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お風呂に入ろう

書籍化記念SSです!

本編第7話あたりのお話。

かわいそ可愛い黒猫をお楽しみ下さい……♪

「ねぇ、アルもお風呂に入ってみない?」


 リゼットがそんなことを言い出したのは、黒猫姿で夕食を共にするようになってまもなくのことだった。

 夕食を終え、いつものようにリゼットが湯浴みをする間、一人……いや一匹で待っていようと、ソファで丸くなっていたときのことである。


「構わないでしょう、マーサ?」

「黒猫様をお風呂に、でございますか……?」

「旦那様は反対なさるかしら?」

「え、ええ……っと……?」


 マーサが戸惑い顔でリゼットと黒猫を見比べる。


「その……アルベール様はおそらく、好きにして良いとおっしゃるかと……あの、ですが奥様、猫は水を嫌うと聞きますが……」

「そうね、そういう猫さんが多いとは思うのだけど、水に慣れてお風呂を楽しむ猫さんもいるのよ。私のお友達の猫さんがそうなの。とっても気持ち良さそうな顔をするんですって!」


 そう語るリゼットの口調はウキウキと楽しそうだ。


(ふむ、風呂か……)


 黒猫は中身は人間なので、別に水を嫌うということはない。湯浴みはむしろ好きだ。

 この日も、猫に姿を変じる前にちゃんと湯浴みを済ませている。淑女リゼットの部屋を訪問するにあたっての当然の身だしなみである。

 だから実のところ黒猫は全く汚れてはおらず、お風呂に入る必要などないのだが……。


「どうかしら、アル。嫌なら無理にとは言わないけれど、一度試してみない?」


 黒猫の顔をのぞき込み、リゼットが頬を染める。黒猫はリゼットのこの顔にすこぶる弱い。


「ニャ」


 まぁ少しお付き合いするかと、ソファを飛び降りバスルームに足を向けると、リゼットから喜びの声があがった。






「どうかしら、アル?」

「ふにゃん……」


 ほかほかと湯気の立ちこめるバスルームにて。

 石鹸の泡に体を包まれながら、黒猫はふやけた声を漏らした。


(き、気持ち良すぎる……)


 泡をまとった黒猫の全身を、リゼットの指先がやわやわと揉みしだく。

 普通に手で撫でるのともブラッシングとも違う、それは極上の心地良さだった。


「お風呂、平気みたいね。良かったわ」


 はじめに、ぬるま湯を含ませたタオルで全身を濡らされ、続いてもこもこに泡立てた石鹸で洗われる。

 まるで幼子のように他人に……それも愛らしい新妻に体を洗われるのはさすがに気恥ずかしく、最初は少々腰が引けていた黒猫だったが、気持ち良さが恥ずかしさを上回るのはあっという間だった。


「うふふ、じっとしていてお利口さんね、アル。隅々まできれいにしましょうね……」


 もこもこ。やわやわ。ぬるぬる。

 耳の後ろに顎の下、そしてもちろん尻尾の付け根。

 リゼットの指は黒猫の弱いところももちろん余さず揉みしだく。

 その上、黒猫を包む石鹸の泡は、いつも夜着姿のリゼットから香る甘い匂いと同じ匂い。


(くっ……刺激が強すぎる……!)


 快感にプルプルと尻尾を震わせ、甘い匂いにクラクラと頭の芯が痺れて。

 ぬるま湯を含ませたタオルで再び全身を拭われ、すっかり石鹸の泡が消える頃には、黒猫はふんにゃりと脱力しきっていたのだった。

 とてもではないが他人に見せられる姿ではない。マーサが席を外してくれているのが不幸中の幸いだった。


「それじゃ、次はバスタブに浸かりましょうね」


 心地の良い気怠さを感じつつ、のろのろと顔を上げた黒猫は、リゼットがワンピースの胸元を寛げ始めたのを目にしてギョッと固まった。


(えっ、服を脱ごうとしているのか!? えっ、なぜ!?)


 なぜも何も、お風呂に入るために決まっているのだが、予測していなかった展開に黒猫の頭の中は大混乱である。

 その間にも、リゼットは上機嫌で次々と胸元のボタンを外していく

 

「お風呂、一緒に入りましょう? あ、心配しないでね。アルが溺れたりしないように、ちゃぁんと抱っこしているから」


(一緒に……えっ、抱っこ……!?)


 一糸まとわぬ新妻の胸に抱かれた黒猫姿の自分を想像しかけて、慌ててその妄想を頭の中から追い出した。


(い、いや、さすがにそれはまずいのでは……? 今は猫の姿だが中身は人間の男なわけで、いくら夫とはいえ……いや、夫なら許される、のか……? いやしかし……)


 ぐるぐると堂々巡りする黒猫の目の前に、パサリとワンピースが落ちる。

 その瞬間、黒猫は飛び上がった。


(や、やっぱり駄目だ!)


「あっ、アル、急にどうしたの!?」


 あとはもう、脇目も振らずにバスルームを飛び出し、黒猫はぺしょんぺしょんに濡れそぼったまま、ソファの下に逃げ込んだのだった。





「――ということが昨日あったのです。体を洗うところまでは、とっても大人しくて気持ち良さそうでしたのに……」


 翌日の昼食時、リゼットがしょんぼりと眉を下げた。


「その後も、私が湯浴みを終えるまでソファの下から出てきてくれなくて……」


 慌ててバスルームを出て追いかけてきたリゼットは、すでにワンピースを脱ぎ去って下着姿。そんなリゼットの前に出ていけるはずもなく、黒猫はリゼットが湯浴みを終えて夜着を着込むまで顔を伏せて丸くなっていたのだった。


「本当は水が苦手だったのかも。怖がらせてしまったんだわ。私ったら、黒猫さんになんてことを……」


 リゼットの眉がますます下がり、今にも泣き出しそうに瞳が揺れるのを見て、アルベールは思わず「いや、そんなことはない」と口を挟んだ。リゼットが顔を上げる。


「あ、いや、話を聞いている限り、体を洗われるのは平気なのだろうと思って……。ただ、そうだな、バスタブに浸かるのは苦手なのかもしれない、うん」

「なるほど……そうかもしれません。猫さんですものね」

「そう、猫だからな」


 リゼットの顔が明るさを取り戻す。


「だったら、これからも体を洗ってあげるのは大丈夫かしら……。どう思われます? 旦那様」

「えっ」


 キラキラとした目で見つめられ、アルベールは言葉に詰まった。

 泡まみれで全身を揉みしだかれる快感と甘い香りを思い出し、顔に熱が集まる。


「……時々なら、いいんじゃないか……?」


 赤く染まった顔を両手で覆い、アルベールは小声で応えたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 正体がバレたあとは、アルベールからお風呂に誘うんだろうなあ(ꈍᴗꈍ)
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