95 十五年後の情報
ぱたぱたと足音を立てながらエルーシアは階段を下り、クロードの部屋へと急ぐ。途中、騎士たちの寝室前の廊下で、開いた扉からルークが顔を出した。
「急いでいるとき、その音をよく出すよな。何か問題か?」
前置きなく覗かせる顔に思わず息をのむが、ロズも隣から姿を現し、何事ですかと問う。
朝食後、二人で部屋にいたらしい。部屋の位置からするとロズの寝室だ。
「あの……魔力の研究で思いついたことがあります。少しルークにも付き合ってもらっていいですか?クロードの部屋でお伝えします」
ロズを残して、ルークと並んで廊下を進むが、想いは秘めると口にしたからか、エルーシアの鼓動は落ち着きを取り戻している。
緑の札が掛かった部屋をノックし、返事を待つ間に、紙の束がばさばさ落ちる音や、舌打ちする音をルークの耳は拾う。扉から覗かせる顔は不機嫌かと思いきや、ノックしたのが誰か分かると、笑顔で二人を迎え入れた。
「二人で部屋を訪ねるなんて、何か嬉しい報告でも――」
「冗談に付き合う余裕はないの、聞いてほしいことがあるのよ。私だけじゃ答えを見つけられないの」
クロードは顔を険しく変え、夢のお告げかと尋ねるが、エルーシアは首を振り否定する。
「ウィノラが輝く人に会ってたの。幻だと思っているけど、二人が目撃した人と同じ存在よ」
その言葉にルークも息をのむ――エルフではなかったが、気になる存在であることに変わりない。
クロードは二つ備えつけられたソファを勧め、裏に返した連絡板や雑に重ねた書類を置いた書き物机から椅子を移動して腰を下ろし、詳しく話すよう促す。
皆が東街道を遠征しているころ、ウィノラは産み月が近づく大きなお腹で、不眠に悩まされていた。無事に生めるのか不安を抱え、日々大きくなる圧迫感や重み、不自由な体での運動不足などが原因だろう。
連絡板が欠けた日、一階にある私室で医師の検診を受けたあと、むくみ取りで足にマッサージをしてもらったのだ。
心地よさからうたた寝をしてカウチに身を沈め、夕闇迫るころ、体に走る痛みで目を覚ました。
部屋には誰もいない。医師たちは帰宅し、使用人たちは夕食や夜の支度に出ている時間で、ジェイは三階にある夫婦の部屋で、ウィノラのために入浴の準備をしていた。
助けを呼びたくても痛みで声はかすれ、少しずつ体をずらしてカウチから下りるが、その先に動く力は出ず、涙をにじませてお腹を抱えて祈った。母として、子を守りたくて。
世界樹に祈り、エルフに祈り、ジェイが駆けつけてくれることを祈り、遠くにいる友に祈り――世界のすべてに祈る。
しかし痛みは激しくなる。気を失いかけ、暗くなる部屋で涙をこぼしていると、眩しく輝く人が突然目の前に現れ、励ますように手を握って消えた――わずかな間の出来事。
痛みが見せた幻か、気づかぬうちに気を失ったか。でも、励ましをもらったのだ。息が荒くなる中、子を守るために、その手をサイドテーブルの引き出しに伸ばした――
「会ったのは……十五年前ではなく、つい最近ですか?」
「そうなの。ウィノラは妖精やエルフの物語が大好きだから、エルフではないと断言したわ。妖精みたいに光っていたから、妖精の女王を幻で見たと思っているの」
「妖精に女王がいるのか?」
「子供の絵本にあるような、おとぎ話よ」
その私室に入る許可をもらってほしいとクロードが口にすると、エルーシアはポケットから小さな鍵を取り出す。すでに許可を取っていると。
一階の私室は、足の悪いウィノラが一人で滞在したり、執務をするのに使用しているから、子を生んで使っていない。まだ痕跡が残っているかも知れないのだ。しかしエルーシアは輝く人に会っていないから、痕跡として何を探せばいいのか見当がつかない。
輝く人が何者なのか分からないが、不思議な粒の贈り主だ――ルークの奴隷紋の痛みを和らげ、特製箱馬車の扉をあけ、エルーシアの悪夢に反応する、謎多き粒。何者なのか、調べる価値はある。
三人は顔を見合わせると頷き、同時に立ち上がった。
※ ※ ※ ※
「使用してなくても、片付けたあとなのね」
ウィノラの私室に入り、カーテンをあけてエルーシアが口にすると、ルークはなぜ片付けたあとと分かるのか問う。
クロードは、カウチの周囲を注意深く観察しているが、何も見つけられないのか首を振る――ウィノラの話では、輝く人は肩下まで髪があり、十五年後の出現だが、ルークやクロードの目撃とも一致する。なら、揺れる髪の毛くらい落ちていてほしかったが、それもない。
エルーシアはカウチの近くに寄り、サイドテーブルの引き出しから、押し花を貼った木箱を取り出した。
片手に乗る大きさだが、重みがあるようで、中からじゃらりと音がする。
「ウィノラはこれを扉に投げて、助けを求めたらしいの。それなのに、片付けられているわ」
「ずいぶんと懐かしい品ですね」
ルークも近寄って木箱に視線を送るが、すぐに顔を扉へと向け、足音がすると教え、直後にノックが響いた。ティーセットは必要か尋ねにきた使用人である。
エルーシアは幼いころからウィノラに手を引かれて城内のあちこちを歩き、親友であり、神子である。右翼棟を出入りしても咎める者はいない。が、主が不在の私室に長居は不自然であり、痕跡も見当たらないのなら退室を選ぶ。
「昔を懐かしむために、この木箱だけお借りいたします。ウィノラ様にはこちらからご報告しますので」
エルーシアの手から重みのある木箱を取り、クロードは涼しげに告げ、左翼棟へ戻ろうと二人を促し、来た道に足を進める。
左翼棟に入ると、ルークがまだ足を踏み入れていない廊下に誘う。先にあるのは応接室だ。
「私の部屋は散らかっていますし、三人では狭いですからね」
扉を閉めるとソファに座り、木箱をテーブルに置き、二人も腰を下ろす。痕跡は見つからなかったが、情報の整理は必要である。
まず口を開いたのは、目撃したことのないエルーシア。目撃してないからこそ、疑問は多い。
「輝く人って、どう現れて、どう消えるの?ウィノラは涙でよく見えなかったらしいのよ」
「野営地に、流れ星みたいに現れましたよ。エルフだと皆で勘違して、身動きとれずに眺める前で、デルミーラに近づいて、わずかの間を置いて、また光の尾を引く流れ星のように消えました」
当時を思い返しつつ説明するクロードの言葉に、ルークは眉間にシワを寄せて、自身のときとは異なると告げる。
「鉱山の入り口に佇んでいたから現れたときは知らないが、魔物みたいに消えたぞ」
「大気に溶けるように、ですか?」
エルーシアの疑問に、魔物の消滅や輝く人がふと消えた様子は、その表現がしっくりくるとルークは頷きで同意する。
情報の整理をする時間が欲しいクロードは、木箱を引っくり返して中にあったリバーシの石を転がし、ルークに一戦を申し込む。
承諾の返事をもらい、木箱の底にあった紙を広げる。年季の入った厚手の紙に、少し歪な線でマスが書かれている。
よく見れば石の大きさも揃っておらず、白い面に花や星や三日月の絵が書かれた物も混ざっている。
「辺境伯の城に手製のリバーシか?」
「内緒ですが、この世界での、リバーシ第一号ですよ」
クロードは懐かしげに目を細めて最初の一手を置き、自身が石をつくり、黒い面はエルーシアが塗り、絵は可愛らしさを求めたウィノラが描いたと説明する。エルーシアは覚えていないが、三人の合作である。
「リバーシは、あっちのゲームなのか?」
「ええ、ずいぶん広まりました。リバーシの利益金のお陰で、この街の孤児院が充実したものに変わりましたよ」
「皆の売り込みが上手かったからでしょ」
ルークも一手置き、どう孤児院が変わったのか尋ねる。孤児院で育った身であり、国により、どう違うのかと疑問が芽生えたのだ。
クロードはリバーシの手を進め、石を返しながらエルーシアをちらりと見る。この回答は任せると――ルークも同じく石を置き、エルーシアが語り始めた説明に耳を傾ける。
この街は孤児が多かった。いや、今も多いが、昔はもっと多く、支援が十分に行き届いていなかった。
国境の壁は国一番の脅威で、街の近郊でも魔物の被害が日常だったからだ。怪我をして退役する騎士や命を落とす騎士が、跡を絶たなかった。
退役して去るときに預けられる子、夫を亡くして子を預ける妻。責めることはできない。自身の生活もどうなるか分からない状態なら、大きな街での支援に希望を託すだろう。
しかし大きな街とはいえ、資金にも限りがある。孤児があふれれば、部屋は足りず、食事の量も足りず、世話をする人手も足りなくなる。
それで、この地で再現したリバーシの製作工房を街につくり、希望する退役騎士や妻たちに新たな職場を提供して、開発品として得る利益を孤児院の運営にまわした。
結果、孤児院の建物は大きくなり、人手を新たに雇い、孤児の皆が育つ環境を提供できるようになり、生活が安定した親のもとに帰れる子も増えた。
これもエルーシアは覚えていないが、滞在中にウィノラから孤児院の状態を聞き、思いついた支援である――利益金は惜しくない。前世で暇潰しに遊んだゲームを再現しただけで、自らが考えたことではなく、苦労も努力もしていないのだ。
そして、愛し子の提案をデルミーラは受け入れた。望むことは叶えたいと――ただ、誰が開発者で支援者か隠すため、義理の兄である辺境伯を巻き込んだ。
「私は幼くて何もしてませんが、辺境伯が騎士たちに広めて、前辺境伯も王都で宣伝して、上手くリバーシを売り込んで街を変えたんです」
「今も利益金での支援が続いているのか?」
「いえ、商業ギルドからの利益金配当は十年で切れます。ですがリバーシの利益金が切れるころには、国境は落ち着く兆しを見せ始めたんです。長年、癒し手たちが頑張ってきたから――」
「あっ、エルーシア。その辺りはすべて説明済みです」
会話に割り込んだクロードは、眉をひそめるエルーシアに、なんでもないことのように、さらりと告げる。ロズを右腕として側に置く、ルークはよき相談相手になるだろうから、昏睡中にすべてを二人に説明したと――転生者であることも、神子の秘密も、画策の手の多さも。
抗議するように唇を震わせるエルーシアに、続けて教える。ぽろりとこぼした失言から、二人は幼いころに神子になったと気づいたことを。
「誤魔化してよ!」
「無理ですよ。年が近いからと、気を許しましたか?それとも、ほかの理由で気を許したのですかね」
にっこり笑うクロードに、エルーシアは顔色を青く変え、ルークはリバーシを一手置いて石を返し、石と同じ黒い瞳で見つめながら胸の内を言葉にする。どれだけ危険があろうと関係ない、誓いは守ると。
※ ※ ※ ※
リバーシの一戦に決着がつくと、クロードは考えがまとまったのか、話題を輝く人へと戻す。
ルークに粒を渡し、ウィノラの手を握るのなら実在の存在であり、どこかに痕跡を残した可能性はある。目撃者も、探せばまだ出てくる可能性はある。少なくとも、十五年間存在しているのだ――今の所の共通点は、輝きで顔が分からないことと夜の出現。
「取りあえず、王都へ戻ったら、新聞に尋ね人の広告を載せます。私と一緒に目撃した先輩騎士たちにも手紙を書きますよ。あと、何か気づくことはありますか?」
エルーシアはふるふると首を振る――失言を後悔し、早くこの場を去りたいのだ。今後のことへ考えを巡らせるため、部屋に戻りたい。ゆらゆら揺れる髪を見て、ルークも首を振る。
「ガキのころに一度会っただけだ、とくに思い出せることも思いつくこともない……いや、これは話していなかったな。あのとき、名を呼ばれた気がする」
「はっ?なんですか、その新情報は」
「話せるうえに……名を知っているの?」
「粒を渡されたときも何か呟いていたが、それは聞き取れなかった。ガキだったから聞き返したが、答えないまま消えたんだ。エルフだと思い込んでいたから、言葉は通じなくても声は出せるはずだって、不思議には思わなかったな」
エルフではないから言葉は通じるか。話せるなら、粒の情報も聞き出せそうである。
その前に、辿り着かねばならないが――クロードはため息をつき、ルークに視線を向ける。
「リバーシで勝ちましたので、一つお願いをしてもいいですか?」
「あ?勝負に賭けを約束した覚えはないぞ」
「今夜の立食パーティーでは名付け親としての役目があり、明日は治療院と騎士団の会合があります。明後日には遠征を再開しますので、そのルート調整もしなくてはなりません……私は忙しい身なので、聞き入れてもらいたい頼みがあるんですよね」
話しながら、クロードはエルーシアに顔を向ける――クロードの頼み事は決まっている。エルーシアに関してであり、ルークはもちろん引き受ける。
設定小話
まだ土魔法の腕がないころにつくったリバーシの石なので、不揃いで恥ずかしいですね
頼みたいことが出来たので、初心者相手に本気を出しました byクロード




