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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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90 画策の手の数

 朝食前、馬たちに飼い葉を与えて城へと戻るとき、遠くを歩くジェイらしき姿をルークは目撃し、足を止めた。並んで歩いていたロズは振り返り、どうしたのかと(たず)ねる。


「ジェイがドレス姿の女を抱えて歩いていたが……見えなくなったな」


 ルークの視線の先は、城の中央棟と右翼棟の間にある庭。右翼棟は辺境伯の家族が住まう場所であり、無断で立ち入らぬよう告げられている。


「奥様と朝の散策(さんさく)でしょうか。深窓の姫君って、噂を聞いたことがあります」

「ジェイの嫁が深窓の姫君?」

「茶会にも夜会にも参加しないらしいですよ。辺境伯の家系は女性が少なくて、久しぶりに生まれた姫君だから、表に姿を見せず、大切に育てられてるって聞いてます……ジェイさんは、抱き上げるのが好きなんですかね?」


 ロズからの噂話を聞きながら玄関をくぐり、左翼棟にある食堂に足を進め、ルークは不可解だと眉間にシワを寄せた。


「貴族の女は、大人になる前に縁談が決まるってクロードに聞いたが、ジェイが惚れるまで婚約していなかったのか?」

「そういえば変ですね。辺境伯くらいの身分の姫君なら、幼いうちから縁談は山のように来るはずですから……大切な深窓の姫君だから、慎重に相手を選んで――」


 廊下を歩きつつ二人が話していると、ちょうど食堂前で出会った隊の一人が、口を(ゆが)めて指を立てた。黙るようにと――目配せして向ける視線の先には、朝食の大皿を並べる辺境伯家の使用人たちがいる。

 使用人たちが下がり、大皿から取り皿へと料理をよそい、騎士は二人を奥のテーブルに誘った。


「深窓の姫君って言葉は、二度とこの城やジェイの前で口にするなよ。嫌みなんだ」

「褒め言葉なのに、嫌みになるんですか?」


 まだ朝は早く、休日だからゆっくり朝寝を楽しんでいるのか、食堂にはほかの者もいないのに奥のテーブルに誘うのは、聞かれたくない話をするからだろう。

 腰を下ろすと、ルークは静かにスープを飲み、ロズも声を落として質問した。


 騎士は簡単に、ウィノラの身に起こったことを話す――子供のころ事故にあい、歩けない体になっている。だから貴族の子女が集う社交科に入学もせず、社交の場にも出ない。家の迷惑にならないよう修道女を目指し、手伝いをする中でジェイと出会ったと。

 そして、二人へ説明する。()()()()()は、かつて婚約をしていた貴族が、婚約破棄をする際に吐いた嫌み――この先、表舞台に出てこない、社交のできないウィノラへの。


「事故にあったとは聞いていたが、歩けないのか」

「だから身ごもったときにジェイは休暇をとって、この城で過ごしたんだ。侍女たちの手じゃ不安だし、ほかの男の手を借りるわけにはいかないし、ジェイは抱え慣れてるからな」


 ロズは小さくため息をつく。抱き上げ、介護に慣れているのは、隊で年下だから押しつけられたのではなく、ウィノラのためだと気づいて――愛ゆえ、好きになった行動なのだろうと考える。


「まあ、抱きつきグセが、抱き上げるクセに変わっただけなんだけど、大柄で鍛えているから、妻なら一番安心できる相手だろ?」


 ロズはわずかに顔を歪め、ルークも眉間にシワを寄せた――抱きつきグセも、まだ残っている。


 ※ ※ ※ ※


 食堂をあとにした二人は、それぞれ読みたい本を取りに一度寝室に戻り、娯楽室で落ち合った。ルークは生き物の図鑑二冊、ロズは土魔法の指南書とペンを挟んだノートである。

 ぱらりぱらりとページをめくる音がする娯楽室で、時折(ときおり)書き物の音がする。が、その音が途切れたとき、ルークはロズに声をかけた。


「王都では騎士の宿舎に泊まれることになったんだが、何か買い足すものはあるのか?」

「本当ですか?また一緒に過ごせますね……自分が今まで住んでいた宿舎は、身の回りの品だけで足りましたよ。食堂はあるし、部屋の備えも揃っていました。騎士隊専用宿舎がどうかは分かりませんが、移って足りないものがあれば、一緒に買い物をしましょうか」

「助かる。アルニラムの王都は初めてだからな」


 ルークの言葉に、ロズは笑顔で応える。自身も不慣れな街だが、散策しながら買い物するのも、友と一緒なら楽しい。


「そういえば昨夜聞いたんですが、ベナットさんの奥様は、神子の館で住み込みの家政婦をしてて、一緒に館に住んでるそうですよ」

「獣人が神子の館に住んで、獣人と結婚した女は神子の家政婦か……ベラトリにいたころなら、信じられない噂だと片付けていたな」

「……ベラトリから、離れられるといいですね」


 それについては不確定な要素が多い。出生証明がない者の出身地を探すのだ、三国の範囲で――クロードは上手くいくと請け合ったが、簡単なことではないだろう。

 だが、上手くいかなくても、クロードやロズの気持ちは嬉しいと、ルークは口角を上げ、視線を図鑑へと戻した。



 娯楽室に騎士たちも集まり、夜は飲みに出ようと口にし始め、誰が奢るかリバーシで賭けをしている中、前日と同じように使用人が迎えにきたが、クロードが二人を昼食に誘っているのを皆が聞いている。

 騎士たちは何も疑わずにルークとロズを送り出し、自身たちも昼食の時間だと食堂に向かった。


 案内されて二人がエルーシアの休む部屋へ足を踏み入れると、クロードは女性雑務員と紅茶を飲んでいた。

 しかし、ポニーテールをほどいてる。肩を越えるほど伸びた髪を下ろし、テーブル脇には昼食をのせたワゴンがある。


「えっ、毒ですか?」


 ロズは顔を引きつらせてあわあわし、ルークも隣にいる使用人を(にら)んだ。指示があるなら拘束しようと、すぐさま体に力も込める。


「おや、勘違いをさせましたね。違いますよ、三つ編みを教わっていただけです。だいぶ伸びてきましたからね」


 クロードは雑務員に礼を伝え、あと一度か二度の指南を頼み、髪をかきあげてポニーテールを結いながら、エルーシアの髪を三つ編みにしたことはあるが、自身の髪を編むのは勝手が違って難しいと告げる。

 二人は肩から力を抜き、雑務員はティーセットを片付けて退室し、使用人はテーブルに料理を並べ――給仕のために残ろうとするのを、隊の任務の話をするからとクロードは下がらせた。


「今さらそんな話、大してないのですがね」

 

 涼しい顔でこぼしながら二人に椅子を勧め、三人分のグラスにワインを注ぎ、休暇中の呼び出しに謝罪してグラスをかかげ、ルークとロズも続く。

 ワインを(のど)に落とし、ロズの目を見ながら最初に説明するのは、補充隊員向けにエルーシアに近づくなと告げていた、もう一つの理由。背後にまわると悪寒が走り、悲鳴をあげるからであり、画策からの対策だけが理由ではないこと。


 背中に触れることができる異性は三人だけだと名をあげ――ロズは驚いて隣に座るルークを見るが、ルークは片眉を下げる。根拠にはまだ辿(たど)り着いてない、クルルが懐いているだけだ。

 それについて話す気はないのか、クロードは説明したいことだけを口にし続ける。隊員にも秘密にしていることは多いのだ。


「ロズは私の部署で、その秘密の大部分を知ることになります。また、ルークは魔力研究とともに個人的な依頼も考えていますので、誤解を与えないよう、先に知らせておきます。口外禁止にしますが、言い(よど)んで、感のいい者に気づかれる場合もあるので、言葉には気をつけてください」


 ルークとロズが真剣な眼差しで承諾すると、フォークを手に取り食事を始めながら、淡々と伝える。

 エルーシアは七つで神子になり、これを知るのはクロード、ベナット、アイン、サイフの神子アリッサ、陛下と知の副隊長と家政婦の七人だけ。そして転生者でもあり、これを知るのは七人に加え、ジェイとマコン、リゲルの神子カトリーナ、クロードの部署の者が二名。


「えっ?転生者って、確認されているのは、飛竜(ドラゴン)の災害以降一人だけですよね」

「その一人が、エルーシアです。救出時の魔力暴走のあと、前世の記憶を持って目覚めました。陛下の理解を得て、各所への報告は名を伏せて行い、今も伏せたままです」

「伏せる意味を聞いてもいいか?」

「狙われるからですよ。命ではなく、情報欲しさの誘拐を危惧しています」


 転生者の知識は多くの物事を発展させる。飛竜(ドラゴン)の災害以前なら、各国に数人は存在し、途切れるなんて考えてもいなかったので誘拐など危惧していなかったが、百年後に現れた唯一となれば、降りかかる危険は未知数。

 自国の貴族、他国の王侯貴族や官僚、各ギルドや商会など、数え上げればきりがない。


「多くの開発品もあります。神子の館で育ったので、研究する環境が整っていると世間には思わせていますが、違います。転生者の知識と発想です。その利益金や腕を欲しがり、狙う者もいます」

「あっ、神子様は色々なところに利益金を寄付なさってますよね。新聞で読んだことがあります」

「あちこちにばら撒く金ってのは、それか」


 ルークが告げるのは、兄オアマンドの吐いた言葉だ。クロードは頷き、その寄付の存在も国のあり方を変えていると続ける。

 世の中がよくなる投資であり、賛同する貴族も多いが、不愉快に思い、邪魔立てする貴族もいると。


「詳しくは、王都で資料を見ながら説明したほうが理解しやすいでしょう。今の段階で飲み込んでほしいのは、多くの者から狙われる存在だということです。神子として癒す魔力、権力や立場、転生者としての知識、開発者としての腕や財産。画策の手は多いです」


 神子は国が保護して敬う――ほかの狙われる意図は分かるが、世界樹を癒す魔力自体を狙う意味は理解できない。国に必要な存在だからだ。だから、尊い価値のある存在なのだ。

 ルークは不可解で、食を進める手を止めてクロードに視線を向ける。


「癒す魔力も狙われるのか?」

「世間に公表されてない、神子の秘密です。他国の世界樹の領域に入れるのは、アルニラムの神子だけです」


 ベラトリの神子が四年前に命を落としたとき、デルミーラに世界樹を癒す要請がきたのは、隣国だからと公表されている。リゲルの首都から片道三週間、サイフからなら一月かかるが、アルニラムなら片道二週間で済む。

 だが真実は異なる。ほかに癒せる者がいないのだ。


「ベラトリの神子は心を病み、リゲルの神子は心を手放しました。この二国はアルニラムの神子を誘拐する恐れもあり、デルミーラは不安に押し潰されて、よく泣いていましたよ。二国に新しい神子が誕生したときは、安堵(あんど)しましたね。カトリーナ様のローブ姿も見せたかったですよ」


 最上(もがみ)の神子を呼び捨てにしたことで、ロズも手を止め、クロードのワイングラスに注視するが、まださほど減ってはいない。

 話を折って尋ねていいものか、ルークはこのことに気づいているのかと隣に顔を向ける。


「内々だと、呼び捨てにする権利があるそうだぞ」

「なんの話でしょうか?」

「なんでもない。それで、安心したのに、まだ魔力が狙われるのか?」

「国境の壁で、何があったのか思い出してください。周囲の者を魔力酔いさせるほどの癒しを、二時間と三十五分も放ち続けたのですよ。膨大な魔力で、亡国ベテルの地は瘴気が薄まり始め、大型の出現も昔に比べて減りました。アルニラム国内では、瘴気溜まりも減っています」


 クロードはフォークを置き、ワインを一口飲むと、結論を口にする。自国に神子がいても、国の安寧のために三国が狙う恐れはまだあると。


「二国合同で癒す作戦は、世間への目くらましか」

「あっ。それでしたら、アルニラムもベラトリみたいに、癒し手を並べて魔力を放てば、気づかれにくくなりますよ?」

「それで魔力を使い果たし、負傷した騎士の治療を(おろそ)かにはできません。作戦のために王都から派遣する癒し手の数にも限りがあります。回復薬を配るだけで、冒険者を使い捨てのように扱うベラトリの真似(まね)は、エルーシアには無理ですよ」


 クロードはフォークを手に取り、二人も食べるように(うなが)す。食事の場には重い話であったと告げ、話題を変えましょうと頬を緩めた。

 今後は他者の耳に入ることを危惧して、()()()と呼ぶと前置きして話すのは、エルーシアが夢で見ている地球の話――馬が不要な鉄の馬車が走り、数百人を乗せたまま空を飛ぶ乗り物や数日の距離を短時間で移動する乗り物があり、遠距離の者と通話ができる機械や瞬時に情報を拡散する機械がある。世の中は、知識であふれている。


「想像できない世界の話か。魔法や魔物がいないと、ずいぶんと違うんだな」

「その乗り物や機械は、開発しないんでしょうか?」

「私はワインを飲み、本を読み、剣を振り、たくさんの魔道具を使いますが、そのどれも作ることはできません。エルーシアも同じですよ。あちらで利用していても再現は簡単ではありません。ですが、多くの知識と発想、価値観の種を持っています」

「「種?」」


 不思議そうな表情になる二人に、クロードは笑みを見せる。幼いときから種をまき続け、多くの芽を出しているのだ。

 世の中を変えたのは、質のいい回復薬や外傷回復薬、開発品だけではない。身体強化魔法の理解で、差別を減らすだけではない。


 横暴で差別の酷いベラトリ王国は、聡明な新しい王に代わり、新たな神子は改革を支え、国も変わり始めた。

 サイフ公国は、飛竜(ドラゴン)の災害でベテルから逃げてきた民を引き受けたことを悔やみ、根に持っていたが、その亀裂は解消され、王太子と大公女の結婚で二国の絆は再び深まる。

 国としてのまとまりが少なく、長年不安定だったリゲル共和国は新しい神子を手に入れ、改革の手を入れやすくなった。


 すべての事柄にエルーシアが関わっていると、クロードは半身をひねって部屋の奥を振り返り、ルークとロズもカーテンの閉まったベッドに視線を送る。

 想像できない世界を夢に見て、独特の価値観を持つ、価値のある愛しい人――どれだけ画策の手があろうが必ず守ると、ルークは見つめる。


設定小話

東西南北の各街道は、スムーズに移動して一週間の距離

遠征はあちこち細い街道へ寄り道しますが、魔力のある馬で移動しているので、結構スムーズです


各国境の街から王都までも一週間ほど

サイフやリゲルの首都、ベラトリの王都から、隣接する国境の街までも一週間ほど……で考えてます。


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