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14 二人と一匹の幸せな生活

 夜更けの公爵邸。

 夫婦の寝室に置かれた、ゆったりサイズのソファ。

 夜着姿で腰掛けるリゼットの膝の上では、一匹の黒猫が丸くなっている。


 機嫌良くゴロゴロと喉を鳴らした黒猫は、すっくと立ち上がると、リゼットの唇に鼻先を近づけた。

 けれどその鼻先は、唇に触れる前にリゼットの手の平に阻まれてしまう。


「まだ駄目よ、アル。ブラッシングが終わってからね」

「ミャウ……」


 しょんぼりとヒゲを垂れて、黒猫は渋々といった様子で再び丸くなった。

 その背中に、リゼットがブラシを当てる。


「にゃふ……」 

「ふふっ、今日も艶々のふわっふわね」


 黒猫に頬ずりし、リゼットはうっとりと吐息を漏らす。


 夜の間だけ黒猫になる呪いにかかっていたアルベール。

 その呪いはリゼットとの口づけで解けた……かに思えたのだが、残念なことに解呪の効果は一晩限りだった。

 今でもアルベールは、太陽が沈むと同時に黒猫の姿になってしまう。人間の姿に戻るにはリゼットとの口づけが必要だった。


 そんな部分的な解呪とはいえ、アルベールにとって人生を一変させるものであることには間違いない。

 先日、その報告のため、アルベールとリゼットは揃って王宮に赴き、アルベールの兄夫婦である国王陛下と王妃殿下に私的に謁見した。


 歳の離れた弟を心から案じていた国王夫妻は大いに喜び、リゼットが恐縮してしまうほどの感謝の言葉を繰り返し口にした。


「やはり、わたくしの見立てに間違いはありませんでしたわね!」


 鼻高々にそう言ったのは王妃殿下であった。

 王家から伯爵家への婚約打診の際の、王妃殿下がリゼットを見込んだという説明は、どうやら本当のことだったらしい。


 実は、リゼットがミシェルや他の令嬢達と共に招待された王妃殿下のお茶会は、義弟の婚約者候補を探すために王妃殿下が企画したものだったのだ。

 会場に迷い込んできたトラ猫も、猫好きの令嬢を見つけるための王妃殿下の仕込みだったと知って、リゼットは唖然とした。立役者となったトラ猫は、今も王宮で大切にお世話されているそうだ。


「リゼットさんしかいないと思ったのだけど、アルベール殿の説得に手間取っている間にリゼットさんの婚約が決まってしまって……。あの時は本当に無念でなりませんでしたわ。婚約が解消されたと聞いて、すぐさま伯爵家に婚約を申し入れましたのよ」


 そこからは、アルベールの気が変わらないうちにと大急ぎで手続きを進めたのだと聞いて、リゼットはあの急展開にようやく合点がいったのだった。


 そんなことを思い出していると、ふいにチョンと唇に温かいものが触れた。

 白い光に包まれた黒猫が、アルベールへと姿を変える。


「隙あり」


 ニヤリと口の端を上げるアルベールに、リゼットは頬を膨らませる。


「もうっ。ブラッシングの途中でしたのに」

「十分気持ちよくしてもらったよ。今度は俺の番」


 用意してあったローブを素早く羽織り、アルベールがソファに腰掛ける。

 「おいで」と甘やかに微笑み、リゼットに手招きした。




「……やっぱり恥ずかしいわ」


 リゼットが頬を染めて呟く。


「どうして?」


 リゼットはアルベールの膝の上に横向きに座っている。アルベールの手にはブラシ(もちろん人間用の)があり、丁寧な手つきでリゼットの薄茶色の髪を梳いている。


「リゼットなんて、いつも俺にもっと大胆なことをしてるのに」

「あ、あれは相手が猫さんだからで……!」

「正体は俺だと、もう知ってるくせに」


 アルベールがクスクスとからかうような忍び笑いを漏らす。リゼットはますます顔を赤くした。

 そう、リゼットはその正体を知ってからも、以前と変わらず黒猫を愛でている。

 本当はアルベールだと分かっていても、もふもふの誘惑には勝てないのだ。

 以前と違うのは、黒猫を抱いて寝ることがなくなったことくらいだろうか。


「ブラッシング、気持ちよくない?」

「気持ちは、いいですけど……」


 黒猫を愛でた夜は、お返しとばかりにアルベールにじっくりと甘やかされる。

 恥ずかしいけれど、それ以上の幸福感がリゼットを包んでいる。


「だったらさせて。いつものお礼。それに、俺の手でリゼットが綺麗になるの、すごく嬉しい」

「……でも、どうせこの後すぐに乱れますのに」


 横目で軽く睨むと、アルベールはブラッシングの手を止め、悩ましげな溜息をついた。


「リゼット、君はどうしてそう無防備に煽るようなことを……」

「旦那様? ……きゃっ」


 小首を傾げるリゼットを軽々と横抱きにして、アルベールは立ち上がった。そのままベッドへと足を向ける。


「君を綺麗にするのも乱すのも、俺だけの特権。さっそくその権利を行使させてもらうことにしようかな。君が黒猫にする何倍も可愛がるから覚悟して」


 蕩けるような金の瞳に見つめられ、リゼットは頬を染めてうなずく。


「……はい。存分に可愛がって下さいませ、旦那様」


 愛しい夫の首に腕を回し、その頬に口づけて、リゼットは幸せいっぱいに微笑んだ。







〈了〉

本編最後までお読み頂きありがとうございました!

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よろしければ引き続き、後日談にお付き合い下さい♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] 段々と糖度を増していき、最後は甘さにエロさも(笑)加わって、まさに大団円ですね! [気になる点] リゼットの「猫可愛がり報告」、関係者の皆様視点だとどんな感想だったんでしょうね? [一言]…
[良い点] 産まれる子供も黒猫か
[一言] このあとめちゃめちゃブラッシングするんですねわかります。
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