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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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96 三人で乾杯

 神子として遠征を始めた三年間、北西の街での予定は、到着後の午後はウィノラとゆっくり過ごし、夜は晩餐。翌日は治療院の院長たちと会談をして、翌々日はカティと街をお忍びで歩いた。

 去年はカティの同行もなく、デルミーラを亡くした悲しみを引きずり、城にこもって過ごしたが。


 そして今――なぜこの流れになったのか、エルーシアは髪を栗色に染め、生成りと青地のシャツワンピースに身を包んでいる。

 いつものお忍びでは使用人の制服を借りていたが、アリッサからもらったワンピースを着て街に出ている。折角あるのだからと、勧められて。


 昨年も視察をしていないから。遠征の息抜きに。王都に戻ったらお忍びの機会も少ないから。多忙になる前に気分転換を。午後の予定がないから――色々な理由をクロードに告げられ、ルークとロズの外出についてきている。

 いつもぴたりと張りつくクルルは、二歩ほどの距離をあけて追う。


 二人の午後の予定は、ロズが国境勤務をしていたころのお気に入りの飯屋で昼食をとり、広場をまわること。

 広場の近くに孤児院もあるので、少し足を延ばせば視察もできる。


「午後の予定をクロードに教えていたんですか?」

「朝食のときに予定を話していたが、クロードも同じテーブルにいたからな」

「夜は立食パーティーだから、散策(さんさく)でお腹を減らすように注意されました」


 エルーシアは二人に挟まれ、眉をひそめて歩いているが、ルークは腕を少し動かし、掴まるように(うなが)した――クロードに手を引かれたり、腕に手を添えたエスコートをよく見ているからだろう。

 街中で貴族のように手を引くと目立つから、寄り添う恋人たちとしか思えない、こっちを選んだか。


「長い昏睡から起きたばかりだ。外出で無理はしてほしくない」


 隣を見上げて断ろうとしたエルーシアだが、優しげに見つめる気遣いを込めた瞳に断り文句を探せず、手を添え、いつもとは異なる行動で、秘めると決めたはずの想いが胸を騒がせ始める。

 街を眺めていたロズは何かに気づき、ふいっと顔を向けてルークに話しかけた。私服ではなく、制服を着てきて正解だと――なんの話かとエルーシアが不思議そうにするので、前に立ち寄った町で、騎士たちに足止めされたことを教える。


「そんなことがあったんですか」

「でも今なら、国内のあちこちから集まった騎士も街に立ち寄るので、騎士服で出歩いても、見ない顔だと声をかけられないみたいです。騎士に絡む者もいないから、安全に歩けますよ」

「街に着いたときは閑散としていたが、人の出も少し増えたな。巡回以外で、騎士服のまま歩いている奴も結構多いぞ」

「国境の壁も中央以外では通常警備に戻って、訓練生や新人騎士たちは休暇をもらえるはずです。馬での移動中に魔物と遭遇することもありますから、街に来るときは騎士服のままが多いですよ。自分も休暇は騎士服で過ごしてました」


 話を進め、足を進め、騒ぎ始めた鼓動を抑えるように、賑やかさを取り戻しつつある街中を眺め、ロズのお気に入りの飯屋前へと着き――小声で、神子様の口に合うかと(たず)ねるのに、庶民ですよと答えたあと、三人と一匹は店内に入った。

 昼時なのもあり、街の住人たちで混雑しているが、マント姿で大柄のクルルは目立ち、両手に料理の皿を持った店員がすぐに駆け寄り、奥のテーブルを勧めた。まだ、前にいた客の食器は片付けていないが、ほかに空席はなく、大柄な客は立たせたまま待たせるより、壁際にいたほうが通行の邪魔にならないからだ。


 奥のテーブルで壁際にエルーシアとクルルが座ると、ルークとロズは向かいに腰を下ろし、メニュー表を開く。

 お忍びでも街中の飯屋や飲み屋へ足を運んだことのないエルーシアは、じっくりと目を通し、ルークはロズにお薦めの料理は何かと問う――他国の者である以前に、あまり料理名の知識はない。


 ロズは(いく)つかの料理名を告げ、多くの種類が食べられるよう皆で取り分けることを提案し――それならとエルーシアは、豆と温野菜のサラダに、エビのパスタをお願いする。

 クルルには、城を出る前に果物を用意してもらい、それが頬袋に入っているから心配はない。


「おや、ロズじゃないか。第二に派遣されるって話していたのに、もう戻ったのかい?」

「女将さん、久しぶりです。国境の作戦で寄っただけで、明後日には街を()つんです。なので、その前に食べにきました」


 テーブル上を片付けにきた様子で大きなトレイを持った女性が近寄り、ロズがいることに驚きの表情を見せ、ロズは笑顔で街にいる事情を簡潔に説明する。

 人懐っこいロズだ、お気に入りの飯屋だと通い、店の者とも顔見知りになったのだろう。


 食器を下げて注文を聞くと、女将さんはエルーシアに視線を向けてにっこり笑い、厨房へと姿を消した。

 その態度には気づいていないのか、気にしていないのか。ルークは、キッシュ以外のエビ料理も好物なのか尋ね、混雑した店内で聞き耳を立てる者はいないだろうが、エルーシアは答える声を小声に変えた。


「あちらでの海に生息するエビに、見た目や味が似ているんです。どんな料理でも美味しいので、好きになりました」


 頭に浮かぶのは、オマールエビ。焼いても茹でても、どんな料理でも美味しく調理でき、出汁もよく取れる。

 前世で食べた記憶は、結婚式やバイト先のフェアで数回しかないが、美味しさに頬を緩めた覚えはある。


「あっちの海の生き物か……生き物は同じなのか?」

「生き物も植物も、同じのもありますが、違うものも多いですよ。たまに、どちらの情報か混乱しますね。それで薬の開発は苦手なんです」

「えっ?医師と並ぶ知識があって、薬の調合もできるのに、開発が苦手なんてあるんでしょうか」


 意味が分からないと片眉を下げるルークと、目を丸めるロズに説明する。前世の記憶で毒があるはずの植物に毒はなく、美味しく食べていた植物に毒がある。色や見た目が異なっていたり、料理や菓子に入れていた身近な植物が、生育の難しい植物に分類されていると。

 教科書どおりになら、丸暗記で調合はできるが、新たに開発するには、前世の記憶が邪魔をする。何を足し引きすればいいのかが、分からなくなるのだ。


「でも、軽傷回復薬を開発しましたよね?」

「あれは出来上がった品を組み合わせただけですから……例えば、市販の紅茶に、市販のジャムを加えるようなものです。新たな飲み物を考えたわけじゃないですよ」


 だから夢で見た料理も、自身では再現できない。手を怪我しないよう調理を禁じられているのもあるが、下手をすると、毒を持つ食材で調理することになる。

 あちらでのレシピを伝え、味や食感がどんなものかと説明するだけだ――それで再現するマコンの、食への情熱に感謝である。


「だが、高価な外傷回復薬を何かに混ぜようなんて発想は、エルじゃないと出ないだろ」


 ふと呼ばれる愛称。優しさからの提案を受け入れたが、呼ばれ慣れるより前に、深い想いがあるとも誓いを立てられた。

 改めて考えると胸が熱くなり、さりげなく髪を整えるように耳を手で隠す――街や孤児院の視察は見送って、部屋にこもるべきだったかと頭に(よぎ)らせる。


 向かいでは、ロズがルークへと説明をしている。先日エルーシアから聞いて納得した、外傷回復薬は特別高価な薬ではなかったことを。

 そんな奥のテーブルに、にこにこ顔の男性が料理を運び、ロズは店主だと二人に紹介した――チーズとソーセージの盛り合わせ、牛肉と玉ねぎを詰めたパン、水鳥とトマトのグラタンなど注文品と取り皿が並べられ、最後に差し入れだとワインを一本置く。


「可愛くて似合いの子じゃないか。ロズは騎士なのに、買い出しの荷降ろしを手伝うような、素直でいい奴なんだ。よろしく頼むよ」


 エルーシアの顔を覗くとロズの肩を叩き、呼ばれて忙しそうに厨房へと戻る。

 今日のエルーシアは町娘風の格好をしているから、店主夫妻に恋人だと勘違いさせたのだろう――ようやく気づいたロズは、あわあわする。


「あの……すいません。ちゃんと誤解を解きます。女性を連れてきたことがないので、勘違いをさせたみたいです」

「用意してもらいましたし、このワインは頂きましょうか。ですが誤解なので、差し入れではなく支払いはお願いします」


 ロズはこくこく(うなず)き、ジャケットを膨らませている内ポケットを叩く。昼食とエルーシアの買い物で支払うようにと、クロードからコインの革袋を預かっている。

 支払いで簡単に他者と触れ合わせないためであり、責任の重みはコイン以上にある。


 ルークはワインの栓を抜くとグラスに注ぎ、三人の前に置いて口角を上げる――(さげす)みの目を受け入れ、降りかかる問題を避けるように生きてきたのだ。

 昼から飲むことも、ゆっくり飯屋に腰を据えることも少なかった。目についた料理で腹を満たして早々に出るか、包んでもらって外で食べるかだ。


 まだ差別されるが、半獣人だと隠したり避けたりする必要はなく、これまで知ることのできなかった世界で、身に染みる居心地のよさ。椅子の下ではゆらゆらと尻尾も揺れる。

 世界を変える価値のある愛しい人と、気心許せるようになった友に、感謝の想いを込めてグラスをかかげる。


 吸い込まれそうな黒い瞳を向けられ、落ち着きを求めて細く息を吐いて、淡々とエルーシアもグラスをかかげる。

 多くの危機を避けて乗り越えるため、秘めると決めた感情を抑え込んで微笑む。深まる想いを隠すのは容易ではないだろうが、その道を選んだから。


 続いてロズもグラスに手を伸ばす。魔力の通りのよくなった手だ――背中を守ると固めた決意、内ポケットに託された信頼の重み、相談し合える友という存在。遠征で多くのものをこの手に入れた。

 まだまだ未熟だが、成長を約束されている。これからの頑張りに、前を向いてグラスをかかげる。



 三人がワインを喉に落として追加を注ぐと、クルルもグラスを前に押し出した。飲みたい様子で、黒い仮面をルークへ向ける。

 だが、エルーシアはそのグラスを脇に移して、アルコールはダメだと(さと)し始めた。


 料理を取り分けながら、ルークは考える――与えて街中で酔われるのは困るが、夜にこっそり飲ませてみようかと。

 不可解な使い魔だ、いつもとは異なる行動をとり、少しは理解に近づけるかも知れない。


設定小話

前話でルークがロズの寝室にいたのは、この午後のお出かけ服の相談をされてたんでしょう

よき相談相手……なんでも相談します

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