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王妃殿下のお茶会~トラ猫との再会

妄想が捗っちゃったので後日談を追加します!

が、予告に反して黒猫視点ではありません。ごめんなさい!(ちゃんとイチャイチャはあります)

黒猫視点も近いうちに追加する予定なので、お待ち頂けると嬉しいです。

 ある日の昼下がり。公爵邸の玄関先で、リゼットはアルベールと向かい合っていた。


「では行って参ります、旦那様」

「ああ、気をつけて。義姉上によろしく」

「はい。日暮れまでには戻りますね」

「待ってる」


 ちゅっと額にキスを受け、リゼットは馬車に乗り込んだ。

 アルベールに見送られて向かった先は王宮。

 リゼットは王妃殿下に招待され、二人きりのお茶会に参加することになったのである。






「よく来てくれたわね、リゼットさん」


 応接室に入室してきた王妃エレノーラを、リゼットはガチガチに緊張しながら淑女の礼で出迎えた。


「王妃殿下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。本日はお招きに預かりましてたいへん光栄に存じます」

「まあそう固くならず、楽にしてちょうだいな。今日はごく個人的なお茶会ですからね」


 王妃殿下は朗らかな笑みを浮かべ、リゼットに座るよう手振りで促した。


「はい、ありがとう存じます」


 おとなしく着席したものの、リゼットの緊張は解けない。

 今は公爵夫人の地位にあるとはいえ、元はしがない伯爵令嬢。王族に拝謁する機会などこれまで数えるほどしかなかったのだ。


「非公式の場では、わたくしのことはエレノーラと呼んでちょうだい。義理の姉妹になったのですからね。と言っても、歳は親子ほど離れているけれど」

「……畏れ多いことですが……ではエレノーラ様とお呼びしても?」

「ええ、もちろん。結婚してもう四ヵ月ね。公爵家での生活には慣れたかしら?」

「はい、おかげさまで」


 そんな会話を交わしながら、リゼットは真正面に座るエレノーラを伏せ目がちに窺う。

 深みのある金の髪に青い瞳のエレノーラ王妃殿下は、きりりとした顔立ちの美しい女性だ。細身の体は、三人の子どもを産んだとは思えないほど引き締まっている。王国一と謳われた美貌は、四十歳を目前にしても衰え知らずだった。


 女官により紅茶と焼き菓子の準備が整えられたのを見計らったかのように、エレノーラが「ところで」と話題を変えた。


「今日あなたをお呼びしたのはね、引き合わせたい子がいるからなの」

「引き合わせたい子、でございますか?」


 誰のことだか全く心当たりがないリゼットは、小さく首を傾げる。

 エレノーラは近くの女官を手招きすると、「レオポルトを連れてきてちょうだい」と指示を出した。


 やがて戻ってきた女官に抱きかかえられたものを見て、リゼットは目を輝かせた。


「まぁ、猫さん!」


 それは一匹のトラ猫だった。

 女官からトラ猫を受け取ったエレノーラは、人払いをしてからリゼットににこりと微笑みかけた。


「この子に見覚えはない?」


 エレノーラの膝でゆったりと寛ぐ、ふさふさと毛足の長いトラ猫。

 体格も毛並みも記憶とずいぶん違うけれど……。


「……もしかして、あの時のトラ猫さんですか?」

「当たりよ」


 王妃殿下が満足そうにうなずく。


 リゼットがまだルシアンと婚約する前。

 エレノーラ王妃に招かれて参加したお茶会に乱入してきたトラ猫。怯えた様子で走り回った挙げ句テーブルの下に入って出てこなくなったトラ猫に、他の令嬢達が眉をひそめる中、引っ掻かれるのも構わず優しく抱き上げたのはリゼットだった。 


 実はそのお茶会は、エレノーラが義弟アルベールのために猫好きの令嬢を探す目的で開いたお茶会で、トラ猫もエレノーラの仕込みだったのだ。

 結果としてエレノーラがリゼットを見い出し、リゼットはアルベールと結婚することになったのだった。


「すっかり見違えましたね」


 リゼットは目を細める。

 あの時はガリガリに痩せ細り、長い毛も薄汚れて絡んでいたが、いまでは堂々たる体格になり、毛並みも美しく手入れされている。

 王宮で大切に扱われていることがひと目でうかがえた。


「あのお茶会のとき、王宮に住み着いていた猫達の中から、あえて一番みすぼらしい子を選んだのよ。躾のされた美しい猫では、真の猫好きを見つけるのは難しいですからね。まさかあなたほど素晴らしい方が見つかるなんて、本当に期待以上でしたわ」


 そうして選ばれたリゼットは、部分的にとはいえアルベールの呪いを解くことに成功した。

 アルベールの婚約者にリゼットを激推ししたエレノーラは鼻高々なのだった。


「と言っても、一番の功労者はやはりこの子ですからね」


 トラ猫の背を撫でながら、エレノーラが目尻を下げる。

 アルベールの呪いが部分的に解けたことを受けて、トラ猫は室内猫に昇格し、エレノーラによって「レオポルト」という立派な名前を与えられたらしい。


「ずいぶん懐いているようですが、もしかしてエレノーラ様が自らお世話されているのですか?」


 レオポルトはエレノーラの膝にゆったりと寝そべり、ふさふさの尻尾を機嫌良さげに揺らしている。


「お世話自体は主に女官達がしてくれているのだけど、一番可愛がっているのはわたくしかもしれないわねぇ……」


 そう言ってから、王妃殿下は小さく首を傾げた。


「ねぇ。リゼットさんはこの子を見てどう思うかしら? 主に見た目についてだけれど」

「そうですね……」


 そう言われてリゼットは、改めてトラ猫をまじまじと見る。

 手入れされた長い毛並みは文句なしに美しい。

 一方で、上下に潰れたような顔。耳は小さな折れ耳。「ナーゴ」というだみ声と顔の作りが相まって、表情はふてぶてしく見える。

 が。


「とても可愛らしいと思います!」


 リゼットが笑顔で答えると、エレノーラもまた顔を輝かせた。


「そうでしょう! わたくしもそう思うのだけど、みんなブサイクだと言うのよ」

「ブサイクといえばそうなのですが、そこが可愛いといいますか……」

「そう! そうなのよ! リゼットさんなら分かってくれると思っていたわ!」

「むしろなぜこの可愛さが分からないのかが分かりません」

「本当よね、こんなに可愛いのに!」


 どうやらエレノーラは、リゼットに負けず劣らず、かなりの猫好きらしい。

 同志に出会った嬉しさで、リゼットの緊張も一気に解けた。


「あ、あの……よろしければ私も触らせて頂いても?」

「もちろんよ! 可愛がってやってちょうだいな」


 上機嫌なエレノーラからレオポルトを受け取ったリゼットは、その手触りに思わず「ふわぁ……」と吐息を漏らした。

 アルの毛並みも艶々のふわふわだが、レオポルトは毛足が長い分、ふわふわの破壊力がすさまじい。


「すごいです! こんなにふわふわだなんて……!」


 リゼットはうっとりとした表情で、トラ猫の頭から背中にかけて撫でていく。顎の下をちょいちょいと撫でてやると、トラ猫はゴロゴロと喉を鳴らした。


「そうそう。そういえば……」


 リゼットを微笑ましく見守っていたエレノーラが、おもむろに扇で口元を隠し、声をひそめた。


「実際のところどうなのです? アルベール殿の抱き心地は」

「えっ!? 抱っ……!?」


 リゼットはトラ猫を撫でる手を止めて固まった。

 エレノーラの目は興味津々といった様子で輝いている。


 ぽわわん、とアルベールとのベッドでのあれやこれやが頭に浮かび、リゼットはポッと頬を染めた。恥ずかしそうに眉を下げる。


「えっと、その……とても優しくして頂いています……。ぎゅっと抱きしめられるとすごく気持ちよくて安心して、でもドキドキしてしまって……。ほとんど毎日なので少し疲れますけど嬉しい気持ちの方が……」

「ちょっとお待ちなさい」


 しどろもどろで言葉を紡ぐリゼットを、エレノーラが真顔で止めた。


「わたくしの聞き方が悪かったのかしら……。あのね、さすがに義弟夫婦の閨でのことを尋ねるほどわたくしも野暮ではありませんよ」

「え? え?」

「わたくしが聞きたかったのは黒猫のことです」

「あ……ああ……!」


 ようやく理解したリゼットは、さらに真っ赤になった顔を両手で覆った。

 エレノーラは、「まぁ夫婦仲が良いのは喜ばしいことね」と微笑んでいるが、あまりの恥ずかしさにリゼットはエレノーラの顔が見られない。


「ああああの、その、素晴らしい撫で心地、です……」


 蚊の鳴くような声で答えると、王妃殿下は「やっぱりそうなのね!」と声を弾ませた。


「わたくしがアルベール殿の黒猫姿を見たのは随分前に一度きりなのだけど、素晴らしく艶のある毛並みだったのよね。触れるのはさすがに遠慮したのだけど……」


 エレノーラが王家の呪いのことを聞かされ、アルベールの黒猫姿を目にしたのは、二十年前、王家に嫁いで間もない頃のことだったという。


「当時の王妃殿下……亡くなったアルベール殿のお母様のご様子が、こう言ってはなんだけど普通ではなくてね……」


 アルベールには長兄である現国王陛下の他に、兄が一人と姉が一人いる。

 四人兄弟の母親である前王妃は、隣国から輿入れしてきた元王女。たおやかな美人で、おっとりとした性格で知られていた。

 実の子ども達に対してはもちろんのこと、侯爵家から嫁いできたエレノーラにも心を砕いてくれたという。


「お優しい方だったのだけど、ただ一人、アルベール殿にだけは冷たい態度を取られていた。冷たいというよりも、完全にその存在をないものとして扱っておられたの……」


 当時わずか五歳の幼子だったアルベール。

 母親は幼い末の子を抱きしめることはおろか頭を撫でることもなく、微笑みかけることも、その名前を呼ぶことすらしなかった。アルベールがおずおずと話しかけても、まるで聞こえていない、姿が見えていないかのように、視線を向けることすらしない。


 その異様な光景に、いったいどういうことかと夫を問い詰め、王家の呪いのことを知らされたのだという。


「自分の産んだ子が呪いを受けていたという事実に、お義母様は耐えられなかったのでしょうね……」


 そんな母親に倣ってか、次兄と姉もアルベールに素っ気ない態度を取っていたそうだ。

 長兄である現国王とエレノーラだけはなにかと気にかけるようにしていたが、アルベールはどんどん心を閉ざしていったのだという。


「うつむき、表情を無くしていくアルベール殿が不憫でね……」


 エレノーラが痛ましげに柳眉を寄せる。


「……旦那様……」


 リゼットの声が震える。気づけば涙が頬を伝っていた。

 初めて知る、アルベールの過去だった。

 アルベールはあまり家族のことを話さない。現国王夫妻との関係が良好だから、家族仲は悪くないのだろうと、勝手に思い込んでいた。


 リゼットもまた、家族から軽んじられて育ってきた。

 けれどアルベールは、そんなリゼットよりもはるかに辛い思いをしてきたのだ。

 それなのに恨み言を言うでもなく、いつだってリゼットを気遣ってくれている。

 リゼットの瞳からまた温かな涙が溢れた。


「だからわたくし、呪いのことを知ってもアルベール殿を大切にしてくれるお嫁さんを、どうしても見つけて差し上げたかったのです。リゼットさんがアルベール殿と結婚してくれて、愛してくれて、本当に良かったと思っているのよ」

「私も……」


 リゼットは涙を拭い、微笑みを浮かべる。


「私の方こそ、アルベール様と出逢えて本当に幸せです。エレノーラ様のおかげと、それから……」


 トラ猫を抱き上げ、真正面から見つめる。


「レオポルト、あなたのおかげね。私と旦那様を引き合わせてくれてありがとう」


 額に口づけると、レオポルトが「ナーオ」と機嫌よさげに尻尾を揺らした。






 エレノーラとすっかり話し込んでしまい、リゼットが公爵邸に帰り着いたのは日が落ちてからのことだった。


「ただいま戻りました」


 玄関ロビーに入ると、すかさず姿を現した黒猫が、リゼットに向かい音もなく駆けてきた。

 ぴょんと胸元目がけて飛びついてきた黒猫を、リゼットは両手で抱きとめる。

 その柔らかな温もりに、胸がキュンとときめいた。


「ただいま、アル」

「にゃーお」


 額にチュっと口づける。 

 黒猫は甘えるようにすりすりと耳の付け根をリゼットに擦りつけていたが、不意に動きを止め、スンスンと鼻を鳴らした。


「ナーゴ、ナーゴ!」


 リゼットを見上げ、不機嫌な声でしきりに何かを訴えかけてくる。リゼットは黒猫を抱いて足早に自室へ向かった。


「遅くなったから怒ってるの? ごめんなさいね、すぐに呪いを解くわ」


 自室の扉を閉め、常備してあるローブで黒猫をくるんだのと同時に、待ちきれないとばかりに黒猫がリゼットの唇を奪った。


 たちまち人間の姿に戻ったアルベールは、リゼットの顔を間近に覗き込んで不機嫌に眉を寄せた。


「リゼットから他の男の臭いがする」

「えっ」


 思いもよらない抗議に、リゼットは目を瞬いた。

 外出中に男性と接することがあっただろうか、と思い返してみるものの、馬車の乗り降りの際に手を借りたことくらいしか思い当たらない。


「そんなはずはないのですけど……」

「いいや、絶対にする。……他の雄猫の臭いが」


 憮然と言われ、リゼットはもう一度目を瞬いた。

 それならば心当たりはある。


「ああ、レオポルトですね! エレノーラ様の猫さんです。あ、ほら、私が旦那様と結婚するきっかけになったトラ猫さんですよ」

「……まさか君はそのレオポルトとやらに触ったのか」

「はい! 長い毛がふわふわのもふもふで、とっても気持ち良かったです!」

「きもちよ……」

「すっかり人に慣れていて、膝の上でも寛いでいて」

「ひざ……」


 頬を上気させるリゼットとは対照的に、アルベールの顔色はどんどん悪くなっていく。


「ふふっ、ちょっと潰れたようなお顔なんですけど、そこがなんとも可愛らしくて……」

「俺よりもか」

「え?」

「そのレオポルトとかいう奴は俺より可愛いのか」


 泣き出しそうな顔で見つめられ、リゼットはぽかんとした。


「……あの、旦那様。もしかして、やきもちを焼いておられるのですか?」


 そう問うと、アルベールは目許を赤くし、気まずそうに目を逸らしながら小さくうなずいた。


「でも、レオポルトは普通の猫さんですよ?」

「……それでも。君が他の猫を可愛がっているところを想像しただけで、嫉妬でどうにかなりそうなんだ……」


 落ち込んだ声で言って、アルベールはもたれかかるようにリゼットの首筋に顔を埋めた。

 すり、と柔らかな黒髪がリゼットの頬をくすぐる。

 黒猫姿のときはともかく、本来の姿のときはいつだってリゼットを甘やかしてくれるアルベール。珍しく甘えてくる夫の姿に、リゼットの胸は甘く切なく締め付けられる。

 リゼットはアルベールをそっと抱きしめ、後頭部を優しく撫でた。


「旦那様。私にとって、アルより可愛くて愛おしい猫さんはいませんよ」

「……本当に?」

「もちろん。アルが世界で一番です。旦那様を悲しませるくらいなら、私、今後はアル以外の猫さんには触れないようにします」


 ちょっと、いやかなり辛いけれど。

 「また一緒に猫について語らいましょうね!」と目を輝かせていたエレノーラにも申し訳ないけれど。

 それでも、リゼットにとってアルベール以上に大切な存在はいないのだ。


 アルベールはしばらく無言でいたが、「いや、そこまではしなくていい」と顔を上げた。


「君がどんなに猫が好きか、分かっているつもりだから……」

「……いいのですか?」

「いい。本音を言えば君の腕も膝も俺が独占したい、が、我慢する。……だが、あの、腹を吸うのだけは、他の猫にはしないでほしい。あれはなんというか……とても破廉恥だ」

「はれんち」


 意味が分からずリゼットは目を瞬くが、アルベールの表情は大真面目だ。


「えっと……分かりました。あの、もしかしてアルにもしない方がいいのでしょうか……」

「いや、いい。俺にだけは、してもいい。君が望むなら……」


 死ぬほど恥ずかしいが耐える、と口の中で呟いた声はリゼットの耳には届かず、リゼットは「嬉しいです!」と顔を綻ばせた。


「それと、もう一つ……」


 ちゅっとリゼットの唇に軽い口づけを落とし、アルベールが至近距離でリゼットを見つめる。


「キスも駄目。リゼットの唇は俺だけのものだから」


 金色の瞳が肉食獣のように煌めく。

 魅入られたように、リゼットは頬を染めてうなずく。

 はいと応える声は、深い口づけに甘く溶けた。


近いうちに黒猫視点の後日談も追加する予定です。もし良かったら待ってて下さい……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても可愛らしい猫ちゃんと、微笑ましいふたりのお話でした。お姉さんとして、我慢していたリゼットが幸せになって、本当によかった。 猫吸いはアルから見たら、ハレンチかもしれませんが、猫はす…
[一言] ……そうか。 猫吸いは破廉恥か。
[一言] 小さくて大きな心に灯りが灯るような温かい物語りでした。胸がギュッと痛くなったりしましたが、HAPPYEND本当に良かった! 2人とも初恋成就おめでとうヽ(´▽`)/ これからもにゃーにゃー(…
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