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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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85 魔力切れで昏睡へ

「なあ、なんで隊長はルークを許すんだ?」

「エルーシア様もいい年だから……って、絶対ないよな」

「神子になったときも、成人したときも去年も、知の副隊長が言い寄ったら、排除しますって剣を向けてたよな」

「えっ?剣で排除ですか……隊長って過激ですね」

「いつも涼しい顔してるけど、やることは過激だぞ。下につくんだ、気をつけろよ」


 ロズと隊の者が雑談するのは、午後の作戦中、小屋まわりで配置につきながらである。

 婚約は誤解だったとクロードが説明を述べたが、ルークがエルーシアへと向ける想いは筒抜けであり、昼食中に追及すると、あっさり認めた――想いは深いが、返されることは望んでいないと。


 第三の騎士が討ち漏らした小型が向かってくるのが見え、隊の一人が火炎を放つ――距離があるから魔物の種類は判断できないが、討伐は成功する。

 警戒はするが、アルニラム側からの魔物の出現は落ち着き、大型の飛ぶ魔物は頻繁に出現するものでもない。だから、気になる話題が次々と口からあふれる。


「ルークは、隊長のお眼鏡にかなったってことか?」

「だけど他国の冒険者だぞ、立場が違いすぎるんじゃないか」

「自分は、応援したいです」


 ロズは小屋の屋根を見上げる――まだ出会って一月ほどで、ルークは自身のことをあまり話さないので深くは知らないが、馬の世話を手伝い、先陣を切って魔物に向かう、思いやりのある気が合う友だ。

 わずかに聞いた歩んだ人生や扱われ方は、つらいものばかり。差別の酷いベラトリから、離れる道を掴むことを願う。


 ※ ※ ※ ※


 同じころ、壁上(へきじょう)と屋根でも会話は飛び交う。


「なんでルークは排除されないんだ。背後に立てるからか?貴族じゃないからか?見返りを求めてないからか?」

「根拠は知らない、クロードに聞け」


 午後の作戦を始めるにあたり、屋根に上がると飛来した群れがいて、ジェイはすぐさま空を焼いたが、このとき放った火炎で魔力の残りも少なくなり、汗を滴らせながら、放てるのはあと二発と申告をした。

 それで(はし)に腰掛け、群れる魔物の飛来に備えて待機し、空を警戒しつつも、手の届く範囲でよじ登ってきた小型の魔物を斬り、器用に疑問も投げている。


「知の副隊長はダメなのに、なんで?俺は、どっちを応援したらいいんだ?どっちも仲間だぜ」

「でしたら、エルーシアを応援しなさい。幸せをもたらす女神なんですよね」

「エルーシア様を応援って……何を?婚約は誤解だろ。何を隠して――」

「私もいます!この話題はやめてください」


 場にいないかのように皆は話しているが、中心に座っている。癒しの魔力をただ大気に溶かすだけで細かい操作はしていないから、集中力はさほど必要とせず、会話はすべて聞こえているのだ。

 鼻歌を止め、エルーシアはジェイを(にら)む――話題の進む先は、自身の秘めた想いだ。が、クロードの注意が飛ぶ。


「時間を計ってます。一定量で放って、止めないでください……私は、なぜ急に忠誠を誓う心境になったのかが気になりますね。何に気づきましたか?」


 再びエルーシアが鼻歌を口ずさみ、()ってきた麻痺(まひ)毒を持つ蜥蜴(とかげ)を斬り、クロードもルークへと問う。

 亡国ベテルの地では、土埃で小型の魔物が見えにくいのだろう。這って壁上に到着するものが増えている。

 

「神子になったのが……」


 眠り毒を滴らせながら牙を振りかざす青蛇(あおへび)にとどめを刺し、ルークは説明しようとするが言葉に詰まる。公表より前に神子に選ばれたと口にするのは誓約で禁じられ、この場には、知らされていないジェイがいるからだ。

 そのことに気づいたベナットが、眼光鋭く睨む。


「今、何を口にしようとした。デルミーラ様が隠し続けた秘密を、軽々しく漏らすんじゃない」

「ベナット、奥から向かってくる大型の陰が見えます。討ち漏らしに警戒してください。ルーク、一つ二つの単語を飛ばしたら、説明できるのでは?」

「……重責を押しつけた世界樹に、腹が立っただけだ」


 少し考えてルークが答えると、ジェイとベナットは目を丸くした――世界樹は、聖なるマナを放つ、信仰の対象だ。それに怒りをぶつけるなんて、理解ができない。しかし、クロードだけは声をあげて笑った。


「覚悟が固いですね。私も世界樹が憎いですよ」

「クロード隊長。口を慎むべきです」

「愛しい人を奪い去ったんです。これくらいの感情、許されますよ……火炎」


 空を飛ぶ小型の蝙蝠(こうもり)に火炎を放ち、クロードは北東に顔を向ける――デルミーラが命を落とした地へと。

 起こることすべてに意味があるのなら、恋に落ち、深く愛したのにも意味があるはずだとクロードは考えているが、愛する二人は重責を背負う神子だ。悪夢を回避するためとはいえ、世界樹が用意した運命は、素直に受け止めることはできない。


「いつエルーシア様に惚れたんだ?神子だぞ」

「出会った瞬間に、引きずり込まれた」


 幼いころの初恋を引きずる知の副隊長と違い、神子と知りつつ惚れたのはなぜかと、ジェイは剣を振るルークを見つめていたが、返された答えに納得する。

 出会った瞬間に世界が変わった経験があるからだ。


 中央で癒しの魔力を放ち続けるエルーシアは、耳を赤く染めながら瞳を閉じた。さらりとルークは告白するが、あの瞬間に自身も恋に落ちたのだ。

 初めて理解できた、運命の出会いという言葉。だが、理解できたからと、受け入れることはできない――待ち受ける運命は、悲劇しか想像できない。


 神子に伸ばされる画策の手に、近い者ほど狙われる。だから、リゲルの神子ラーレは人の心を手放し、ベラトリの神子は心を病んで四年前に命を手放した。

 アリッサの夫は、取って代わりたい者たちに命を狙われ館から出ない。神子になって日の浅いカティも、護衛兵隊は何度も人員が変わり、新しい兵隊長にいたっては名も呼ばない。


 それに、危惧することは山のようにある。世界樹の回避したい悪夢は生きているのだ。

 新しい夢のお告げがない今、危機を乗り越えるのは難しい。些細な夢にも意味はあるのに、残されたお告げのうち、回避されたものと訪れるものの区別もつかない。


 危険があふれている、深く関わるのは避けるべきだ。


 傾きかけた陽光を体に受けていたのに、急に(さえぎ)られ、雲でも流れてきたかとエルーシアは瞳をあけて息をのんだ。

 ルークがすぐ側から覗き込んでいる。わずかな間、鼻歌が途切れる。


「エル。魔力切れが近くて、気分が悪くなったか?」


 目を閉じていたから心配をかけたらしい。首を振って否定すると、安心したように目を細めて口角を上げ、持ち場に戻り、視界からはずれた。

 想いを皆の前で告白したからか、忠誠したように守るためか、距離が近い――騒ぎ出した胸を静めるため、魔力と鼻歌に集中する。想いを抑えるのが難しくなりそうだと感じながら。


「名呼びを通り越して、いきなり愛称呼びを始めた理由を聞いてもいいですか?」

「悪いな、他言しないと約束した。呼ばせてほしいと頼んだが……()()は愛称になるのか?」

「ルーク、知らないで呼び始めたのかよ」

「デルミーラ様が口にしないから、誰も呼ばなかった愛称だ」


 ※ ※ ※ ※


 補充した魔力もぎりぎりまで放ち、エルーシアが鼻歌をやめて、ぐったりと手を下ろしたとき、ジェイはすでに魔力切れを起こして(かたわ)らに寝かされ、討ち漏らした魔物の討伐で皆も疲れを隠せず、汗を滴らせて肩で息をしていた。

 前日と同じようにベナットが警戒しながら誘導し、クルルがエルーシアを抱え、ルークがジェイを背負い、クロードが追いかけるように向かってくる魔物に火炎を放ち剣を振り、小屋へと戻る。


 大きな怪我や毒攻撃を受けた者はなく、二種類の回復薬で治療できる程度だと集まった皆から報告を受け、クロードは作戦終了を告げた。

 国境での騎士隊の任務はここまで。あとは第三の騎士たちが、この上の屋根にも配備され、すべて討伐するはずだ。


 辺境伯への報告前に(のど)を潤したくて、クロードはレモン水を飲み、ほかの騎士たちも続けてカップを手に取ったり、外傷回復薬を切り傷や擦り傷に塗り込んだりと、なんでもない風景が小屋内に訪れる。

 ルークはジェイの半身を支え、ロズの手を借りて寝袋へと入れていたが、突然抜刀(ばっとう)して、片手で(つか)を握りながらジェイの背中に振り下ろした。


 視界の端でその動作を(とら)えた皆が、顔を瞬時にルークに向ける。だが、安堵(あんど)した直後の疲れた体では思考のまわりが悪く、次に取るべき行動につながらない。

 信頼していた友の暴挙に、足を抱えていたロズは目を見開いて尻餅をつき、一瞬で顔色を青く変えた。


「麻痺毒の赤棘蠍(あかとげさそり)だ。ジェイが刺された」


 背負われたジェイに張りつき、そのまま侵入したのだろう魔物が、身を半分に斬られて消滅し始めた。

 ジェイの背に赤い染みが広がるが、魔力切れで昏睡する身は、痛みや異変を知らせることはなく、剣を持つ手とは異なるルークのもう片方の腕に寄り掛かり、ぐったりするだけだ。


「エルーシア!赤棘蠍は猛毒種です、解毒薬は?」


 クロードが叫び、馬車へ入ろうと扉をあけていたエルーシアは、体を一瞬強張(こわば)らせるが、魔力の少ない疲れた身で、すぐにルークとジェイのもとに駆け出した。

 女性雑務員も、預かっている鞄を抱えて駆け寄る。


「魔力切れの昏睡中です。通常の治療とは異なるので私が処置します」


 シャツを脱がせてうつ伏せで寝かせるように指示すると、刺された跡を確認し、赤黒く変色した皮膚に外傷回復薬を塗り、仰向けに返させ、受け取った鞄から(いく)つもの薬をスプーンで飲ませる――と、エルーシアは心配顔で覗き込んでいるクロードを見上げ、癒しの魔力を満たすと一言告げる。

 瞬時に、クロードの顔が悲痛だと(ゆが)む。


「ぎりぎりの魔力しか残ってないですよ、魔力切れを起こすじゃないですか。回復薬を――」

「一本じゃ足りないの。自身の魔力がない状態で猛毒を受けているのよ。外傷回復薬を塗って、鎮痛と解熱、複数の解毒薬を飲ませて、このうえ、二本飲ませて魔力酔いまでさせたら、負担が大きすぎる」

「ジェイは魔力酔いに慣れて――」

「回復薬は癒しの魔力とは別物なの、今の状態だと、後遺症が出る可能性があるのよ。まだ、生まれた子の名も決めてないの……こんな時のために、昨日から回復薬を飲ませていたんでしょ?大丈夫よ」


 クロードは眉をひそめたまま、ルークをちらりと見てから(うなず)き――ルークは二人のやり取りで、何かがあると不安を(あお)られてエルーシアを見つめた。

 エルーシアは淡々と、一本の回復薬をジェイの口に流し込んでいる。回復薬を飲ませ、そのうえで足りない分の癒しを満たすのだ。いつも身に抱える膨大な魔力は、もうわずかにしか残ってないから。


「エルに、何か負担があるのか?」

「ただ魔力切れするだけです。ジェイから離れてもらってもいいですか。魔力の残りが少ないので、集中する必要があります」


 ルークが少し体を引いて離れると、エルーシアは深く息を吐き、吸収される回復薬の様子を確認しながら癒しの魔力を注ぎ、そのまま意識を手放した。

 淡い瞳とともに恋心も隠すように(まぶた)は閉じられるが、崩れる先は、伸ばされた想い人の腕の中。


設定小話

エルーシアと呼ばれるのが辛いらしい……違う名で呼ぼう

でも、全然違う名は気づかないだろう……なら、半分のエルで呼ぼう

単純ですが、お陰で唯一の愛称呼びが許された人になりました

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