動かしてみせるのだ。