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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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86 辺境伯の城へ

「魔力切れを起こすと、何かあるのか?」


 馬車の扉が開いたままだったので、不思議な粒の力を隊の皆に知られずに寝台へ運ぶことができ、クロードは辺境伯への報告をベナットに頼み、エルーシアのもとに張りついた。

 ベナットが報告から戻っても、夕食の時間になってもそれは変わらず、ルークは今、魔力上げのため、ベナットと小屋の表に出たところだ。


 魔力切れの昏睡は、ルークにとって日常となっている。それが、エルーシアだと何が変わるのか分からないのだ。

 クロードが顔を歪めて拒むほどの、責任ある任務を他者に任せて引きこもるほどの、何があるのかが。


「お嬢の魔力は桁違いだ。それ以外にも、分からないことが多い」

「魔力が多いと、昏睡も危険なのか?」

「幼いころ、魔力切れの昏睡で、十日間目覚めなかった。魔力切れではないのに、七日間昏睡したこともある」


 魔力切れで昏睡しても数時間だと説明されているルークが驚きで目を見開くと、ベナットはどこまで情報を伝えていいか少し考え、再び口を開いた。

 そして、救出してから目覚めるまでの日々がどんなものだったか、その後の日々がどんなものだったのか説明する。


 魔力暴走を起こした晩、エルーシアは魔力切れにはなっていなかった。自らの足で立っていたのだ。

 だが、デルミーラが癒しの魔力を満たすよりも前に、昏睡へと落ちた。


 回復のための昏睡の時間は、個人差はあるが丸一日を越えることはない――しかしエルーシアは目覚めなかった。デルミーラが満たした魔力が体内から消えても、目覚めなかったのだ。

 予定にない三つの町に寄り、医師の診断を仰いだり、ほかの癒し手に魔力を満たしてもらったりと試したが、目覚めたのは一週間後。


 前世の記憶のみを保持した状態だったが、名を告げられて、エルーシアの記憶も思い出した。が、幼い体に二人分の記憶は負担が大きく、遠征中に記憶を手放し始め、王都へ帰還するころには前世の記憶はなく、風読みの村で過ごした記憶もわずかにしか残らず、目覚めてからの数日間の記憶だけが定着していた。


 そんな状態で前世の夢を見て、異なる世界で起きて混乱し、小さくうずくまって泣き、目覚めたあとの数日間の記憶をたぐり寄せる一日を繰り返した。

 少しずつ蓄積される経験と記憶、繰り返し夢に見る前世の記憶、幼い身で折り合いをつけるのは難しく、初めて泣かずに一日を過ごせたのは、一年も経ったころ。


「幼い身では耐えきれず、手放したが、大人は記憶量がある。だが、人の覚えられる記憶には、限界がある。昏睡が長いと、長い時間夢を見て、記憶に定着しやすい。その分、お嬢は今世の記憶を手放す」

「そのせいで二年間の記憶がないのか?」


 ベナットは頷き、入学までの記憶もあやふやなことが多く、学生時代の記憶も抜けているところがあると告げる。

 このことを知っているのは一部の親しい者のみで、これ以上記憶を手放さないように、クロードは昏睡を恐れていると。


「回復薬を飲ませるのは、何か関係があるのか」

「食が細いときは、昏睡が長くなる。この三日、食事はとれている。回復薬も飲ませているから、体調はいいはずだ。そう長い昏睡には、ならないだろう」


 ルークはクロードと二人きりで話した夜を思い出す――あの晩、エルーシアの食の改善をしたいと口にしていた。それ以外でも食に関して目を光らせていたが、これを恐れていたのかと納得する。


「お嬢は覚えてないが、デルミーラ様が魔力の研究を始めたのは、お嬢のためだ。身体強化魔法の研究も、その一部だ。自分たちは、お嬢に救われている。忠誠心が、真のものだと期待しているぞ」


 ベナットは獣の耳をぴくぴくと動かし、見渡しても月の見えない夜空の一点を指差した。

 暗い夜のはずだが、討伐を続ける第三の騎士たちのため、すべての小屋の屋根に光を遠くまで届ける照明の魔道具が設置され、周囲は照らされて明るい。


 指す方角へとルークは見上げ、異変を探して視線をさまよわせ、向かってくる小さな点に気づく――この距離で羽ばたく音を拾ったのかと感服し、指南を受けられることに感謝する。この技を手にできれば、守る(すべ)は増える。

 魔力上げのため、制御方法を掴むため、動く獲物を討伐する訓練のため、左手をかかげて火炎を放つ。


 ※ ※ ※ ※


 夜も明けて皆の朝食が終わり、出立のために荷を片付けているとき、ジェイが昏睡から目を覚ました。魔力切れで昏睡した身は夜中に起きるはずだったのに、なぜか皆がばたばたと忙しそうにしている。

 寝過ぎてぼんやりする頭で、何かがおかしいと考えていると、騎士の一人が気づいて何があったのか説明し、ジェイは悔しそうに表情を変えた。制御が下手なせいで起こった出来事だと。


 二人分以上ありそうな、ジェイの分として残された朝食をとっていると、皆の寝袋を詰めた木箱を外に運び終えたルークが近寄り、刺される前に気づけなかったことを謝罪し、少し遅れて、表の掛け布を片付けてランタンも回収し終えたロズも、同じく謝罪に近寄った――なぜか青い顔で。


 特製箱馬車からクロードが降りると、すぐさまルークは駆け寄って容態を(たず)ねた。

 扉が閉められるわずかな間で(のぞ)き見れたのは、大きな体の黄褐色(おうかっしょく)の毛皮と紅色の尻尾。あとは飛びまわる光だけ。


「ただの昏睡ですよ……辺境伯の城に着いたら、付き合ってください」


 クロードは力なくルークの肩を叩き、ストッパーを挟んだままの扉のノブに縄を掛け、ぐるりと馬車を二周三周させ、扉を固定した。

 まだベナットとジェイしか、ルークも扉をあけられると知らないから、他者の目を(あざむ)く処置が必要なのだ。


 隊の(あけ)の馬ではない、国境で管理している馬たちに引かれて荷馬車が到着すると、荷を積み、第三騎士団が用意した(ほろ)のない簡素(かんそ)な荷馬車に騎士たちが乗り込み、騎士隊は国境を出立する。

 特製箱馬車は四頭の馬がつながれ、ベナットが御者台へと座った。


「副隊長が御者をするのか?」


 いつも御者をするクルルは馬車の中だ――昏睡中のエルーシアに寄り添っているのだろう。だが、だからといって副隊長が御者台に座るのは違和感がある。威厳のある最強の騎士のはずだ。

 荷馬車内で(つぶや)いたルークの素朴な疑問は、隣や向かいに座る騎士が拾った。


「ベナットさんはデルミーラ様の隊にいたころ、ずっと御者をしてたからな。一番あの馬車の扱いに慣れてるんだ」

「クルルさんに御者の腕を教えたのも、ベナットさんらしいぞ」

「よく言葉も通じないのに教えられたよな。ほかにも――」


 騎士たちの説明に耳を傾け、風を受けて楽しそうに尾を揺らして駆けてついてくる相棒を眺める。

 三日も狭い場所で我慢させたから、(くら)をつけずに自由に走らせたくて、ルークも皆と一緒に馬車に乗り込んだのだ。


 それと、離れていく、初めて訪れたアルニラムの北西の国境を眺める――魔力上げを始めたころの目標は、この地で魔物から守ることだった。それが、ずいぶんと変わり、増えた。

 愛しい人が乗る馬車へ視線を移し、幼いころから感情を隠しているなら、変えるのは容易ではないかも知れないが、世界樹の押しつける重責を感じることなく、心のまま自由に微笑んでほしいと望む。



 (しばら)く行進して、一行は旧国境の街へと到着した。飛竜(ドラゴン)の災害が起こる以前の街であり、災害で荒れた地には、現在は国境警備の施設が建ち並んでいる。

 国境警備の本部があり、ロズが治療を受けた医療部や、騎士や訓練生の宿舎、家庭を持った騎士や商売などで定住する者の家なども揃い、ここにある厩舎に隊の馬を退避させたので、引き取って馬車につなぎ直す必要がある。


 荷馬車から降りるロズは青い顔を強張(こわば)らせており、ルークが気分が悪いのか声をかけるが、首を振って否定した。

 雇われて厩舎を管理している者へ、馬の健康状態や手入れなどを確認していたクロードも戻ると気がつき、ロズを連れて皆から離れ、何やら聞き取りを始めた。


 友の様子がいつもと異なり、ルークは二人を気にするが、相棒に馬具(ばぐ)を装着する中で、会話は上手く拾えない。

 周囲には、同じように(くら)を取りつけ、馬を馬車に誘導し、雑談している騎士たちがいるからだ。


「ここに来ると、訓練生だったころを思い出すよな」

「――掛け布をつくった使い魔――」

「食堂の子と結婚して、ここに残った仲のいい同期がいるんだよ。休みだったら会いたいけど、第三は国境で討伐中だから無理だな」

「――だから神子様は――」

「エルーシア様が魔力切れで昏睡しているし、休暇は長引くかも知れないぞ。伝言だけでも残したらどうだ?」

「――このことはルークも――」

「そうだな」

「――よき友、よき相談相手になりなさい」


 わずかに聞こえた会話から自身の名を拾い、ルークが視線を向けると、二人はこちらへと歩いているところだった。

 涼しげに笑うクロードの隣で、まだ顔色は悪いが、決意を秘めたような表情のロズがいる。


 ※ ※ ※ ※


 旧国境の街を出て一時間ほど移動し、現在の国境の街の門を抜け、通常なら休暇中の騎士や訓練生で賑わっている、今は閑散とした街並みを通り、街の中央にある辺境伯の城へと到着する。

 完全に離れた別館はなく、城の左翼棟の一角に騎士隊を迎える準備が整えられている。


 ジェイは玄関先で馬を降りると、出迎えの執事に手綱(たづな)を預け、勝手知ったる城だと一人で駆け出して姿を消した――最愛の人と子のもとに向かったのだろう。

 その様子に、顔色の戻っているロズは、不可解だと先輩騎士たちに(たず)ねる。


「ジェイさんって、冒険者ギルドの応接室が立派で、居心地が悪いって話してましたよね。城は平気なんでしょうか?」

「四年前は大人しかったけど、結婚してから、この城と王都にある館は自宅だと思ってるぞ。思考回路が飛んでる証拠だな」

「王都では、辺境伯の館に住んでるんですか?」

「娘婿として歓迎されてるからな。辺境伯の館に住んでるけど、ウィノラ様が里帰りとかで不在のときは、よく宿舎にも泊まってるぞ。神子の館に隣接する宿舎に、皆が部屋をもらってるんだ」

「正規隊員になるのが決まりなら、ロズも宿舎を移動すると思うぞ。二人の副隊長以外、皆一緒だ」


 王都へ移って、派遣先の第二騎士団の任務に慣れるより前に、補充隊員に選ばれて遠征に参加しているロズは、また引っ越しかと(つぶや)き、皆が手伝ってやると肩を叩く。

 ルークは輪に入らず、考えを巡らせる――騎士ではない者が宿舎に出入りは無理だろうし、宿探しをしなければならないからだ。


 アルニラムの王都も未知の地だ。ツテはあるはずもなく、情報がない以上、足で探すかギルドで尋ねるかだが、気性の荒い相棒がいるから条件が難しい。

 珍しい馬だ、盗難の恐れもあるから、慎重に探さなければならない。


 ベナットが荷馬車に乗り込み、ルークを呼んで木箱を手渡した――個人の木箱を玄関ホールに移動する、荷降ろしの開始である。

 だが、皆の会話を拾ったんだろう。王都での宿泊は騎士宿舎で受け入れると、ルークに告げてきた。


 神子の館に隣接する騎士宿舎は、デルミーラの代で騎士隊専用になったのだ。夢のお告げで急な出発があったからだが、それに備えて改築も行い、一階部分は厩舎と馬車置き場になっている。

 急な出発はなくなったものの、護衛するうえで都合のいいことも多く、デルミーラ亡きあとも騎士隊専用のままで、気兼ねは不要だと教える。


「あ?他国の冒険者が、騎士の宿舎に部屋をもらえるのか」

「クロード隊長が、色々と理由付けして、指示を出している。それに、鎧馬(よろいうま)を下手な宿の厩舎には、預けられないはずだ」

「助かる。あとでクロードにも礼を伝えておく」


 視線を巡らせクロードを探すが、扉を固定していた縄を解いて、すでに馬車へこもったのか姿はない。荷降ろしを済ませ、相棒を厩舎に送ったあと訪ねようとルークは決める。

 しかし決行はできず、暫くののち、一階の娯楽室で一人、読書で時を過ごすことになった。


設定小話

旧国境の街は国境に近すぎたので、魔物の脅威を避けるため、飛竜の災害後、街は移設しました


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