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1 出逢い

「すまないが、君を愛することはできない」


 硬い声音で告げられ、リゼットは目を瞬いた。

 夫となったばかりの青年、アルベールを声もなく見上げる。

 教会で親族のみの結婚式を済ませ、この公爵邸に輿入れしてきた直後のことである。


「君には不自由のない生活を保証したいと思っている。必要なものがあれば執事のセバスチャンに言ってくれ。可能な限り融通しよう」


 そう話す間も、夫アルベールはリゼットを見ようとしない。彼の目は、今朝教会で初めて顔を合わせた時からずっと、リゼットを拒絶するように逸らされたままだった。


「君が望むなら愛人を作っても構わない。子どもは諦めて貰わなければならないが……」

「そのようなお気遣いは無用に願いますわ」


 穏やかな口調で、けれどきっぱりと口を挟めば、アルベールの金の瞳が初めてリゼットに向けられた。


「……そうか。気が変わったらいつでも言ってくれ。では俺はこれで失礼する」


 そう言い残すと、アルベールはさっと身を翻して部屋を出て行った。

 パタンと閉められたドアを見つめ、残されたリゼットは一人そっと息を吐いた。







 その日の夜更け、リゼットは自室で一人、ソファに腰掛けていた。

 あれから初老の執事セバスチャンに屋敷の中を案内してもらい、一人で夕食を済ませ、年嵩の侍女マーサの手を借りて寝支度を整えたところである。


 マーサの淹れてくれたハーブティーに口を付けながら、リゼットは夫となった男のことをぼんやりと思い浮かべた。


 癖のない艷やかな黒髪、涼やかな目元、すっと通った鼻梁、形の良い薄い唇。すらりと背が高く、まるで王子様のように麗しい姿。

 その口から紡がれた言葉がもっと柔らかなもので、口元に笑みの一つでも浮かんでいたなら、恋愛ごとに疎いリゼットですらきっと頬を染めていたことだろう。


 事実、アルベールは元王子様なのだ。現国王陛下の年の離れた弟君で、公爵家の若き当主。

 高い身分に極上の容姿。普通であれば、貴婦人達が放ってはおくはずがない。

 だというのに、アルベールは二十五歳になるまで婚約もせず、独身を貫いていた。


 そんなアルベールとリゼットが結婚することになったのは、王命によるものであった。

 兄夫婦である国王陛下と王妃殿下が、アルベールを熱心に説得したと聞いている。

 アルベールにとっては不本意な結婚だったのだろう。リゼットを拒絶するような態度から、それは容易に察せられた。


 愛することはできない。

 その宣言を実行するかのようにアルベールは自室に引きこもり、夕食の場にも姿を現さなかった。

 一応、初夜ということで薄化粧を施して新郎の訪れを待ってみたが、それも無駄に終わりそうだ。


(もう、寝てしまってもいいわよね……)


 虚しさと、ほんの少しの安堵を覚えながら、部屋の灯りを消そうとしたときだった。


 コトリ、とバルコニーの方で小さな音が鳴った。


(風かしら……?)


 カーテンを引き、掃き出し窓をほんの少し開けて目をこらす。

 ひんやりとした宵闇の中、何かが蠢く気配があった。


 満月のように光る二つの目。

 バルコニーの手すりの上、闇に溶け込むようにして、一匹の黒猫がいた。

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