呪いが解けるまで④
お待たせしました、もふもふ回です!
なお、先に謝罪しておきます。アル、ごめんね……。
黒猫がリゼットの膝に乗るようになった頃から、新たに加わった習慣があった。
「アル、こちらにいらっしゃい。あんよ、きれいきれいしましょうね」
部屋を訪れるとすぐにリゼットに招き寄せられる。
「旦那様から部屋にアルを入れるお許しは頂いているけれど、部屋を汚したら掃除をしてくれるマーサ達に悪いものね」
膝に抱き上げられ、柔らかい布で足裏を拭かれる。
「ふふっ、小さくて丸いおてて、とっても可愛いわね」
上機嫌で黒猫の足裏を拭いたリゼットは、拭き終えた布を見て、あら、と首を傾げた。
「ちっとも汚れていないわ。とってもきれいなあんよ。……アル、あなたいったいどこから来ているの?」
ぎくりとアルベールは尻尾を立てる。
足裏がきれいなのは当然だ。黒猫は屋敷の中を移動しているだけで、地面は全く歩いていないのだから。
たらりと冷や汗をかいたアルベールだったが、幸いなことにリゼットの関心はすぐに別のことに移った。
「うふふふふ、本当にきれいなあんよね。薄桃色の肉球、なんて可愛いのかしら……」
うっとりと吐息を漏らし、リゼットは、ふに、と黒猫の肉球に触れた。
アルベールはビクッと固まる。
もにもにもにもに。
リゼットの細い指先が、肉球を優しく揉みしだく。
「はぁ……アルの肉球、ぷにぷにで気持ちいい……」
リゼットが恍惚の表情で頬を染めるが、アルベールはそれどころではない。
(な、なんだこの感覚は……!)
初めての感覚にヒゲがピリリと震える。
(くすぐったいような、気持ちいいような……? よく分からないが、なんだか癖になる……)
その日から黒猫は、リゼットの部屋を訪れると真っ先に、足裏を拭かれ、ついでに肉球をムニムニされるのが日課になった。
本当は足裏を拭く必要はないのだが、そうと言うわけにもいかず。
触られる感覚も不快なものではなく。
なにより肉球をもみもみするリゼットはとても幸せそうで、アルベールは戸惑いつつもこの習慣を受け入れたのだった。
だが、リゼットの行為はそれだけにとどまらず、その後ますます大胆になっていった。
「ここ、どう? 気持ちいいと思うのだけど」
「にゃぅ……」
(くっ……こ、これは……)
アルベールは呻いた。
ちょいちょいちょいちょい。
先ほどからリゼットのたおやかな指先は、黒猫の耳の付け根を柔らかく撫でている。
頭や背中を撫でられるのとも、ブラッシングされるのとも違う未知の気持ちよさに、思わず尻尾が揺れた。
(まずい……気持ち良すぎてどうにかなりそうだ……)
一旦リゼットの指から距離を取らなければ。
理性の欠片がそう訴えかけてくるが、体は正直で、もっともっととねだるようにリゼットの方に頭を寄せてしまう。
「とっても気持ちよさそうで良かったわ。……これはどうかしら?」
続いてリゼットの指先が撫でたのは、黒猫の顎の下だった。
こしょこしょこしょこしょ。
(あ……あ……)
これまた未知の快感にじわじわと意識を侵食され、尻尾がゆらんゆらんと揺れる。
(……俺は人間。猫の本能に、負けるわけには……あ、あああああ……!)
「ゴロゴロゴロ……」
「ふふ、気持ちいいのね」
(ち、違うんだ、喉が勝手に……)
「ゴロゴロゴロ……」
「アル、ゴロゴロ言ってとっても可愛い……」
リゼットが頬を上気させて目を細める。
(ハァ……ハァ……リゼットが楽しそうなのはいいことだが……俺はそろそろ限界だ……)
「にゃん……」
半ばくったりとしながら、そろそろこの苦行から解放してくれと、祈りを込めてリゼットを見つめる。
するとリゼットは、「わかってるわ、アル」と笑顔で頷いた。
「もっと気持ちよくしてほしいのね?」
「ニャッ!?」
(ち、違う、そうじゃない……!)
黒猫を快楽の沼に沈めるべく、リゼットの右手が向かった先は、尻尾の付け根。
「もっともっと気持ちよくなって……」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
その瞬間、これまでとは比べものにならない快感が黒猫の全身を駆け抜けた。
ヒゲがビリビリと震え、ふるふると全身の毛が逆立つ。
(あ……あ……やめ……)
しかし願いも虚しくリゼットの指は止まらない。黒猫の気持ちいいところを的確に見つけ出し、絶妙な力加減で緩急をつけて撫で続ける。
容赦なく高められる快感に、尻尾がピンと立つ。
(くっ……もう、むり……)
そしてついに……。
「ああ……アル、とっても気持ちよさそうね。そんなにお尻を上げて……」
前脚を伏せ、後ろ脚を伸ばし、お尻をぐいっと高く持ち上げた姿勢。
そんな痴態をリゼットの前で演じてしまったアルベールは、あまりの羞恥に打ちひしがれた。
(終わった……俺の、人としての尊厳が……)
そう思う間もリゼットの指は止まらず、アルベールは快楽と羞恥との間を行ったりきたり忙しい。
「私の指で気持ちよくなってくれて嬉しいわ。これから毎日、気持ちよくしてあげるわね、アル」
微笑むリゼットが、女神にも悪魔にも見えたアルベールなのだった。
(……ありえない醜態を晒してしまった……リゼットの顔がまともに見れない……恥ずかしすぎて死ねる……もういっそトドメを刺してくれ……)
リゼットの魅惑の手技によって快楽に溺れるたびに、どんよりと落ち込むアルベールだったが、リゼットの部屋に通うのをやめたかと言えば、もちろんそんなことはなかった。
そして触られるのを拒むことなく、されるがままにリゼットの愛撫を受け続けた。
(これは、リゼットが喜ぶからだ。快楽に負けたわけじゃない。うん)
顎の下を撫でられて喉をゴロゴロ鳴らしながら、アルベールは自分に言い訳する。
気持ちよさに尻尾は揺れ、目は閉じられている。
(まぁでも俺は今実際に猫なわけだし、猫の本能に負けたって……)
さらなる言い訳を心の中で連ねていると、「ねぇ、アル」とリゼットが甘い声で囁いた。
「ちょっとお願いがあるのだけど……お腹を吸わせて欲しいの」
(は?)
閉じていた目をパッチリと見開き、リゼットの顔を凝視する。
リゼットは胸の前で手を組むお願いポーズで、女神のような微笑みを湛えてアルベールを見つめ返してくる。
(今、なんて言った? お腹を吸う? どういう意味だ? 猫の腹は吸うものじゃないだろう?)
頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、なおもリゼットを見つめていると、リゼットが「いいの? ありがとう!」と頬を染めた。
(いや、まだいいとも悪いとも言っていないが。というか、意味を説明してくれ……はッ!?)
「ミャッ!?」
ころりん、と仰向けにされ、黒猫は固まった。
(ま、まずい。この体勢は……!)
「うふふ……」
(ま、待っ……)
焦りに焦り、けれど身動きもとれずにいるアルベールに、リゼットの愛らしい顔が近づいてきて……。
五分後。
「はぁ……最高だったわ、アル……」
「みゃ……」
幸せそうに頬を染めるリゼットの膝の上で、労るように背中を撫でられながら、アルベールはしばらくの間くったりと放心していたのだった。
幸か不幸か、アルはどこもかしこもクリーンヒットしちゃってとんでもないことになっていましたが、たぶん猫さんによって好みはそれぞれだと思いますので! 肉球とか尻尾の付け根とか、嫌がる猫さんには無理強いしないでね~。(それはそうと猫ちゃんもふもふしたいですね……)