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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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79 小屋の外と内

 報告を終えたクロードは小屋のある方角へ歩を進め、国境の壁の向こう側から現れた、旋回(せんかい)する大きな影を目撃して走り出した。

 太陽を背にして飛ぶ魔物が何か確認できず、顔を強張(こわば)らせる。


 視線をまわりに向けるが、第三の騎士は何をしているのか、大型の魔物なのに討伐する気配がない。侵入を防ぐ掛け布があるとはいえ、建物自体を攻撃されれば崩壊もあり得るのに。

 小屋に近づき、魔物の種類が分かり、思わず舌打ちする――硬嘴(こうし)大鷲(おおわし)だ。小屋を(くちばし)でつつかれたら厄介だ。


 ジェイの名を大声で叫んだ瞬間、小屋の前に大鷲が落ち、慌てて走る足を(とど)め、火炎を放つために左手を向け――屋根から剣を振り上げて飛び下りる姿が目に映り、荒い呼吸と魔法の発動を止める。

 剣に炎をまとわせ、着地と同時に大鷲の(のど)を斬り裂くのはルークだ。しなやかな尻尾が弧を描いている。

 安堵(あんど)で大きく息を吐き、緊張から解放された体は一気に汗を滴らせる。


「見事だ。クロード隊長、おかえりなさい。ルークと指南の契約を交わしました」


 小屋の上から声をかけられ、何が起こっていたのか、クロードはようやく理解する――この二人が小屋の上から討伐していたから、第三の騎士は手を出さなかったのだ。


「契約?ただの取り決めじゃないのか」

「口約束も契約だ。必ず守れよ」

「心臓に悪いですね……ベナット、王都への報告を頼めますか?私もルークと話がありますので」


 ベナットは(うなず)くと屋根から飛び下り、報告すべき内容を確認して、布をめくって小屋に入った。

 ルークは消滅する大鷲から転がり落ちた魔核を拾うと、クロードへと差し出す――護衛依頼の取り決めでは、魔核はとどめを刺したルークの所有となるが、この作戦中に限り、国境の部隊に渡してほしいと頼まれているからだ。報酬は別に用意すると、すでに話は決めている。


「本音を言えば、特別報酬として譲りたいのですが、目撃者が多すぎますね」


 ルークから魔核を受け取り、討ち漏らした小型の魔物を追って近くで討伐していた騎士へ、声をかけて投げ渡す。


「ここで手に入る魔核は、すべて第三騎士団のものか?」

「国境の警備を固める資金になります。屋根に戻りましょうか。聞かれたくない話ですし……風に当たりたいですよ」


 クロードはジャケットを脱いで腕に掛け、階段をのぼりながら、どう大鷲を追い詰めたのか(たず)ね、ルークは答える――石槍を投げたが見事にはずれ、ベナットが脇腹と羽の付け根に三本の石槍を刺して落としたから、首を狙ったと。


(とう)てきは動かない(まと)から始めないと、当たりませんよ。おそらく、身体強化魔法の発動を観察したかったんでしょう」

「二人も、情報の共有が足りてないんじゃないのか」

「あとで話し合いますよ。連絡板には、内密にしたいことは書けませんからね」


 クロードの話しぶりでは、知の副隊長には秘密にしておきたい事柄があると言っているも同然である。

 エルーシアに想いを寄せている相手だ。気にはなるが、会ったことのない相手にまで頭をまわす余裕は、今のルークにはない――覚えることや考えることは、日々増えていくから。


 壁上(へきじょう)のへりにクロードは腰を下ろし、ルークも隣に続いた。目の前に広がるのは亡国ベテルの地。あちこちで、まだ討伐は続いている。

 風に乗って流れた癒しの魔力を感知し、遠くから駆けつけて姿を現す魔物も、これから続くだろう。


「あの瓦礫(がれき)ですが、もとは何か分かりますか」


 クロードの告げるものが何かは予想でき、ルークは頷く――ベラトリの国境からも見えていた。瓦礫ではなく、(とりで)として大きな建造物がまだ残っている。かつて、ベテルが攻め入るときに造った砦だ。

 先日エルーシアから聞いた歴史では、ベテルはアルニラムへも攻めようとしていた。そのときに同じ砦が建てられたのだろう。


「さすが亡国ベテルの技術と言うところでしょうね。堅固(けんご)で破壊が難しい砦です。ここ以外で、あと六棟も建っていますよ」

「ベラトリでは、すべて残っているはずだ。一棟破壊できたなら、武具工具で発展した国より、こっちのほうが技術が上ってことになるのか?」

「いいえ。武具工具はベラトリからの輸入が多いですよ……恐ろしい話ですが、聞いてください」


 クロードが恐ろしいとよく口にするのは、エルーシアに対してだ――瓦礫とどんな関わりがあるのか、ルークは息をのむ。


「五つで引き取り、その年は辺境伯の城に預けて国境の任務を行いましたが、一年後、デルミーラはエルーシアと離れることを拒んで、ここへ連れてきました。で、目の前で、アイン隊長とぼやいたんですよ……あの砦が邪魔だと。風の通りが悪くなりますからね」

「あいつが何かやったとでも?まだ六つだろう」

「作戦の前夜、轟音(ごうおん)に起こされて皆で屋根にのぼると、一人で(たたず)んで、土煙を広げる瓦礫の山を(なが)めていました」


 馬車で寝ているはずだったが、夢見が悪くて起きたのだろう。扉を自由にあけることのできないエルーシアのために、ストッパーを挟んでいたから、簡単に抜け出せた。

 引き取り、愛してくれるデルミーラの役に立ちたくて、その思いだけで事に及んだのだ。

 魔物の襲撃かと警戒し、確認にのぼっている大勢の姿が、ほかの小屋の屋根にも影として見えた。


「雲の多い、薄暗い晩で助かりましたよ。翌日、明るくなって第三の騎士が確認に向かい、瓦礫は鋭利な刃物で切られていたと報告されました。見様見真似(みようみまね)で放った風の刃が、恐ろしい威力を持っていた……そうデルミーラは推測して、攻撃魔法を誓約で禁じ、私たちにも教えることを禁じました」

「威力の制御を覚える前に、甚大な被害が出る……か。抑制の腕輪は着けていなかったのか?人の子は着ける義務があるだろう」


 クロードは説明する。魔法抑制の腕輪は完璧ではないことを――だから、一つだけ着けていたときに、魔力の暴走を止められなかった。そして、砦を破壊した晩は、二つ着けていた。

 あの晩は暴走ではない。二つの腕輪が抑えきれない魔力で、明確な意思のもとで放った攻撃魔法――制御できずに起こる被害は、ジェイですら比べものにならないほど大きい。誰も破壊できず、いまだに残る堅固な砦を、六つの年で瓦礫へと変えたのだ。


「ですが、デルミーラの推測は、間違っていたのかも知れないですね」

「あ?やっぱり、暴走だったのか」

「いいえ。そうではなく、本当に風の刃だったのか……ですよ。大気を操って火炎を飛ばすんです。彼女には、私たちの理解できない知識があふれていますからね」


 機会があれば地球の話を聞いてみるといい。そうクロードは小さく笑うが、この世界ですら理解できないことが多いのに、話を聞いて理解できるとは思えない。

 ルークは知識の足りなさにため息をつく。が、エルーシアを知るためにはそれも必要か、遠くに広がる瓦礫を眺める。瓦礫の山が崩れて一面に広がっているのは、十年以上の歳月で魔物が蹴散らかしたからだろう。


「引き取られて、王都へ移ってから二年間の記憶は、今の彼女には残っていないので、この話も内密に願いますよ」

「なぜ、こんな話をオレにするんだ?今度は何を(たくら)んでいる」

「もうルークに対する企みはないですよ。覚悟を決めたのなら、話しておくべきことです。恐ろしい生き物ですよ……彼女自身からも守ってください。この先、何が待ち受けているのか、読めませんから」


 これまでクロードが警戒していたのは、この北西の国境で待ち受けている魔物だった。だが、最強の騎士も加わったのに、さらに先に危険があるような言い方だ。

 何を危惧しているのか、問い詰めるようにルークは瞳を険しく変え、クロードは口を開くが言葉に詰まり、ため息に変える。


「王都で、何かあるのか」

「あると言えばありますね……別の話になりますが、気にかけておいてほしいことがあります――」


 ※ ※ ※ ※


 少し時を戻して小屋の中、ルークとベナットが連れ立って出ていったあと、食器の片付けられたテーブルを一台、馬車の側に運んでもらい、エルーシアは外傷回復薬の調合を始めた。

 今日の任務で皆に怪我はなかったが、魔物が集まり続ける中で、明日も明後日も任務があるのだ。予備があれば安心もできる。


 女性雑務員に一つ頼み事をして、乾燥させた世界樹の葉や薬草、濃縮薬草エキス、何かが練り込まれて草色になった蜜蝋(みつろう)の塊などを並べ、空き缶を消毒液で拭いているとき、何をしているのか気づいたジェイが、木箱を持って近寄り、腰を下ろした。


「声をかけろよな。力仕事は?」

「火炎をだいぶ放っていたでしょ。魔力も使っているし、ゆっくり休んでいたら?」

「むしろ動きたい。嬉しすぎて落ち着かない。あと三日だぜ」

「辺境伯のお城に着いたら、ジェイはそのまま休暇に戻るの?長期休暇はまだ残っているでしょ」


 ジェイは、ウィノラの出産予定まで長期休暇をとっている。出産が早まり、遠征に駆けつけているが、本来はまだ休暇中である。

 休暇をとらせてほしいとクロードに頼んだが、隊員の日程調整はエルーシアの仕事ではない――このまま王都に戻るのかも聞いていない。


「もとの予定では、作戦のときだけ参加して休暇に戻るはずだったけど、ウィノラも子も無事で元気だし、親父さんと一緒に王都に帰るらしいから、このまま遠征だな」

「やっぱり、辺境伯の爵位を譲るの?」

「愛する娘が、可愛い孫を生んだからな。離れたくないからって、引退を早めて王都に越す気だ」


 手伝いたいとの申し出をありがたく受けて、消毒した乳鉢(にゅうばち)を渡し、あれこれと薬草を放り込み、ジェイがすり潰していると、女性雑務員に頼んでいた、お湯の入った鍋をロズが持ってきた。

 エルーシアが礼を告げて受け取ろうと手を伸ばすが、手伝えることがあるなら仕事がほしいと返され、鍋に湯せんボウルを重ねて蜜蝋を入れ、溶かすのを託す。


「自分、今日は立ってるだけで討伐してないんです。それで落ち着かないんですよ。今も洗い物を手伝っていました」

「おう、下は安全だったか。いいことだぜ」


 国境の地が落ち着いてきた証拠だと、ジェイは喜ぶ――生まれも育ちも王都だが、最愛の人の故郷である。

 それに、北西の国境が落ち着けば、王国の安全性も高まるのだ。確かに喜ばしいことであり、ロズも納得する。


「ところで、これは何をつくっているんでしょうか」

「外傷回復薬ですよ」

「……手伝って大丈夫ですか。製法は秘密、とかじゃないんでしょうか?高価な薬ですよ」


 原料に世界樹の葉や生育の難しい薬草があるので、製造や販売は治療院で管理しているが、別に製法自体は秘密ではない。

 回復薬と比べると外傷回復薬は割高に感じるが、回復薬は一回で飲んでなくなる薬だが、外傷薬は止血や傷をふさいだり、皮膚を再生させたり、用途で少しずつ長期間使える――特別高価な薬ではないとエルーシアは説明する。


「あっ、そうですね。回復薬は一回分ですね」

「子供や疲労なんかは半分で済ませますが、一度開封すると長持ちしないですからね」

「疲労で回復薬を飲むのは騎士隊だけで、一般的じゃないぜ」

「それくらいなら、私の自作だしいいでしょ」

「そういえば、手の傷痕を見てるとき、回復薬で治療したのは癒し手の技量か知識が足りないって言ってましたが、ダメなんですか?」


 癒しの魔力なら、患者や状態を診て流す量を調整するが、一本のビンに詰められた回復薬では難しい。回復薬は、あくまでも癒しの魔力の代用品なのだ。

 魔力上げする前の子供以外、誰が飲んでも魔力酔いしない量で出回っているから、重傷患者には回復効果が足りない。


「なので重傷患者には癒しの魔力を満たして、回復の昏睡に導くのが一番なんです。村などで癒し手が不在な場合、応急処置で回復薬を二本飲ませて魔力酔いさせますが、治療院ではしませんね」

「回復薬二本は、魔力酔い……ジェイさんは飲んだことがあるんですよね。自分は魔力酔いの経験もないんですが、どんな感じなんでしょうか?」

「魔力酔いは、眠る前に気分が悪くなるだけだ。あとは、満たして昏睡するのと変わらないぜ」

「ジェイは魔力酔いと縁があるわよね。どうなるか試したいからって、防御の腕輪をはずしたり、世界樹の森に突進したり――」


 この激戦区、入り口の布を大きくあけるのは、同時に魔物が侵入する恐れがあるから禁止されている。だが、掛け布がばさりと大きくめくられた。

 エルーシアたち三人や、休息だからと雑談をしながらカードゲームを楽しむ騎士たち、夕食の下ごしらえを始めたマコンや雑務員たち、小屋内の皆の視線を瞬時に集めた。


設定小話

冒険者ギルドで魔力酔いした三人も、あのあと昏睡して……絶好調で起きる

騎士になるため学び、騎士として多くの怪我もしてきたはずなのに、魔力酔いの経験がないロズは運がいい

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