ねこねここねこ(後編)
夕方までセリアと一緒に子猫達と遊び、来週もまた訪問の約束をして、リゼットはほくほくした顔で公爵邸に戻った。
「友人との久しぶりのお茶会、ずいぶん楽しかったみたいだな」
夕食後のお茶を飲みながら、アルベールが柔らかに目を細めた。
まぁ、とリゼットは手の平で頬を包む。どうやら、思う存分子猫達をもふもふした余韻が表情に滲み出ていたらしい。
「はい、とっても! セリア様は独身時代、一番仲良くして頂いていた猫友達で、嫁ぎ先にも猫さんを連れて行かれていたのですけど、なんと、赤ちゃんがお生まれになっていたのです!」
「ほう。念のため確認するが、赤ちゃんというのは、セリア夫人のではなく……」
「飼い猫のマカロンちゃんのですわ! お母さん猫そっくりの子猫ちゃんが三匹もいて、それはもう可愛くて可愛くて……!」
「それは良かった……」
リゼットは目を輝かせながら、子猫達がいかに可愛かったかを熱弁する。
アルベールは若干気圧されながらそれを聞いてくれた。
子猫達の愛らしさについて語っていると、またすぐにでも子猫と戯れたくなってしまった。
来週もセリアの屋敷を訪ねる約束をしているが、一週間も耐えられる気がしない。
(子猫ちゃんと一緒に住めたら最高なのだけど……子猫ちゃん、子猫……あ、そういえば)
ふと、リゼットの頭に閃きが走った。
「あの旦那様、ちょっとお尋ねするのですが!」
「な、何だ?」
ぐいっと身を乗り出すと、アルベールが上半身をわずかに仰け反らせた。
「旦那様と私の赤ちゃんなのですが……」
「赤ちゃん!? もしやできたのか!?」
今度はアルベールが身を乗り出した。
その目が期待に輝くのを見て、リゼットは慌てて胸の前で手を振る。
「えっ、あっ、おめでたというわけでは……。紛らわしいことを言ってすみません」
「そ、そうか。すまない、少し気が早かった……」
アルベールが照れくさそうに、そしてちょっぴり残念そうに眉を寄せる。
(旦那様は私との子どもを望んで下さっているのね……)
そのことにリゼットの胸はほんわか温かくなる。
だが、さすがに少々気が早い。なにしろ、二人が結婚式を挙げたのは半年近く前のことだが、名実ともに夫婦になってからまだ一月ほどしか経っていないのだ。
「あの、もしもの話なのですが……旦那様と私に赤ちゃんが生まれて、その子が男の子だった場合、その、旦那様と同じような体質を持って生まれてくる可能性はあるのでしょうか……?」
アルベールと同じ体質、すなわち夜だけ猫になってしまう不思議な体質が子どもに受け継がれることはあるのだろうか。
(もしそうなったとしても私、心の底から可愛がる自信があるわ!)
むしろ、普通の赤ちゃん以上に可愛がってしまうかもしれない。
そう意気込むリゼットだったが……。
「それはないと思う」
アルベールはあっさりと否定する。
「この体質は、王家の男子に時々現れるものなんだ。俺はすでに公爵位を賜って王家を離れているから、要件に当てはまらないと思う」
「そうですか……」
「残念そうだな?」
アルベールが苦笑する。
「い、いえ、そういうわけでは……ない、とは言い切れませんけど……」
図星を刺され、口ごもる。
気を悪くしただろうかとチラリと顔色をうかがうと、アルベールは小さく首を傾げて何やら考え込んでいた。
「……いや。ない、と言ったが、断言はできないかもしれないな……」
「え?」
「記録にある限り、王家以外の家に呪いを持った子が生まれたことはない。ただ……」
「ただ?」
「過去、俺と同じ体質を持って生まれた者の中に、子をなした者は一人もいないんだ」
皆、結婚もせず、表舞台に立つこともなくひっそりと一生を終えたらしい。
「だから猫の呪いが子に引き継がれることがあるのかと問われると、あるともないとも言えない。分からないという答えになる」
「つまり……」
「可能性はある、ということだ」
「まあ!」
パアァと顔を輝かせたリゼットは、一瞬のちにシュンと眉尻を下げた。
「申し訳ありません、旦那様はそんなこと望んでいらっしゃらないのに……」
けれどアルベールは予想外に穏やかな表情を浮かべていた。
「……羨ましいな」
「え?」
「もしも我が子がこんなおかしな体質で産まれてきたとしても、リゼットならきっと迷いなく可愛がるんだろうなと思って」
「もちろんです! 昼も夜もめいっぱい愛して、絶対に寂しい思いなんてさせませんわ!」
「ああ、そうなんだろうな。そう思ったら、いつか生まれてくる子が羨ましいような気がして」
アルベールは口元に微笑を浮かべながらわずかに目を伏せる。そのどこか寂しそうな表情にリゼットの胸がきゅっとなった。
けれどリゼットが言葉を紡ぐ前に、アルベールは「また気が早いことを言ってしまったな」と再び照れ笑いを浮かべた。
そんなアルベールのことを無性に抱きしめたくなって、リゼットはテーブル越しに手をのばした。夫の大きな手に、そっと自らの手を重ねる。
アルベールが伏せていた目を上げた。
「いつか赤ちゃんができたら、私きっと
その子に夢中になってしまうと思うのですけど……」
猫になろうと、そうでなかろうと、大好きな旦那様の子ができたなら。きっと、喜びも苦労も含めて、その子がリゼットの世界の中心になるに違いない。
「だけど今はまだ、旦那様と私、二人だけの時間を大切にしたいな、と……」
そして、誰よりも何よりも、アルベールのことを大切にしたいと、リゼットは思う。
羨ましいだなんて気持ちが浮かばなくなるくらいに。
うん、とアルベールがうなずいた。重ねた手が、そっと握り返される。
「もう少しだけ、リゼットをひとり占めさせてほしい」
「はい……」
たっぷりの愛おしさと、わずかな熱をはらんだ瞳に見つめられ、リゼットはほんのりと頬を染める。
どちらからともなく絡ませた指に力を込め、見つめ合う。
二人の夜はまだ始まったばかり。
おしまい
お読み頂きありがとうございました!
本日第3話が公開されたばかりのコミカライズ(ゼロサムオンラインにて連載中!)も、ぜひよろしくお願いします♡




