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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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87 二人だけの昼食会

 ルークが厩舎から戻ると、玄関脇に停め直された馬車は、扉からストッパーが消えてぴたりと閉まり、無人であると知らしめていた。

 サドルバッグを背負って自らの木箱を回収し、皆と一緒に左翼棟の二階にある割り振られた寝室に向かいながら、赤い札のついた扉を探すが見つけられず――緑の札はあったが、ノックに反応はなかった。


 騎士たちに(たず)ね、神子の寝室の場所は知らされてないとの返答と、街への誘いの言葉をもらう。本来なら今晩は歓迎の晩餐となるが、エルーシアは昏睡中である――延期になるから、街に繰り出す予定なのだ。

 ルークはそんな気にはなれず、疲れを癒すと断り、生き物の図鑑二冊を持って階下の娯楽室へ歩を進めた。


 昏睡中のエルーシアを想い、集中できないままにページをめくり続け、鎧馬(よろいうま)の文字が目にとまる。自身の相棒なのに生態を調べたことはなく、それで読んでみたが、大した情報はなかった。

 リゲル南西の野生馬、気性が荒い、懐かない、飼育が困難、脚力がある、鱗状の皮膚が硬い、保有魔力が多い――情報がないのは、観察や調査が難しい馬だからだろう。


 ふと思いついてページを戻すようにめくり、紅の文字を探して手を止め、紅栗鼠(べにりす)の生態を隠すメモをめくる。

 アルニラム各地の森に生息しているようで地名が長く続き、春に繁殖する昼行性だとか、前に目を通した食す物の説明に、ペットにする際の注意点で、飼い主に順従な性格だが嫉妬心が強いなど、多くの情報がある。


「もともと魔力のない生き物か……」


 読み進めながら、ぽつりと(つぶや)く――使い魔として体の大きさを変えたり、槍を振り御者をしているのだ。魔力が関係しているとか、知能が高いとか、何かあるのかと思ったが違うらしい。

 注意点にも目を通しつつ口角が上がる。冬になる前は栄養を蓄えるため、昆虫食を好むとある。

 

 アインが遊べと告げ、クルルが一晩不在にしていたのは、国境の任務に向けて活力を高めるためだと気づいたのだ――顔を合わせる多くのときを不機嫌そうにしていたが、彼もまた、エルーシアを大切にする一人なのだと。だから、兄の捕縛にも尽力した。

 長く側にいたなら、色々と気づき、手もまわしていたのだろう。


 虫を嫌がるエルーシアではあるが、クルル自体を嫌っているわけではなく、クルルも離れて()ねただけだ。飼い主とペットの複雑な心境と絆か。

 嫉妬心から飼い主の周囲に攻撃性があると締められた注意点を最後まで読み、図鑑を閉じて、尻尾を高く上げて揺らし、視線を向けて眉間にシワを寄せ、考えを巡らせる。



 ちょうど昼時、ノックの音を響かせたあと一人の使用人が入室し、ルークかと尋ねられ短く返事をすると、クロードが呼んでいると告げられる。

 図鑑を抱え、使用人のあとに続く――皆の寝室のある二階より上へ、入り組んだ三階の廊下を。


 赤い札は見当たらないが重厚な扉があり、使用人がノックをして返事を聞き入室すると、クロードがワゴンからテーブルに料理を移している最中で、使用人はルークの脇をすり抜け、続きの作業を引き受けた。

 ローストダックやグリルポテト、ショートパスタと豆のサラダにザワークラウト、食器を並べてワインをあけ、グラスに注ぐ。


 美味しそうな香りが漂うが、ルークの視線は一点へと向かう。広い部屋の奥にある、厚いカーテンが閉じられた天蓋付きベッド。昏睡中のエルーシアがいるはずだ。

 様子を尋ねるが、クロードは口もとに指を立て、すぐにその手で椅子に座るよう(うなが)す。使用人の前で話したくないのだ。


「今夜の晩餐がなくなりましたので、少し昼食へまわしてもらいました。豪華で嬉しいのですが、一人では寂しいのでお付き合い願えますか?私は、この部屋を離れられないので」


 ルークが頷き承諾すると、作業を終えた使用人に執事への配慮の礼を伝えた。退室しろとの合図だろう。

 使用人が下がり、二人になるとクロードも腰を下ろし、ため息をついて取り繕った顔を崩す。


「心配しなくても大丈夫です。いつもと変わらない昏睡ですよ」

「ベナットからそう長くならないって聞いたが、どれくらいだと予想しているんだ?」

「早くても、明日の夕方以降でしょうね……冷めないうちに頂きましょうか」


 クロードがワインをかかげるので、ルークも図鑑を空席に置いてグラスを手に取り、二人だけの昼食会が始まった。

 これまで過ごしてきた冒険者生活では、日の高い時間から酒を飲むことはあまりない。ワインを一口含み、喉に落ちていくのを楽しむ。が、クロードは以前、菓子で酔い潰れている。


「昼から飲んで大丈夫なのか?」

「ワイン一杯なら酔いませんよ。このローストダックはハニーオレンジで焼いてますね。ソースによく合っています、美味しいですよ」

「甘い香りがしていたのはこれか……美味(うま)いな」

「すみませんね、私は香りには付き合えません。エルーシアから聞いていますよね」


 気が利かなかったとルークが謝罪すると、クロードは笑顔を見せる。


「私がデルミーラを愛した証拠の一つです。不平や不満には思ってないですよ。ただの事実と受け取ってください」

「婚約してたらしいな」

「ええ。書類に残さない、口約束です。なので、部下たちの前や公の場では呼び捨てができません」


 言葉の意味が分からないとでも言うように、ルークが眉間にシワを寄せ、クロードは二人とも貴族ですからと答える。


「ややこしいな」

「ややこしいですよ」


 クロードは食事の手を止めることなく、貴族の婚約や結婚は愛だけでは成り立たない、家同士のしがらみが多い契約だと教える。ジェイの結婚も、騎士隊の一員であり、男爵位を賜り、エルーシアの昔馴染みだから受け入れられた。どれか一つでも欠けていたら、最愛の人は腕の中にいない。

 ジェイの一途な愛は伝わり、修道女になると告げていたウィノラも恋に落ちた。しかしほかの貴族の目があり、庶民との結婚に誰も賛成はできなかった。が、男爵になった、下位だが貴族である。


 それに、この地を治める辺境伯は、長年の経験から気がついていた。誰のお陰で亡国ベテルの地が落ち着き始めたのか――愛する娘がエルーシアの親友ではあるが、娘婿が騎士隊隊員で、功績で叙爵する腕もあり、気心知れた昔馴染みなら縁は深くなる。

 愛の深さだけではなく、他者の目や打算も突破したから歓迎されているのだ。


「領地があるということは、その地に住む者たちの生活や王国を守る責任があります。貴族の世界は本当に複雑ですよ。なので、ジェイのような結婚は(まれ)ですね。関わる者すべてが、満足できる結果を残しています」

「爵位のないクロードでは、立場も身分も違う最上(もがみ)の神子とは結婚できないってわけか?」

「いいえ、確かに異なりますが不可能ではなかったですよ。私は長く騎士隊に籍を置いていますし、隊長になって立場も上がりましたからね。ただ、デルミーラにはその気がありませんでした」


 爵位を継ぐ予定はないが、貴族籍はある。隊で役職者にもなり、王城では要職に就き、新しい神子の保護者代理とも認められた。

 デルミーラとの仲に一つを除いて障害はなかった――その気がないという、決定的な障害。


「その気がないのに、婚約したのか?」

「私にとって、想定外の嬉しい出来事でしたよ。内々ですが、呼び捨てにできる権利をいただけました」


 クロードは懐中時計を取り出すと蓋をあけ、ルークへと向けた。デルミーラの写真か肖像画があるものだと考えて(のぞ)き込むが、そこに貼られた写真は、嬉しそうに微笑む十代半ばのエルーシア。

 そして、クロードは告げる。デルミーラは愛し子以外を愛することができない身だったと――


 ※ ※ ※ ※


 ――告白を続けて何年目か、クロードはエルーシアを学校に送り、開発品の利益金の相談で再び神子の館に戻ると、片膝をついた。手には咲き始めた藤が一枝ある。


「この花には毒があるとエルーシアから聞きました。受け取ってください」

「諦めろ……それと、こっちの藤に毒はない」

「地球の藤だけなんですね、残念です。私はこの想いを手放す気はありませんので、たまには違う返事が聞きたいですね」


 デルミーラは花に手を伸ばすと、暖炉に投げるようにかかげる。暖炉に火は入っていないが関係ない、投げたあとに火の魔法を発動すれば燃えるからだ。


「あの子の瞳の色に似せて選びましたが、燃やしますか?」


 ぎりっと音が聞こえるほど奥歯を噛み、(にら)みつけると、家政婦の名を叫び、現れたハリエットに藤の一枝を渡し、エルーシアの自室に飾るように告げる。

 クロードは満足げに笑顔を見せ、このあとは仕事の時間だと書類の束を取り出す。しかし、デルミーラはついてこいと、地下室に向かう。


「私は情以上の気持ちを持てない、誰も大差ない。クロードの想いに応えることはできない」


 地下室の扉を閉め、自身の心の内を告白する。両親は愛してくれたし、子爵家の者にも大切にされたが、その感情が理解できなかったと。

 子爵家の分家で、貴族籍は無いも同然の末端。しかし、年上の従兄妹(いとこ)アインたちと一緒に、貴族としての教育を受ける機会はあり、そこで貴族女性は成人前に縁談が決まると教えられ、幼心にもそれを嫌悪した。


 だから、騎士を目指したのだ。女性騎士を好んで娶る貴族はいない、見合い話は持ち込まれないうえに、王国を守る大義があれば、独り身を通すことに反対もされない。

 武を重んじる北西の地、幼い子の夢は歓迎された。


 自分自身にも愛情は持てず、危険に身を置く恐怖心はなく、ただ騎士として剣を振り、命が終わるのを待つ人生を目指した。

 癒しの魔力があることを知り、辺境で重宝されると説かれても、心が躍ることはなかった。同じく王国を守る者を癒すための技が増えただけ。


 癒し手になるために王都へ移り住んでも、午前は医療科で学び、午後は騎士科で学ぶ。余暇もすべて学びに使った。愛情を持てない殺伐とした世界で、物思いにふけりたくなかったから。

 そんな生き方だったから、神子に選ばれたときに絶望したのだ――愛着のない人生で迎えた、初めての絶望。


 あと一歩で騎士になる。もう目の前で、あとは時の流れに身を任せるだけだったのに、異なる一歩で重責を背負うことになった。

 愛を感じることができない身で世界樹を癒し、愛を知らない心で王国と民の希望になる。


 殺伐とした世界は権力を求める画策があふれ、心が枯渇(こかつ)して不快な思いを常に胸に抱き、すべてが色あせ始め――目の前の務めだけを見つめ、目の前の務めだけを果たすようになった。世界樹がそれを望んでいたから。

 そんな世界で、エルーシアに出会った。初めて、愛しいと思える存在に。


「知っていますよ。何年想い続けていると思っていますか?あなたの世界はあの子だけです。あなたの愛情は、すべてあの子のものです」

「知っているのなら諦めろ」

「その返事は聞き飽きました。私は想いを伝え、受け取ってほしいだけです。想いを返していただけるとは望んでませんし、一番の座も望みませんよ。二番の存在で構わないので、あなたに添う権利をください」


 優しげに手を伸ばし、愛しいと見つめるクロードに、デルミーラは顔を(ゆが)め、伝え飽きた言葉を吐く――


 ※ ※ ※ ※


「デルミーラの形見として譲り受けた時計で、写真もそのままです。この写真は癒し手の学びを終えた記念に撮りましたが、写りがよくて、一番のお気に入りでした。これを見ると、優しげに眺めていた彼女を思い出せるんです」

「情しか持てない神子が、なぜエルには愛し子だと執着したんだ」

「色あせた世界で、ランタンの光のもと、瞳に(とら)わられたらしいですよ。一目で引きずり込まれ、人としての心を拾われたと聞いています……ルークには、似た経験がありますよね」


 食を進める手が止まる。愛するために出会ったあの瞬間が、最上の神子にもあったのだ。

 輝く瞳に引きずり込まれて、世界が変わり始めた瞬間が。


設定小話

想いを返されることを望まない二人ですが……

あふれる想いでただ守りたいルーク

想いを受け取ってほしいと粘るクロード

対極ですが、愛しい人のために努力する共通点がある

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