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13 夜会にて

 一ヵ月後、リゼットは実家である伯爵家の夜会に参加していた。

 妹のミシェルの誕生日を祝うパーティーだが、ミシェルと侯爵家のルシアンとの婚約のお披露目も兼ねている。


 多くの出席者達に囲まれているミシェル達から離れ、リゼットは一人、壁際に佇んでいた。

 落ち着いた濃緑色のドレスが、思慮深いリゼットの雰囲気によく合っている。全体に施された金糸の刺繍が、華やかさを添えていた。


「お姉様」


 声をかけられ、リゼットは振り向いた。人垣から抜けて、ミシェルとルシアンが歩み寄ってくる。


「お祝いに来て下さってありがとう。……あら、お一人なの?」


 ミシェルがわざとらしくリゼットの周囲を見回す。


「ええ、ちょっと……」


 言葉を濁してから、リゼットは改めて二人に向き直った。


「お誕生日おめでとう、ミシェル。それから、改めてご婚約おめでとうございます」


 やわらかな微笑を向けると、ルシアンがわずかに目を見開き、頬を染めた。


「……ありがとう。リゼット嬢は、その、雰囲気が変わったね。すごく綺麗になった」


 まぁ、とリゼットは目を瞬く。わずかな期間だったとはいえ、ルシアンから婚約中にこんなふうに褒められたことは一度もなかった。

 そんなルシアンは、隣でミシェルが不機嫌そうに眉を寄せたことにはどうやら気付いていないらしい。


「社交辞令とはいえ、嬉しく思いますわ。ですが、これからは名前で呼ぶのは控えて下さいませ。すでに公爵家に嫁いだ身ですから」


 困ったように眉を下げて微笑むと、ルシアンはますます顔を赤くした。

 本人は自覚していないが、美しく着飾ったリゼットからは、清楚でありながら匂い立つような色気が漂っている。

 先ほどから、何人もの男性がチラチラとリゼットに熱い視線を送っているのだが、これまたリゼットは全く気付いていないのだった。


「あら、そのわりには公爵様のお姿が見えないようだけど」


 唇を尖らせてミシェルが口を挟む。

 それから、歪んだ笑みを浮かべてリゼットを見た。


「お可哀想なお姉様。やっぱり公爵様はお姉様になんか興味がないのね。ねぇ、お姉様、いっそのこと実家に戻って来られてはいかが?」

「それは困るな。俺の女神を手放すわけにはいかない」


 割り込んできた声に、三人は一斉に振り返った。

 リゼットと揃いの濃緑色の衣装を着こなしたアルベールが、颯爽と歩み寄ってくるところだった。艶やかな黒髪がさらりと揺れ、金の瞳が宝石のように光を帯びている。

 その瞳はまっすぐにリゼットだけを映していた。


「一人にしてすまなかった、リゼット。珍しく夜会に参加したものだから、次々と知人に捕まってしまって」

「いいえ、大丈夫ですわ、旦那様」


 アルベールはリゼットの隣に立つと、その細い腰を抱き寄せ、甘やかに微笑みかけた。

 そのあまりに麗しく色気に溢れた表情に、周囲で成り行きを見守っていた貴婦人達が揃って頬を染める。

 ミシェルもまた、アルベールの微笑に頬を紅潮させた。


「お久しぶりです、お義兄様」


 上ずったミシェルの声に、アルベールはようやくその存在に気付いたかのように視線を向けた。


「ああ、結婚式以来ですね。この度はお誕生日おめでとう、ミシェル嬢。それからルシアン殿との婚約も」

「まぁ、お義兄様。嫌ですわ、そんな他人行儀にされては。わたし達、義理の兄妹なんですもの。ミシェル、とお呼び下さいませ」


 ミシェルが潤んだ瞳でアルベールを見上げる。


「今度、公爵邸にお邪魔してもいいでしょう? こんな素敵なお義兄様とお茶をご一緒できるなんて夢みたいですわ」

「おい、ミシェル……」


 ルシアンが小声でミシェルを窘めるが、ミシェルの口は止まらない。


「お姉様って、このとおり口下手で面白みのない人でしょう? 見た目も地味だし。王命とはいえアルベール様がお気の毒で。わたしならアルベール様を――」

「俺の妻を侮辱するのはやめてもらおうか」


 冷え冷えとした声音。威圧するような金の瞳に見下ろされ、ミシェルはヒュッと息をのんだ。


「リゼットは素晴らしい女性だ。美しく、品があり、思慮深くて思いやりに溢れている。……君と違ってね」

「ひ、酷いわ……」


 ミシェルが唇を震わせた。


「お姉様ね! お姉様がアルベール様にわたしのことを悪く言ったんでしょう!」


 ミシェルは大きな目に涙をため、リゼットを睨み付ける。

 その視線からリゼットを守るように、アルベールが前へ出た。


「リゼットは君の悪口など一言も口にしていないよ。酷くてけっこう。俺もリゼットも、君達から優しさを期待されても困るのでね」


 誰もが君を選ぶなどと、思い上がらないことだ。

 アルベールが小声で囁くと、ミシェルは顔色を青くしてうつむいた。


 そろそろ失礼しようか、とアルベールがリゼットを促す。


「俺とリゼットは二人で幸せになるのでお構いなく。君達もどうぞ末永くお幸せに」


 感情の籠もらない微笑みを残し、アルベールはリゼットをエスコートして踵を返した。

 リゼットは去り際に、うつむいたままのミシェルとルシアンをちらりと振り返る。

 風の噂では、ミシェルとルシアンの恋は、リゼットとの婚約解消の頃をピークに盛り下がり、今では良好とは言えない関係になっているらしい。


「二人のことが心配?」


 アルベールの問いかけに、リゼットは少し考えてから小さく首を振った。


「いいえ。私、これからは、私を大切に思ってくれる方達のために、自分の気持ちも時間も使っていきたいです」


 アルベールと顔を見合わせ、ふわりと微笑み合う。

 あとはもう振り返らず、リゼットはアルベールと共に会場をあとにした。




 その後、アルベールが積極的に社交界に顔を出すようになったことで、公爵家は存在感を増すことになる。

 また、アルベールは、兄である国王の補佐として、国政において重要な地位を確立する。

 リゼットもそんなアルベールの最愛の妻として、社交界で一目置かれるようになっていった。


 公爵家への注目が高まる一方、その公爵家から疎遠にされている伯爵家と侯爵家からは、どんどん人が離れることになっていく。

 ミシェルとルシアンは、「真実の愛」などという噂を流した手前、婚約を解消することもできず、ギスギスした関係のまま結婚。お互いに外に愛人を作り、真実の愛とはほど遠い仮面夫婦になったのだった。

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