このキスは実験です
5/23は「キスの日」と聞きまして……。
時系列としては、黒猫の正体が判明した2日後の夜になります。
「それじゃいくわよ、アル」
「ニャ!」
キリッとした顔で宣言し、リゼットは厳かに黒猫の額に口づけた。
唇を離し、膝に抱いた黒猫としばし無言で見つめ合う。
心の中でたっぷり十数え、何も起きないのを確認して小さくため息をついた。
「……予想はしていたけど、やっぱりおでこじゃ駄目みたいね」
「ニャウ……」
黒猫もしょんぼりと尻尾を垂れる。
時刻は夜更け。場所は夫婦の寝室である。
黒猫のアルの正体が夫アルベールだとわかったのは二日前のこと。
猫の呪いはすっかり解けたかに思えたのだが、残念ながらアルベールは翌日も日没と共に黒猫の姿になってしまった。
夕方、黒猫が大騒ぎしながら部屋に駆け込んできたときには、驚きのあまり、今夜は初夜のやり直し……とドキドキそわそわしていた気持ちが一気に吹き飛んだ。
前日のことを思い出し、黒猫の口にチョンとキスをしてみたところ、たちまちアルベールの姿に戻ることができ、無事に初夜はまっとうできたものの……。
「リゼット、もし今夜も猫になってしまうようなら、少し実験に付き合ってほしい。解呪の条件を知りたい」
翌日、アルベールがそう言い出したは当然のことで、リゼットも「承知しました!」と意気込んだ。
そんなやり取りをしたのが、今日の昼間のことである。
その夜。やはりアルベールは、日没と共に黒猫の姿になった。
そして始まった「実験」は、どんなキスで呪いが解けるのかを確認するためのものだった。
ふわふわもふもふの黒猫を膝に抱き、人間に戻ったときに備えてバスローブで軽く包み、準備は完了。
まずは額に口づけてみたのだが、残念ながら効果は見られなかった。
「次はほっぺね」
長いヒゲが頬に当たるのをくすぐったく感じながら、黒猫の頬にちゅっと口づける。
「ニャン……」
やはり効果はない。
目に見えてしょんぼりする黒猫を見たリゼットの心に火がついた。
「こうなったら、お口は最後に取っておいて、隅々まで試してみるわよ!」
「ニャン!?」
夜着の袖をぐいっとまくり、若干腰の引けた黒猫を抱え直すと、ピンと立った三角の耳、首筋、丸い前脚の先に次々と口づける。
「ふふっ、アルはどこもかしこも可愛いわね。……でもやっぱり効果はないみたい」
続いて背中を背骨に添って、頭側から尻尾側に向かって順々に口づけていく。途中、もふもふの誘惑に負けて尻尾の付け根にすり、と頬ずりすると、黒猫がぶるると身震いをした。
「尻尾、触るわね」
一言断りを入れてから、長い尻尾にも根元から先に向けてちゅっちゅっと口づけを落とす。尻尾を触ってしまったせいか、黒猫はピシリと固まっている。
「やっぱり駄目みたい。あとは……お腹ね」
「ウニャッ!?」
固まったままの黒猫を、くるりと仰向けにする。
真ん丸の目とふわふわの腹毛に思わずゆるみかけた頬を、きゅっと引き締めた。
「アル、おとなしくしていてね。これは実験なんだから」
胸のあたりにちゅっ。
「うにゃ……」
ふわふわの毛が顔に触れ、ほわんと幸せな気持ちになる。
少し下がってお腹にもちゅっ、ちゅっ。
「にゃ……にゃう……」
さらにもう少し下にと顔をずらそうとしたとき、固まっていた黒猫が突然くるりと反転した。
「あっ……」
動かないでと抗議しようとしたリゼットの口を塞ぐように、黒猫がちゅっとリゼットの唇にキスをした。
たちまち人間の姿に戻ったアルベールの顔はほんのりと赤く染まっていた。
「旦那様、まだ途中でしたのに」
こちらも真っ赤に染まった顔をそむけながら、リゼットは素っ裸の夫にバスローブを差し出す。
「いやもう十分だ……。どうやら唇同士のキスでないと呪いは解けないらしいな」
素早くバスローブを羽織り、アルベールはリゼットの隣に腰掛けた。包み込むように抱き込まれ、心臓がドキリと跳ねる。
「ところでリゼット、もう一つ実験をしてみたいんだけど」
おでこが触れ合いそうなほどの距離で、金色の瞳が炎のようにきらめく。
「実験、ですか……?」
「うん。たくさんキスをしたら、解呪の効果が一晩よりもっと長く続いたりしないかな、っていう実験。付き合ってくれる?」
「はい、そういうことでしたらもちろ……んっ」
言い終える前に熱い唇が重なった。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、と触れるだけのキス。
それから頭の芯が痺れるような深いキスを、何度も、繰り返し。
「あの……だんな、さま、こんなに……?」
ぷはっと息を継ぎ、涙目で見上げると、美しい微笑みが返ってきた。
「このキスは実験だから」
もう何度目かわからない深いキスが、リゼットの思考を溶かしていく。
その夜リゼットは、ふにゃりと体がとろけるまで、何度も甘い口づけを受け続けたのだった。
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