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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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74 隠し事と報告

 馬車の御者台に並んで座り、体を少し傾けて手を重ねる。いつもとは異なる場所で行う、慣れてきた魔力の指南。

 アインの言葉に乗り、剣の指南を受けたのはいいが、さすがに魔力切れ寸前で動きまわるのは無理があったか、汗が止まらずに癒しの魔力を少し流してもらい、呼吸が落ち着いてから場所を移動した。


 このあと、火炎を一発放ったら魔力切れする身。倉庫に戻るより、御者台で指南を受けて、魔力上げの昏睡へと移るほうが効率いい。

 鼻歌が耳に入り、通過する癒しの魔力は感じとれるが、残りわずかな自身の魔力を動かすことはできそうになく、ただ目の前にある、柔らかな手と微笑みを見つめる――あの晩から、様子が少し変わった。浅はかな行いに後悔している。


「アインのせいですね。魔力切れ寸前での疲労があって、集中できないですよね。動く様子がないです」

「いや、悪い。指南してくれてるのに集中できないオレのせいだ……謝らせてほしい」

「いえ、集中できなくて当然です――」

「違う。信頼を欠く行動をとったんだ、拒まれても仕方がない。手を重ねてくれてるのに、あんたに悪いことをした。心から悔いてる」


 何か話が噛み合わなくて、エルーシアは不思議で首を傾けた。肩に掛かっていた髪が流れ、金の月も加わった夜空からの月明かりを受けて艶やかに光る。

 いつもより近い場所で目に入る髪は誘うようで触れたくなるが、そんなことはあり得ない、悲しみを含んだ瞳は拒んでいる証拠だ。


「……なんの話でしょうか?」

「ショールのことで、嘘をついた」

「そのことでしたら本当に気にしないでください。護衛として信頼もしてますし――」

「それなら、なぜあの晩から雰囲気が変わったんだ。失望か信頼を失ったかだろう。なのに、指南はするし、伸ばす手も取ってくれる。負担を与えたいわけじゃないのに、すまない」


 上手く取り繕えていないのか、エルーシアは貼りつけた神子の微笑みをわずかに引きつらせる。

 表情や雰囲気が変わっても、自身では気づきにくい――恋心に諦めが芽生え、跳ねる鼓動が楽になったのは、ルークの語るあの晩だ。


「拒まれないなら守りたいが、負担でつらくなるなら、どうすべきか考えるつもりだ」

「大丈夫です、つらい思いはしていません。十分に守ってもらって、信頼もしています。悩みはありますが、ルークとは関係のないことなので、罪悪感は持たなくていいですよ。気にしないでください」

「そんな顔をされたら気になるだろ、話してほしい。してあげられることは少ないが理解したい。口外禁止にすればいい」


 前にもルークは口にしていた、口外禁止と告げればいいと――話すことで、楽になることは多い。

 その優しさに、エルーシアは自然と笑みがこぼれた。差別される世界を生きてきたのに、優しさを抱く人だ、想い人と幸せになってほしい。


「ルークの誓約書は、補充隊員にと用意したので、私には口外禁止を指示する権限はないですよ。でも、気遣いは嬉しいです。ありがとうございます」


 魔力の指南はまだ一度しか行っていないが、今夜は二度目をしても無駄だろう。早く休ませたくて、エルーシアは重ねていた手を離したが、ルークの手が追いかけた。


「殺したと、(つぶや)いたのは?過去の話で、あいつに責められたことを思い出して何かつらいのか」

「……誰も殺してはいません。聞き間違いですよ」


 掴まえた手がするりと抜け、寂しげに微笑んで立ち去る背中――何をしてあげられるのかと悩み、見つめるルークの瞳も、寂しげなものへと変わる。

 罪悪感は勘違いのようだが、まだ理解が足りない、知識が足りない、寄り添う(すべ)が足りない――想いはあふれているのに、月明かりに照らされる姿は(はかな)くて、かつての輝く人のように消えてしまいそうで、(とど)めておけない。


 ※ ※ ※ ※


 魔力切れで昏睡したルークや、酔いのまわった騎士たちが寝袋に包まれ、倉庫内の明かりは一つのランタンだけとなり、二人の密談が始まる。


「魔力をぎりぎりまで消費してからの剣の指南なんて、無茶ですよ。子爵家の教えですか?」

「そんな教えはないが、どこまで耐えられるか試しただけだ。根性は認めてやる……恐ろしい話を聞いたんだ、声を張りあげたくもなるだろう」

「あんな風に、さらりと炎を操るなんて、本当に恐ろしい生き物ですよ」

「違う!お前の髪の話だ」


 話の内容を思い出したのか、アインは眉間を揉む――このまま倉庫内で話を進めると、荒らげた声で騎士たちを起こしてしまいそうだ。

 クロードは図鑑を一冊脇に抱え、ウイスキーのビンとグラスを二つ手に持つと外に誘い、アインもランタンを下げて続く。

 見張りに立つ第三の騎士たちに、会話が聞こえないよう距離を保てと指示し、二人は荷馬車の御者台へと腰を据え、酒を満たしたグラスをかかげて一口飲み、クロードから話を切り出した。


「今回の遠征で、瘴気溜まりが二箇所ありました。王国内での発生は減少しているのに不可解なんです。東街道と西街道ですが、西の調査をお願いできますか」

「減少しても皆無じゃない、二箇所なら許容範囲だろ。それに西街道は私の領地から離れているぞ」

「他国の魔物が出現し、リゲルとサイフでも同じことが起こっています。信頼の置ける人に頼みたいんですよ」

「詳しく聞かせろ」


 返事を受けて内ポケットから取り出した地図を広げ、クロードは知り得た情報を報告する――西街道近くの山裾(やますそ)の洞窟に関しては、事細かに。

 次にサイフ公国の魔物図鑑をめくり、ある魔物のページを開いてアインに渡す。青黒い毛に覆われた腕の長い大型魔物の挿絵が、ランタンの明かりで物々しさを語る。


「エルーシアの見立てだと、魔物はこれです」

毒棘(どくとげ)ナマケモノ……知らない魔物だな。発生はサイフの南東か。国巡りでも立ち寄らない場所だが、よく気づいたな」

「ナマケモノという生き物は大陸には存在しませんが、地球には生息していたそうで、独特の顔と体型で覚えていたと。この名の魔物も、これ一種しか確認されていません……それから、洞窟奥に白骨化した遺体があったそうです」


 癒し手以外に瘴気は感じとれないから、瘴気溜まりに迷い込む者がいても不思議ではなく、そこで魔物に襲われることもあるだろう。

 しかし、不可解なことが多い瘴気溜まりだ。気になることは、すべて調査対象にすべき。


「お前は確認してないのか?」

「あの子が攻撃を受けたので、確認よりも、早く退避したかったんです」

「また怪我をさせたか……悔しいな」

「洞窟の正面に座らせました。完全に私の落ち度ですよ」


 クロードがエルーシアをあの子と呼ぶのは、酔ったときや親心が強いときだが、まだグラスの酒はさほど減っていない。

 隊の皆の前では隊長として気を張る必要があるが、隣にいるのは、情けなかった若いころもよく知る元上司であり、弱音も自然と顔を出した。

 落ち込む元部下への励ましか、アインが力強く背中を叩き、涙が誘われたクロードは、にじんだ目を夜空に向けた。愛しい人がいるであろう空だ。


「報告を続けます。デルミーラは、夢のお告げを残していました。死後も効力は続くとみています」

「根拠はあるのか?残しているのは(いく)つだ」

「お告げですよ、起こる前では幾つかなんて聞けません。ですが、根拠なら説明できます。ベナットの腕が斬られたとき、あの子は直後に駆けつけました。第五治療院にいる予定なのに、王城に現れたんです」

「まだ終わってないのか……いや、これは何につながっているんだ?」


 アインも空を見上げるが、答えが返ってくるはずもなく、夜風が流れるだけの静けさの中、二人は考えを巡らせる――不測の事態に備えて、取るべき行動を。


「取りあえず、預かっている連絡板はいただくぞ」


 南街道で託した、薄い布に包んで渡した欠けた連絡板。王都にいるベナットを介して、オアマンド捕縛のために連絡をとっていたのだ。


「王都に戻ったら、知の副隊長が持つ連絡板を私が所持します……夏に王都へきますか?」

「その連絡板はすでに回収して、ハリエットに保管させている……社交に興味はない。議会も兄貴を参加させるから、私は領地に残る」

「たまには顔を出してください。この二年、王都に寄っていないですよ。エルーシアも喜びます」


 十代で王都に移り、長い間住んでいたのは、デルミーラを護衛するためだ。ともに過ごした思い出が多すぎる。

 足が遠のいたのは、領地を守るためだけではなく、親友を守れなかった罪悪感があるからだ――触れられたくない話題を変えるため、アインはグラスをあおると隣を(にら)んだ。


「それで、あの半獣人を側に置く理由はなんだ。聞かせろ」


 まだ丸みを残す二つの月が輝く空のどこかに、デルミーラがいる。この空のもと、喜ばしい報告ができるのだ。クロードはにっこりと笑顔を浮かべた――


 ※ ※ ※ ※


 ――春の日差しが暖かさを増し続ける中、デルミーラに誘われて、神子の館の二階にあるバルコニーで、エルーシアはハーブティーに口をつけた。

 ガラスポットには、蜂蜜漬けのレモンと一緒に、気分を落ち着けてくれる葉がゆらゆら踊っている。


「どうしても、次の冬に入学するのか?」

「ウィノラと一緒がいいの。早すぎる?もう締め切った?」

「いや、そう選んだのなら好きにしろ。手続きは十分間に合う……ただ、入学前に話しておきたいことがある」


 七つで神子になった。あまりにも早すぎだった。だから、公表せず、本人にも隠していたが、入学するなら隠してはおけない。

 癒し手は学ぶからだ。それ以外にも、学ぶ前に世界が広がれば耳に入るだろう。世界樹の領域に入れるのは、神子に選ばれた者だけだと。


 クルルを救出して以降、一人で森に入ることを禁じ、勝手に領域に入ることも禁じた――理由も告げずにだ。

 行動に制限をかけたくはなかったが、神子になりたくて森の中層をうろつく癒し手に目撃されるのを危惧して。


 あと二年から三年は隠す予定だったのに、遠征で辺境伯の城に滞在している間に、ウィノラから入学話を聞いたらしく、王都へと戻る道で、エルーシアも入学したいと言い出したのだ。

 それで、デルミーラは数日かけて考えを巡らせた――入学前に伝えること、どんな危険があるか、しておくべき対策は何か。


 遠征や国巡りにも連れ出している。突然くる夢のお告げにもだ。学びも兼ねて瘴気を祓わせているから、神子は危険と隣り合わせだと気づいたはずだ。

 衝撃を与えないように、デルミーラは言葉を選んで伝える。が、エルーシアは笑顔であっさり受け入れた。


「デルミーラと同じなのね、嬉しい。これからも手伝うわね」


 手伝うどころではない、すでに瘴気を祓う主導権を握っている――まだ風魔法とあわせた扱いが未熟で、デルミーラの補佐は必要だが、癒しの魔力をただ放つだけなら慣れたらしく、桁違いの量で、瘴気溜まりを簡単に祓うのだ。

 何人分の癒し手の働きで手伝いと勘違いしているのか、デルミーラは眉をひそめたが、ハーブティーを飲み干し、一冊のノートをテーブルに出し、もう一つの話題に移った。


「あと、これからはノートにも目を通して、危機を察知してほしい」


 この渋いレンガ色のノートは、夢のお告げが書かれ、デルミーラ以外が勝手に開くことを禁じらている。

 内容を先に知ってしまったら、発言や行動を意識して変えることができるからだ。意図して変えられたら、世界樹の知らせる危機に気づけなくなる。


 だが、エルーシアは夢に現れない。一度姿を現したが、以降ぱたりと見せなくなった。

 夢には現れないが、常に側に置いているからお告げの場にいることは多く、無言で佇んでいれば、干渉せずに危機に気づけるとデルミーラは読んだ――危機に気づけるのなら、自身の身を守る(すべ)になるかも知れない。


「急ぎで読んだほうがいいの?」

「いや、入学までに目を通せばいいが、読みたくないのか?」

「遠征から帰ったら、始めようと思ってたことがあるの」

「何を始めたいんだ」

「普段使いの馬車を、特製箱馬車みたいな魔道具にしたいの。安全になるでしょ」


 ハーブティーを飲み干したエルーシアから、きらきらと期待に満ちた瞳を向けられ、デルミーラは固まる――発想についていけないのだ。

 この世界の日常にあふれている魔道具とは異なる、魔法文字が複雑に絡んで書かれた、エルフからの贈り物なのだ。再現なんて、誰も考えない。だが、返事は決まっている。


「やりたいことをやれ。好きに選べばいい」

「ありがとう」


 ハリエットがティーセットを下げにきて、入れ替わるように立ち去る背中を見つめ、デルミーラはため息をついた。

 この遠征中、ノートは新しく買い替えて分厚くなった。些細だと残していなかった夢にも意味があると気がつき、覚えている限りを書き足したからだ。


 これからもお告げは書き足されていくから、分厚いノートを選んだ。色は、エルーシアに選ばせた。

 この新しいノートが、愛し子の未来を守ってくれることを祈り、優しく撫でる――


設定小話

アインはデルミーラの二歳上、今年四十五歳

デルミーラの側を離れたのは、実地訓練の二年間だけです

ずっと一緒なのに恋心は皆無……いえ、ずっと一緒だから皆無なんです

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