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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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72 馴染みの倉庫

 順調に進行し、辺境伯の領地の手前にある馴染みの村、そのはずれにある馴染みの倉庫へと一行は到着し、意外な人物の出迎えを受けた。


「よう、クロード隊長に愛し子、お疲れ様。村長への挨拶も飯の手配も終えたから、ゆっくり過ごすといい。夜間の見張りも第三(うち)の騎士を立たせるから皆で宴会しろ。守りは固めてあるんだ、クルルも近場で遊んでいいぞ」


 春のコートの左袖を風になびかせ、入り口で(たたず)んでいるのはアインであり、その姿を確認したクロードはすぐさま馬から降り、険しい顔で駆け寄った――クルルは身を小さく変えて、指示が変更される前にと急いで近くの木に駆け上がる。


「なぜ、アイン隊長がいるんですか。取り調べや裁判はどうしたんですか!」

「すべて終えたから報告にきたんだが、お前は聞きたくないのか」

「……聞かせていただきます」


 エスコートする者が離れたからか、ルークが御者台に近寄り、エルーシアは差し出された手を借りて馬車を降りた。

 それを見たアインは眉をひそめ、クロードは口角の上がった口もとに指を一本立てる――今は、話せるタイミングではない。


 夕食の準備が不要とはいえ、マコンには買い出しがあり、男性雑務員を連れて出かけ、女性雑務員も水場のある倉庫裏へとまわり、手伝いに雇われた村の娘たちに洗濯の指示を始めた。

 騎士たちは慣れた作業だと、馬車を倉庫前に並べて馬具(ばぐ)をはずし、馬を隣接する厩舎に連れていく。そしてエスコートを終えたルークも加わり、(くら)をはずしながら、胸に生まれた疑問を投げた。


最上(もがみ)の神子の隊長だろ。あの二人は憎んでないのか?」


 デルミーラを想って泣いていたエルーシア、今でもデルミーラへの愛を公言するクロード。なら、守れなかった隊長を憎んでも仕方ないのではと思ったのだ。

 これまでのルークだったら口にしない疑問だったが、エルーシアの世界を理解したいと思う今、知りたくて口から出た。


「アイン隊長は従兄妹(いとこ)で親友だったんだ。守れずに後悔してないと思うか?腕もデルミーラ様も失って、荒れてたんだぞ」

「エルーシア様も自分を責めて、二人とも酷かったぞ。隊長は冷静だったけど……死ぬ運命だって、先に聞かされたんだろうな」

「隊長は婚約したんだぞ。死ぬのを分かってて求婚するのは変じゃないか?」

「あのときデルミーラ様は、提案をのむって言っていたろ。隊長が望んだんだろ」

「クロードは最上の神子と婚約したのか……あのとき、とは?」

「ベラトリに発つときだ」


 デルミーラは二年前の春、ベラトリの地で命を落とした。詳細は公表されていないが、何があったのか。

 未来を知る神子が、守るために尽力した愛し子を残し、死の運命を受け入れて出発したのはなぜか。死ぬと分かってて婚約したのはなぜか。


「原因は魔物だとしか知らないが、ベラトリで何があったんだ?」

「俺たちには知らされてないぞ。デルミーラ様の騎士隊も口外を禁止されてるから、話せるのはあの三人だけだ」


 皆の視線が一点へと移り、ルークも追うと、先には素の表情で再会を喜ぶエルーシアと、隣に寄り添うクロード、頬を緩めたアインがいる。

 すべてを知っているであろう三人が、何を胸に秘めているのか、まだ情報の足りない身では想像もできない。



 馬の世話や荷降ろしを終えた騎士たちは、村の飯屋と飲み屋から運ばれた料理や酒が並ぶ二台のテーブル前に木箱を置き、足を揃えて背を伸ばして座った。アインの前で姿勢は崩せない。

 アインとは初対面のロズも、先輩騎士たちの態度から体を硬直させたが、ルークだけはいつもどおりに足を広げて腰を下ろした――慣れてきたとはいえ、木箱は座り心地のいい椅子とは異なる。


「皆、楽にしなさい。明日以降も遠征は続きますよ。ここで疲れたら、神子の盾になれません」

「私は隊長じゃない、ちょっとした報告と昔話をしにきた客だ。知人と思って気を楽にしろ」

「前にクロードは言ってたわよね、遠縁のような客って……あのときの客もアインだったんでしょ」

「なんだ、この子にも隠していたのか?」

「ジェイがいますからね。気を許して、ぽろりと失言とかありそうじゃないですか。実際、従兄弟(いとこ)になりかけたんです、遠縁みたいなものですから嘘ではないですよ」

「……ぽろりと失言」


 騎士たちが姿勢を崩したところで、アインはオアマンドの裁判の報告を始めた。楽しい話題ではない、乾杯の前に済ませておきたい。

 移動中の馬車で取り調べを進め、領地に到着後、すぐに手続きを指示して同時に裁判も起こした。捕縛時に述べたとおり多くの罪を肩に乗せ、外壁修繕で長期作業が決まった――と、にやりと笑い、踏んで肩をはずしたら情報を吐いたと補足し、今後二度とエルーシアの前に現れないことを約束する。


「あのクズは、森の入り口で拾った本人確認カードを使用していた。居住地として登録された町に確認を入れたが、本人は五年前から行方不明と返答がきたから、魔物の被害にでもあって命と一緒に落としたカードだろう」

「ずいぶんと取り調べも裁判も早いですが、抜けはないですよね?」

「書類は兄貴に任せたが、抜けはない。あればどんな手を使ってでも対処するぞ。王都やほかの貴族から文句が出ても、口をつぐませるさ。隊長を長く務めたんだ、お前にも教えただろ、脅す種は(いく)らでも――」

「ちょっ、エルーシアの前で何を話す気ですか!」

「……クロード、あとでゆっくり話しましょうね」



 そうこうしているうちにマコンや雑務員も戻り、皆でエールやワインを手にかかげ、乾杯の歓声をあげて宴会は始まった。明日は辺境伯の領地を進行し、国境へと到着する予定だ。その翌日から三日間、国境での討伐が待っている――ここで英気を養うのだ。

 エルーシアの食に厳しいクロードは、取り皿に肉料理や卵に豆、あれこれと加えていく。


「エルーシア、国境前に食を整えてください。最近はチーズや果物ばかりですからね」

「なんだ、果物ばかりとは。使い魔と同じになりたいなら反対はしないが、そうじゃないなら食え」


 過保護な保護者が増えたらしく、さらに肉料理が目の前に追加され、二人に挟まれるエルーシアは黙々と口に運ぶ。まだ食欲は戻ってないうえに数日ぶりの肉料理は胃に重いが、安心させるには食べるしかない。


「このあと、聞きたいことと試してほしい魔法があるんだ。しっかり食べておけ」

「エルーシアに魔法って、まさか攻撃魔法を教える気ですか?誓約で、発動は禁じたままですよ」

「どうだろうな……あの晩の説明を聞きたい」

「あの晩って、いつの?私は覚えているかしら」

「火の魔法の適性がないのに、火炎を空に上げたんだ。今なら覚えてなくても説明ができ――」

「やめてください!この子に思い出させないでください」


 急に不穏な空気が発生し、料理や酒に喜び、雑談に花を咲かせていた皆が口を閉じて視線を向けた。

 静まり返った中で、クロードとアインは間にエルーシアを置いて(にら)み合う。


「まさか、まだ話してないのか」

「話す必要はありません」

「己の身に起こったことだぞ。暴走の心配はなくなっても、暴発の危険はあるんだ。もう子供じゃない、何があったか理解して、自衛すべきだ。そのために隊長になったとき誓約書を返したはずだぞ」

「誓約書は燃やしていません、まだ有効です。この子の魔法の扱いは一流なので、暴発の危険はないです。それと、アイン隊長は矛盾していますよ。あれを再現させる気ですよね」

「別に手を焼けとは――」


 クロードは立ち上がり、これ以上話せないようにとアインの口を手でふさいだ。が、すでに言葉の欠片(かけら)はこぼれている。

 エルーシアはフォークを落とし、手のひらを見つめた。


「私は……暴走して、手を焼いたの?」


 ※ ※ ※ ※


 自身のことだとエルーシアは知りたがったが、食事の席で話せることではない。無関係の者の耳に入れていい話でもない。

 食後に馬車で説明すると、クロードは重い口を開いた。だがアインは、暴発に備えて隊の皆は知る権利があると折れず、クロードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、(しば)し悩んだのちに承諾した。


 酒のグラスから手を離し、皆が無言で腹を満たし、クロードの指示でマコンと雑務員を残して倉庫から表へと出て、第三の騎士たちに倉庫内で食事をとるように告げる。

 人影はなく、聞き耳を立てる者もいない中、ランタンの明かりのもとに集まるが、アインはルークとロズをちらりと見て指摘する。


「無関係の者が二人いるぞ」

「個人的にエルーシアが依頼している者と、正規隊員へと声をかけている者です。皆に教えるのなら、この二人も知る権利がありますよ」


 重苦しい雰囲気の中であるが、明るい話も耳に入り、皆がロズに注目する。だが、眉を下げた困ったような顔をされる。


「一昨日の朝、隊長に呼ばれたときに声をかけてもらいました」

「なんだ、報告しろよ。色々と教えてやるぞ」

「正式に俺たちの仲間入りだぞ、嬉しくないのか」

「いいえ。親にも確認しないといけないですし、正規隊員になるのは、第三の任期を終えてからなんです。それまでは派遣騎士のままなので、今と変わりません。だから、報告するのは早いかと……」

「見込みがあると判断したならすぐに引き抜け。何か問題があるなら手を貸すぞ」

「その前に、教えたいことが山ほどあるんですよ。私の部署に入れるつもりなので、補充隊員のほうが好都合なんです」


 クロードの言葉に、騎士たちは納得の表情を浮かべるが、王都の騎士事情に明るくないロズには分からないことであり――眉を下げたままのロズの肩を一人の騎士が叩き、あとで教えてやると告げた。


「それなら、このまま話すがいいな?」


 破れない誓約書に魔力を覚えさせると、権利を持つ者の指示で禁止や解除が行われるが、エルーシアの魔力暴走を口外禁止したデルミーラはこの世を去り、解除を口にできる者はいない。誓約書を燃やせば縛りつける効力はなくなるが、クロードは燃やしていない。

 今この場で、過去の出来事を説明できるのは、アインだけだ。クロードは(うなず)くが、すぐに背を向けた。


「私は聞きたくないので、少しの間、離れます」


 クロードが厩舎に入るのを見届け、アインは集まる皆の顔を見まわし、エルーシアに視線を固定する――必要だとはいえ、話すことは苦痛で、自然と口もとは(ゆが)む。


「デルミーラの夢のお告げで救出した晩、私たちが到着するよりも前に、魔力暴走を起こしたんだ。篝火(かがりび)から炎を引き寄せて空に打ち上げ、そのときに、両腕に火傷(やけど)を負った」

「両腕……デルミーラから渡された裁判の資料は、怪我してたとだけで詳細は書かれてなかったわ。治療記録もなかったけど、どんな火傷だったの?」


 ただ状況を知りたいと真っすぐに見つめる瞳を直視するのは、後悔ある心では耐えられそうもなく、アインは目を()らし、口もとだけでなく顔も歪めて一言、黒焦げだったと告げ、想像以上の酷さに皆が息をのんで喉から詰まる音を立て――暫しの間を置き、説明は続いた。


「風魔法で(あお)って引き寄せたとデルミーラは推測し、当初はそれで理屈は通るとされたが、どう風を操っても再現は無理だった……五十メートルも離れた炎だぞ。手もとに呼び寄せることは不可能だ」


 ※ ※ ※ ※


 エルーシアが厩舎を訪れると、クロードはランタンもつけずに馬を()でていた――入り口からでは暗く、表情は見えない。


「アインから――」

「耳に入れたくなかったんです……叫んでいる悪夢ですよね?忘れたままにしたかったですよ」

「いつも気を使ってくれてありがとう。大丈夫よ、もう子供じゃないもの。受け止めるわ」

「成人しても、娘として想っています。あなたは、怪我も負担も多いんですよ。それなら、つらいことからは遠ざけたいじゃないですか」

「守ってくれて、ありがとう……アインがね、説明を望んでいるの」


 アインは片腕を失い、多くの戦技も失った。騎士も辞め、一貴族であり、一領主となったが、領地を守るために鍛錬を続けている。

 北西の国境は魔物が押し寄せる危険地帯であり、そこを守る辺境伯の分家であるアインもまた、辺境伯の領地に隣接する地を治めているからだ。


 領地を魔物から守ることは、王国を守ることに通じ、そのために、幼きころより鍛錬を続けてきた。

 一番攻撃力のある火の魔法の適性がなかったアインは、剣技に重きを置き、デルミーラが神子になって世界樹を癒し、王国を中心から守る背中を長年守ってきた――親友の重責をともに背負ってきたのだ。


 エルーシアが神子になり、各地で魔力を放ち、王国内での大型魔物の発生は稀になった。国境から亡国ベテルへと魔力を放って、彼の地も落ち着く(きざ)しが見えてきた。

 だが、気を抜くわけにはいかない。不測の事態はくると、長年警戒してきた習慣は抜けない。


 片腕では戦技も(せば)まれる。だからこそ、この体で戦技を増やすには新たな知識が必要だとアインは考えた。

 魔物討伐は、神子の背中を、遠くから守ることにも通じるから――騎士を辞めても、デルミーラの守りたかった者を守るために。


 謎を残したまま落着させた事件。エルーシアの魔力暴走で何が起こったのか説明がつけば、新たな戦技を得られる可能性がある。

 つらい過去を掘り返す行為だが、守るためには理解が必要だと苦渋の選択をした。


 五十メートル先から炎を引き寄せることが可能なら、その距離に炎を放つことも可能かも知れない。いや、空へと火炎を上げたのだ。

 火の魔法の適性がなくても、風魔法で魔物を焼き払うことが可能になる――風の攻撃魔法を上回る術であり、剣が折れても戦える術。飛ぶ魔物を容易に討伐することも可能な術だ。


「起こったことの説明だけではなく、再現するつもりですか」

「側にいてくれる?上手く操れなかったら、火を消してほしいの」

「何があろうと、側にいます。選んだ先から守るための……お世話係ですよ」


 近づき、力ない笑みを見せるクロードに、申し訳ないと気持ちを込めて、エルーシアは感謝の言葉を続けた。


設定小話

色々とある脅す種は、増える

南東の国境の次の侯爵は、誰のお陰で継げたのかと脅される種を持つ

南西の国境の侯爵が荒らされた芝を許したのや、アインがあちこちから委任状をもぎ取れたのは、たぶん脅し……た?

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